第3話
――優秀な錬金術師なんだな、君は。
そう言って、わたしの頭をぽんぽんとなでてくれたマックス様。
ずっと恐い顔をしていたけれど、その大きな手はすごく温かかった。
そうだよね。あんな素敵な人がわたしの運命の相手であるわけがなかったんだ。
結婚相談所からの手紙には、『後日、本当の運命のお相手を改めて紹介させていただきます』と書いてある。わたしはその手紙を折りたたみ、机の上に置いた。
本当の運命の相手。
どんな人なんだろう……?
ぼんやりとしながら満月湖の水が入ったフラスコにハーブの葉を落とすと、ぽんっと小さな破裂音がした。
あ、しまった。ハーブの葉はゆっくり入れないと、満月湖の水と反発するんだった。
こうなると満月湖の水からは魔力が抜けてしまっているので、もう使えない。あまりにも初歩的な失敗に頭を抱えたくなる。
わたしはなんて不器用で、トロくて、情けないんだろう。
錬金術師としてまだまだ未熟なことは、自分が一番よくわかっている。
どんなにアイテムを一生懸命作っても、ほめられることなんてめったにない。
でも、だからこそ。
マックス様がわたしの回復薬の良いところを見つけて、それを言葉にしてくれたのがどうしようもなく嬉しかった。わたしを、わたしの作るアイテムを、まっすぐに受け止めてくれたことがありがたかった。
マックス様も、本当の運命の相手が別にいるのかな。
その女性と結婚しちゃうのかな。
マックス様と、わたしの知らない女性が、幸せそうに寄り添っているところを想像すると、鼻の奥がツンとして涙が出てくる。
「……っ」
わたしは本当に不器用でトロくて、おまけに自分から積極的に動くのも苦手。
――だけど。
「このまま、お別れは嫌……!」
手違いで偶然つながっただけの縁。
何もしなければ、この縁はすぐにでも切れてしまう。
顔を上げる。
走り出す。
会いたい。
マックス様が運命の相手じゃなくても。
わたしは、マックス様が好きだから――!
外に飛び出そうと工房の扉を勢いよく開いた、そのとき。
「うわっ」
男の人の驚いたような声が降ってきて、わたしの足が思わず止まった。まぶしいくらいの光の中、目に飛び込んできた人影に息をのむ。
「え、マックス様?」
短く切りそろえられている青みがかった銀髪に、深い青の瞳。白を基調とした騎士服を身にまとったマックス様が、なぜかうちの工房の前にいた。
「なんで、こんなところにマックス様が……?」
「君に言いたいことがあったから」
マックス様はすっと背筋を伸ばし、わたしの問いに答えてくれる。その瞳はまっすぐにわたしへと向けられていた。
「俺は昔から感情を顔に出すのが苦手で、よく『顔が恐い』と言われてきた。そのせいか、女性には怯えられてばかりで、まともに話をすることすらできなかった」
マックス様の眉間にシワが寄る。まるで怒っているかのような恐い顔。
でも、今のわたしにはわかる。
これは怒っている顔じゃない。悲しんでいる顔だ。
「……君が初めてだったんだ。俺を恐れず、笑顔まで見せてくれた女の子は」
そうぽつりとつぶやいたマックス様の眉間のシワが、ほんの少し緩んだ。
春の風がマックス様とわたしの間を優しく吹き抜けていく。マックス様の白い騎士服の裾がふわりとひるがえった。
わたしを見つめる深い青の瞳に、強い光が宿る。
「俺は君が好きだ。だから、運命の相手じゃなくても、俺と結婚してほしい」
ぱっと目の前に広がる、赤とピンクの花。
求婚の言葉とともに差し出されたのは、可愛らしいバラとチューリップの花束だった。
バラもチューリップも『大好き』の気持ちが詰まっている花言葉を持っている。
赤いバラは「愛情」「情熱」。
ピンクのバラは「温かい心」「恋の誓い」。
赤いチューリップは「愛の告白」。
ピンクのチューリップは「労い」「誠実な愛」。
花束を差し出すマックス様の手は、緊張のせいなのかぷるぷると震えていた。
ああ、本気なんだと思うと、じわりと胸が熱くなる。
