第六話 揺れる鼓動、止まらない視線
朝の静けさが広がるアジトの一室。
ふうりは、寝台で眠るそうたのそばに静かに座っていた。
呼吸は落ち着いているけれど、まだ表情は少し痛々しい。
(無理をさせちゃったんだ、私……)
でも――そうたが自分を守ってくれたあの夜。
ふうりは、自分の中に芽生えた新しい感情に気づいていた。
(吸血鬼なのに、こんなに温かくて……私のことを、誰よりも見てくれてる)
そっと伸ばした指が、そうたの髪に触れそうになった瞬間。
「……ふうり?」
目を開いたそうたと、視線が合った。
「っ! 起こしちゃった……?」
「ううん。君の匂いがして、安心しただけ」
穏やかな声に、ふうりの心臓が跳ねる。
「……昨日は、ごめんね。無理させちゃって……」
「無理なんかじゃないよ。君を守れたなら、それだけで十分」
そうたは、そっとふうりの手を握った。
そのぬくもりに、ふうりの頬がふわりと紅く染まる。
「血の契約って……君を縛るものじゃないよ。君が望まなければ、いつだって手を離していい」
「でも、僕は……君と繋がっていられたら、って思ってる」
ふうりの唇が、かすかに揺れた。
何かを言おうとした、その時――
「悪い、ちょっといいか」
ドアの向こうから低く響く声。
「さとる……?」
そうたが起き上がろうとするのを制して、ふうりが振り返る。
「何か、あった……?」
「おまえと、ちょっとだけ話したくてな」
さとるは相変わらずの無表情。でもその目だけは、何かを訴えているようで。
ふうりは首をかしげたまま、部屋を出た。
廊下に出た瞬間、さとるがぽつりと言った。
「……そうたと、契約したんだってな」
「……うん。私が決めたことだよ」
「後悔してないのか?」
「してないよ。……私、守られただけじゃなくて……ちゃんと自分の意思で選んだの」
その真っ直ぐな瞳に、さとるはわずかに言葉を詰まらせた。
(そうか。もう、おまえは……)
「……そっか」
ふうりは、不思議そうにさとるを見上げた。
「どうしたの?」
「……いや、なんでもねぇ」
ふうりは、さとるの気持ちに気づいていない。
その無邪気な瞳に映るのは、 “守ってくれる頼れる人”――ただ、それだけ。
「俺は、おまえが幸せならそれでいいよ」
ほんの少しだけ声がかすれて、それでもさとるはいつも通りの笑みを浮かべた。
ふうりは気づかないまま、軽く笑って頷いた。
そしてその背を見送るさとるの拳は、静かに震えていた――