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第87話 最終計画

 この国の総理大臣、眞利アリスは固唾をのんで時計を見ていた。


 今日この日、全ての『治療所』が開放され、残妖との全面戦争に突入する。

 先日のテストで開放した残妖はほとんどろくに戦いもせず逃げてしまったことが分かっている。つまり軍隊には勝てないのだ。

 逃げた残妖は遺伝子検査で特定できる。じわじわ狩っていけばいい。

 負ける要素は無い。


 12時が来た。日付が変わった。


 この瞬間、全ての『治療所』が開放された。

 残妖どもはすぐに暴れだすだろう。そのための受け皿として『逢魔』を残してある。


 これは政府の念願だった。

 残妖を滅ぼし、純血の人間だけの国を作る。


 『世界人間連盟』は純血の人間のための組織でありながら、「無理だ」のひとことで残妖を滅ぼすことに否定的な弱腰の組織だった。その傘下の『式』がこちら側についたのは意外なことだった。


 全てが順調だ。

 偉業を成した。表の歴史に名を残すことは無いが確実にこの国を変えたのだ。


 勝利に酔いしれていた総理の耳になにやら騒がしい声が聞こえた。

 すぐに部屋の扉が開き、警備員が姿を見せた。


「総理、すぐに退避を」


 しかしそう言った警備員たちは首を折られて、あるいは胸を強く打たれて死んだ。

 警備員を殺したのは、派手なオレンジ色の服にサングラスの30代の男性だった。


「お前は……迫水シンジ!」


「眞利アリス……。俺っちを憶えているようでなにより」


 シンジは目にも止まらぬ速さで総理の目の前に迫った。


「どうした? 俺っちが生きているのが不思議か?」


「な、なにを言ってるの……?」


「政府が作った残妖戦闘部隊『疾』は、狂少女の襲撃で全滅した。だがなぜ狂少女が今頃になって現れる? なぜ俺っちたちを狙う?」


「知りません。私には何の関係もありません」


「奴は飼い主の命令だと言ったぜ? だが俺っちも信じられなかった。いや、信じたくなかったと言うべきか。俺っちたちは政府に認められるために戦っていたんだから。だが政府は俺たちを使おうとしなかった。『疾』なんて作っておきながら。そして今、残妖絶滅計画を進めている。つまり、『疾』は単に野放しの残妖を嫌って手元に集めただけ。本当に手柄を立ててほしくはなかった。だが俺っちたちが総理の暗殺を防ぐという手柄を立てたために持て余し、処分を命じた。狂少女とのつながりまでは探れなかったが、だいたいこんなところだろう」


