第1話
運命の相手と出逢えると評判の結婚相談所。
わたしの運命の相手として紹介されたのは、恐い顔のお兄さんでした。
「俺はマックス。第五騎士団で団長をやっている。君は?」
お兄さんの低い声。わたしは冷や汗をかきながら、細く震える声で答える。
「わたしはルナっていいます。新米錬金術師です」
「何歳だ?」
「十八歳です」
「俺が二十七だから、九歳下か……若いな」
お兄さんの眉間にぎゅっと深いシワが寄る。
ひええ、なんて険しい顔! こんな恐い顔の人が、本当にわたしの運命の相手なの……?
お願い、誰か嘘だと言って!
お兄さんとわたしは今、結婚相談所の建物内にあるティールームで、丸くて白いテーブルを挟んで向かい合わせに座っている。テーブルの上には香りの良い紅茶と、ケーキスタンドに並ぶ小さなお菓子。
すぐそばの窓からは、春の午後の柔らかな日差しが斜めに差し込んでいる。
ああ、運命の相手がこんな恐い顔の騎士団長様でさえなければ、この素敵な空間で夢見心地になれたはずなのに――……!
*
そもそもわたしがこの結婚相談所に入会しようと思ったのは、たったひとりの家族であるおばあちゃんを安心させたいからだった。
魔獣に襲われて命を落とした両親に代わり、まだ赤ちゃんだったわたしを引きとって育ててくれた、強くて優しい錬金術師のおばあちゃん。おばあちゃんに憧れて、わたしも錬金術師になった。
そんなおばあちゃんも、最近は「いつまでもルナのそばにいてあげられるわけじゃないから」と弱気なことをよく言うようになった。「早く結婚して、安心させてくれると嬉しいわ」と、わたしの手をぎゅっと握って、何度も何度も繰り返す。
わたしもできることなら早く結婚したいと思っていた。だけど、生まれてこのかた一度も恋人なんてできたことのないわたしにとって、それは絶望的なことだった。
学生時代に「この人いいな」と思う男性もいたけれど、自分から告白する勇気もなくて、グズグズしているうちに気付いたらその人には可愛い恋人ができていた、なんてこともある。
不器用でトロいわたしには、結婚相手を見つけるなんて夢のまた夢……。
どうしたものかと頭を抱えるわたしに、おばあちゃんが結婚相談所のことを教えてくれた。
「最近お客さんから聞いたんだけどね、運命の相手と出逢える結婚相談所があるらしいの。なんでも愛の神獣様がいて、運命の相手同士を引き合わせてくださるんですって! そこで出逢った二人が結婚すると、例外なく幸せになれるそうよ。どう、ルナ? 一度行ってみない?」
その言葉にのせられて、わたしは噂の結婚相談所に足を踏み入れることになった。
「愛の神獣様がきっと、ルナ様の運命のお相手を見つけてくださいますよ!」
「お相手が見つかったら、成婚までしっかりサポートさせていただきます!」
「成婚までの手厚いサポートが、うちの売りですから!」
結婚相談所の職員さんの熱弁に圧倒されるわたし。そんなわたしの前にひょっこりと現れたのは、話題にのぼっていた愛の神獣様だった。
愛の神獣様は、たれみみわんこの姿をしていた。大きさは小型犬くらい。耳としっぽがピンク色で、あとは白。背中には鳥みたいな小さな羽がついていて、その羽のすぐ近くにはピンクのハートマークの柄がある。
愛の神獣様は軽やかな足どりで、床にたくさんのカードが並べられているエリアへと向かった。
職員さんによると、このカードは結婚相談所に登録している人たちのプロフィールカードらしい。これを使って運命の相手を見つけるのだという。
愛の神獣様はふんふんとカードの匂いをかぎ、ぽむぽむとひとつのカードを前足で押した。それから少し移動して、今度は別のカードをぽむぽむと肉球で指し示す。
「ああやって運命のお相手のカードを教えてくださるんです。うちの結婚相談所に入会すれば、ルナ様もきっと運命のお相手に出逢えると思いますよ!」
少しうさんくさい。
――と思ったけれど、たれみみわんこ姿の神獣様は自信満々にふんすと鼻を鳴らしているし、職員さんも同じようにふんすと鼻を鳴らしている。
よくわからないまま、釣られてわたしもふんすと鼻を鳴らしてしまった。
そうして気付けば、あっという間に入会手続きが終わっていた。
運命の相手がこの結婚相談所に登録されていれば、愛の神獣様が必ずその人を見つけてくれる。
見つかるかな。
見つかるといいな。
わたしはドキドキしながら家に帰った。
まさか、その翌日、運命の相手が見つかるなんて思いもせずに――。
*
運命の相手があっさり見つかってビックリしたけど、とても嬉しかった。
なのに、わたしの運命の相手として登場したのは恐い顔のお兄さんだったというわけで……。
うう、信じられない。泣いてもいいですか。
わたしは改めて、向かい側に座っている恐い顔のお兄さん――マックス様へと目を向ける。
青みがかった銀髪は短く切りそろえられていて、そのせいで眉間のシワがよくわかる。深い青の瞳は鋭い光を宿していて、こちらを睨みつけているみたい。かっちりとした白い騎士服を着ているからか、なんだか尋問されているような気分になる。
なんでだろう。顔立ちが厳ついわけじゃないし、体躯だって少し背が高いくらいで普通に見えるのに、硬い表情をしているからか威圧感がすごい。
一方のわたしは、ふんわりくるんとした麦わら色の髪にローズピンクの瞳で、いかにも弱々しい外見をしている。錬金術師の正装であるビスチェ風のベストやベレー帽を身につけてきたけれど、全く威圧感なんてないだろう。
「錬金術でどんなものを作ってるんだ?」
マックス様の質問に、わたしは心なしか焦りを感じてしまう。
マックス様は、九歳も年下のわたしに対して「子どもっぽい」という印象を抱いている可能性が高い。ここで少しでもしっかりしたところを見せないと、嫌われてしまうかもしれなかった。
焦りながらも、ふとマックス様の左手に目が引きつけられる。その手の甲には大きめの四角いばんそうこうが貼られていた。
もしかしてケガをしているのかな、と思った瞬間、これだとひらめいた。
「回復薬とか……あ、これ、わたしが作ったものです」
わたしは鞄の中に入れていた自作の回復薬を取り出して、テーブルの上に乗せた。小瓶に入ったミントグリーンの液体がちゃぷんと小さく揺れる。
その小さな音を聞きつけたのか、愛の神獣様がピンクのたれみみをぴくぴくさせながら、わたしたちのいるティールームへと入ってきた。
愛の神獣様はテーブルの上にある回復薬の瓶を見上げると、急に二本足で立ち上がり、なぜかご機嫌で踊り始める。
いや、なんで踊るし。
あ、もしかしてこのアイテムを出して正解ということかな……?
マックス様は踊る愛の神獣様をちらりと横目で見た後、回復薬へと目を戻した。眉間のシワがほんの少し緩んでいる。
「すごいな。飲んでみてもいいか?」
「いいですよ」
わわ、なんかいい感じかも!
わたしがこくりと頷いてみせると、マックス様は小瓶のふたを取って一気にあおった。
あ、そういえば。
ここでわたしは重要なことを思い出し、慌てて言い添える。
「味は自信ないんですけど」
「ぶふっ!」
――わああ、遅かった!
ミントグリーンの回復薬が、マックス様の口から勢いよく噴き出される。
愛の神獣様も踊るのをぴたりと止めて、「え? マジで?」みたいな顔になる。
どうしよう、失敗しちゃった……。