第八話 揺れる灯火と、それぞれの選択
――翌朝。
アジトの一室。
淡い陽の光が、カーテンの隙間から差し込んでいた。
ふうりは、そうたの隣でまどろんでいた。
ほんのりと色づいた首筋を隠すように、そうたの上着がかけられている。
「……あったかい」
そうたの気配。ぬくもり。寄り添う体温。
それがなによりも安心できた。
でも同時に――自分の心が、想像以上に彼に傾いていたことにも、気づき始めていた。
(さとるに守られてた頃の私とは、違う)
(私はもう、自分で選んだんだ)
そっと、そうたの頬に触れる。
その瞬間、彼の瞼がゆっくりと開いた。
「……おはよう、ふうり」
「うん。おはよう」
おだやかな声。けれどその奥に、どこか不安げな色があった。
「……後悔してない?」
「してるわけないじゃん」
ふうりは微笑んで、彼の手を握った。
「私は、そうたを信じてる。吸血鬼とか関係ない。
昨日、ちゃんと繋がれたから……もう、迷わないよ」
そうたは目を伏せ、少しだけ肩を震わせる。
「……ありがとう。そんなふうに言ってもらえるなんて……思ってなかった」
でも――
その微笑みの裏にある影に、ふうりはまだ気づいていなかった。
一方、リビング。
「……なんか空気、変わったな」
なおやがソファに腰掛けながら、紅茶を啜っていた。
「気づいたか」
さとるが壁にもたれたまま、目を閉じて答える。
「ふうりの血の気配が変わった。 “契約”だけじゃない、もっと深く、強いものがある」
ふうまは無言で立っていた。
拳をぎゅっと握りしめている。
「アイツ……ふうりと、どこまで……」
「ふうま」
さとるが低く、しかし確かな声で言った。
「お前が怒るのはわかる。でも、これは――ふうりが選んだことだ」
「……でも、俺は……っ」
「兄として、気持ちは痛いほどわかる」
なおやが口を開く。
「けどな。人の心は“誰のもの”でもない」
「ふうりがそうたを選んだ。それは、誰にも否定できねぇよ」
静かな沈黙が流れる。
それでも、ふうまの目には複雑な光が宿っていた。
「……もし、そうたがふうりを悲しませたら。俺は、絶対に許さない」
「それでいい」
さとるがうなずいた。
「お前は、兄だからな」
その夜。
ふうりとそうたは、ふたりでベランダに出ていた。
風が、やわらかく頬を撫でていく。
「……ここから先は、簡単な道じゃない」
そうたが言った。
「君の血には、力がある。まだ全部、話せてないことがあるんだ」
ふうりは頷く。
「じゃあ、教えて。全部、聞かせて。私がどういう存在で、なにに巻き込まれてるのか……全部」
そうたは一瞬だけ目を細めたあと、真っすぐ彼女を見つめた。
「……わかった。
ふうり、君に“隠されてた真実”を……話すよ」
夜の闇が、二人を包み込む――
運命は、さらに深く交差しはじめていた。