「あれは『式』の、九条アキラの手駒です。あれが勝手にやっただけ……」


 シンジのサングラスの奥の目に失望が浮かぶ。


「やっぱ知ってるんじゃねえか」


 シンジは片手で総理の首を絞めた。


「あ……が……」

 総理が泡を吹く。


「『疾』のみんなは、未来に希望を持ってたんだぜ。俺たちの働きで残妖が認められる日が来る、受け入れられる日が来るってな。お前はそれを裏切った」


 総理の首の骨が折れた。


「仇は討ったぜ、みんな……」


 大勢の警護が部屋になだれ込んだとき、シンジの姿はなく、煙だけが残っていた。


☆☆☆


 それより過去、日付が変わる前。

 ドーシャの仲間たちは計画書に記された8つの場所に到着した。


 車から勢いよく飛び降り、雨漏レインは雨でもないのに安いビニール傘を振り回し、るんるんで歩く。


 近くにドームがある。スポーツやライブなどが行われる場所だ。


「頭骨、頭骨!」


 レインはドーシャに受けた指示を復唱する。どこかにあると思われるヲロチの頭骨を見つけ、持ち帰ること。


 急にレインは立ち止まり、ビニール傘を開いて斜め後ろに向けた。バチバチと異常な音がして傘が闇夜に閃光を散らした。


「ふへ、ふへ、お前、すごいな。当たったのに、しんでない」


 茂みから髪の薄い小太りの中年男性が出てきた。


「だれ? おじさん」


「おれ、マルオ。ふへ、おれ、頭骨まもる」


「頭骨知ってるの? ちょうだい!」


「ダメ!」


 マルオは拒否し、指から何かを撃ち出してきた。爪だ。爪を弾丸として飛ばす卑妖術。撃った爪はすぐにまた生えてくる。


 レインは傘で防ぎながらにたりと笑った。


「じゃあ、おじさん殺していい?」


 レインは人を殺すことに一切躊躇が無い。


☆☆


 ドーシャからは変態メガネとしか認識されていない村雲ヤクモは、かつて残妖に襲われ、非常な恐怖の中で生きてきた。

 それをドーシャに救われ女神と心酔するようになった。


 ここは観光スポット。

 夜景が美しく、カップルが多くいる。


「ふむ。僕の女神と一緒に来たかったですね」


 ライトアップされた噴水を眺めていて、気づいた。


「って、ヲロチの頭骨じゃないですかぁ」


 なんと噴水に堂々と頭骨が置いてあった。あまりの奇妙さに周囲のカップルたちが写真を撮っている。

 どうやって回収しようか考えて、無難に糸で引っぱり寄せることにした。ヤクモは夜蜘蛛の残妖で糸を出せる。

 遠くから周囲の人に気づかれないよう糸を頭骨に引っつけ、勢いよく引っぱる。

 頭骨が数ミリ動いて、糸が切れた。


「ふむ……」


 ヤクモはメガネの位置を直した。

 ヤクモと頭骨の間に剣を持った騎士のような少年が立っている。この少年が糸を切ったのだ。


「誰ですかぁ君は」


 ヤクモの問いに少年は堂々と答えた。

悠河(ゆうが)シャド。『死鬼』の隊員だ。そしてこっちは虎君(とらきみ)ヒメ」


 少年の隣にはお姫様のような恰好の少女が抱き着いている。

「シャドくん、がんばって」


「もちろん! 君のために、僕は負けない!」


 ヤクモは開いた口がふさがらなかった。

「お、女連れとは許せん……。僕はひとりでここに来ているというのにぃ」


☆☆


 下桐チュチュの来た場所は、歴史ある街だった。

 古い建物がまだ残っている。

 夜だが観光の外国人が多い。


 目を閉じて感じる。

「風が震えているのです」


 そして目を開ける。

 大勢の人間の中からチュチュはたったひとりを見ていた。


 人ごみの中でそれはじっと動かない。


 少年。茶髪で、ところどころ破れた服を着ている。


「もしかしたら誰か来るかもしれねえとは言われてたが、まさかお前か」


風切(かざきり)ジャクロ……」


 チュチュはその人物を知っていた。

 チュチュと同じ天狗の残妖で、かつて天狗の山にいたが修行を嫌って逃げ出した。


「優等生のチュチュ様が何の用だ? お前でもこんな場所に夜遊びに出るのか? はっは」


「頭骨を返してほしいのです」


「いやだね」


「ジャクロ。チュチュたちは歴史を知る者なのです。頭骨は封印されなければなりません」


「お前のそのさも自分が正しいというような顔がムカつくんだよ。人間を超えた力を手に入れたのに、なんで歴史とかいう古臭い本に命令されなきゃいけないんだ。俺は自由だ!」


「過去に学ばぬ者は同じ選択を繰り返すだけなのです。それのどこが自由なのですか?」


「うるせえんだよ!」


 ジャクロが圧縮した空気の弾丸を撃った。チュチュは1歩も動かず、同じ風の卑妖術で打ち消した。


☆☆


 天にも届く高い高いタワーの足元で、獣王ミヤビはひとりの老人と向き合っていた。

 老人はかなりの高齢だったが、背筋をぴんと伸ばして立っている。


「獣王の娘か……。儂を知っておるか? 儂は零丁(れいてい)ハクラだ」


「零丁? かつて工業で名を馳せたけど今は没落した家、だったかしら」


「そうだ。今は落ちぶれ獣王にとってかわられたが、かつては栄華を誇った。儂にかなうものはなく、儂を止めるものは無かった。儂は無敵だった」


「無敵じゃなかったから獣王にとってかわられたんでしょう」


「いいや。無敵だったのだ。はじめに獣王が儂の前に現れたとき、それは儂の敵ではなかった。だが、いかなるものも年を取る。儂は老いて弱くなり、獣王は儂を抜いた」


「強いものが勝ち、弱いものは負ける。自然の摂理じゃない。泣き言を言ってないで退場なさい」


「儂は獣王より強かったのだ。儂の唯一の過ちは、まだ若いうちに獣王を滅ぼさなかったことだ。儂は気づいたのだ。最強であり続けるためには、若者の芽を摘み続けることが必要なのだと。それがこの世で最も優れたものに課せられた宿命なのだと」


「見苦しい」


 ミヤビは右手の人差し指と中指で自分の唇に触れた。そしてその指をハクラに向ける。指から炎が撃ち出され、それは老人の手前で消えた。


 老人の卑妖術がミヤビには分からない。


「獣王の娘よ、お前もいづれそうなるのだぞ。たとえ今この瞬間、最強の力を与えられていても、誰も老いからは逃げられぬのだ」


「そうかもしれないわね。でもそのときはきっとまた誰かがわたくしに引導を渡してくれるわ。今ここでわたくしがあなたに引導を渡すように」

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