第九話 稀血の真実と、動き出す影
「……君の血には、 “異能”を解放する鍵があるんだ」
夜の静けさの中、そうたの言葉がふうりの胸を打つ。
「異能……?」
「稀血ってのは、ただ希少なだけじゃない。
君の血を取り込んだ吸血鬼は、一時的に“本来持っていない能力”を発現する可能性がある。
それは……強力で、そして危険なんだ」
「……つまり私は、ただの“道具”として見られてるってこと?」
「ちがう」
そうたはきっぱりと首を振った。
「君は僕にとって…… “特別”なんだ。
血とか、力とか、そんな理由じゃない。……君自身が、大事なんだよ」
その言葉に、ふうりの胸がわずかに高鳴る。
しかしその瞬間――
――ズンッ。
空気が一変した。
重く、冷たく、背筋が凍るような威圧感が、部屋に満ちていく。
「……来たか」
そうたがベランダの方へ顔を向ける。
そこに立っていたのは、漆黒のコートに身を包んだ長身の男。
深紅の瞳が、鋭くふうりを射抜く。
「……まさと」
「稀血の少女よ。ようやく“契約”を交わしたようだな」
そうたが一歩、ふうりの前に出る。
「……そうだ。彼女は僕と“血の契約”を結んだ。
この意味、わかってるよな?」
「当然だ」
まさとは微笑みすら浮かべて、静かに告げた。
「血の契約を交わした人間に、外の吸血鬼が“直接手を出す”ことはできない。
それが古き掟――吸血鬼の世界における、絶対のルールだ」
ふうりは一瞬、息をのんだ。
(……じゃあ、今の私は“そうたのもの”として……守られてるってこと?)
「だが」
まさとの声が低く響く。
「契約が永遠とは限らない。
“心が離れれば、契約は弱まる”。
……そして、その時こそが好機となる」
「君が誰を信じるのか。誰と歩むのか――選択を誤れば、運命ごと崩れることになる」
「警告はした。次は……行動に出るだけだ」
そう言って、まさとは音もなく姿を消した。
――気配も、何も残さず。
「ふうり、大丈夫?」
そうたがそっと手を伸ばすと、ふうりは小さくうなずいた。
「……私、少し怖かった。
でも、君が隣にいてくれるなら……負けたくない」
「僕も、君を守りたい。契約とかじゃなくて、想いで」
そうたはそっと、ふうりの額に口づけた。
「……君が僕の眷属であることが、誇りだよ」
ふうりの胸は、まだ不安を抱えながらも、確かに――あたたかく満ちていた。