わたしは想いの込められた花束を受け取り、マックス様の求婚に笑顔で頷いた。
「はい!」
わたしの答えを聞いて、マックス様がわずかに目を見開く。わたしが求婚を受け入れるとは思ってなかったのかもしれない。ふふ、と笑みがこぼれる。
「わたしもマックス様が大好きです」
マックス様をまっすぐに見つめて告白すると、今度こそマックス様はわかりやすく目を見開いた。その顔が一気に赤く染まる。
マックス様はしばらく口を開けたり閉じたりしていたけれど、結局言葉にはならなかったみたいで、口元に拳を当てて黙り込んでしまった。
……照れてる。
また、ふふ、と笑みがこぼれてしまう。
――恐い顔の騎士団長様は、照れるととっても可愛い人でした。
*
想いが通じ合ったマックス様とわたしは、そのまま一緒に結婚相談所へと向かった。もう、本当の運命の相手を紹介してもらう必要はない、と伝えるために。
けれど、そこでわたしたちを待ち受けていたのは、満面の笑みを浮かべた職員さんの衝撃発言だった。
「ご安心ください! マックス様とルナ様、お二人は間違いなく運命のお相手同士ですよ!」
マックス様もわたしも何を言われたのか一瞬理解できなくて、思わず固まってしまう。職員さんは固まるわたしたちにかまわず、「あちらを見てください!」と手のひらを向ける。
そこにいたのは、たれみみわんこ――愛の神獣様。神獣様はわたしたち二人を見たとたん、二本足で立ち上がり、両前足を上げてご機嫌で踊り始めた。
いや、だから、本当になんで踊るし。
「愛の神獣様は、運命のお相手が二人そろっているのを見ると、こうして踊るんですよ!」
「えっ」
「なので、お二人は確実に運命のお相手同士なのです!」
「……それなら、なぜ、手違いだという手紙が来たんだ?」
マックス様が眉間のシワを深くしながら、低い声で問う。
うん、そうだよね。わたしたちが本当の運命の相手同士だというなら、どうしてあんな手紙が来たんだろう。
「それはですね……」
結婚相談所の職員さんが何人もわらわらと集まってきたかと思うと、みんなそれぞれに話し始めた。
「今の若い人は、なんというか受け身すぎるんですよ。『運命の相手』なんだから相手の方から告白してくるだろう、求婚してくるだろうって、自分から全く動こうとしないんですよね」
「でも、あの『手違いだった』という嘘の手紙を送ると、みなさま焦って積極的に動いてくださるようになるんです。いやもう、面白いくらいにね」
「あの嘘の手紙のおかげで危機感が生まれ、成婚までのスピードも上がるんですよ」
「ほら、うちの売りは成婚までの手厚いサポートですから!」
……えっと、つまり、運命の二人を早く成婚させるための策略だったってこと?
愛の神獣様は、呆然とするわたしたちのまわりをくるくると回りながら踊り続けている。
えええ……なんか、力が抜けちゃった。
わたしが隣に立っているマックス様の騎士服をきゅっと握ると、マックス様は眉間にシワを残したままではあったけれど、わたしを安心させるようにひとつ頷いてくれる。
マックス様がわたしの運命の相手で、本当によかった。
結婚相談所の職員さんの思惑どおりになってしまったのはちょっと、いや、だいぶ悔しいけれど、マックス様と出逢わせてくれたことだけは心から感謝したい。
――なんて思っていたところに。
「どんな手を使っても、お二人を結婚させますので覚悟してくださいね!」
満面の笑みを浮かべた職員さんの、二度目の衝撃発言が来た。
いやいや、今度は何をするつもりなんですか! なんか恐い!
わたしが涙目でマックス様を見上げると、マックス様はわたしの頭をぽんとなでてくれた。
その手はやっぱり大きくて、とても温かかった。
えへへ、大好き。
……うん。
早く結婚しようと思いました。
このお話はこれで完結です。
最後まで読んでくださって、ありがとうございました!
ブックマークなどの応援、すごくすごく嬉しいです。
読んでくださったみなさまにも、これから幸せがいっぱい訪れますように♪