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第84話 嘘

 ドーシャは歩道に飛び出してその人物の道をふさぐ。


「すみません。今急いでいるので通してくれませんか?」

 そう言ったのは、肩のあたりで切りそろえた髪に迷彩服を着た少女。鬼城リンネ。

 自分の正義感に従って活動する野良の残妖。厳密には残妖ではなく、夜叉の心臓を移植した人間。『式』ではヤクシニーのコードネームで呼ばれていた。


「もしかして銀行に用事? リンネって口座持ってるの?」


「私はお金は持っていませんが、それで銀行強盗を見逃すほど薄情ではありませんよ」


 普段どうやって生活しているのだろうという余計な疑問を胸の奥にしまいながらドーシャは言う。


「あちゃー、やっぱり?」


 予想通り、銀行強盗を捕まえに来たらしい。こういう感じで犯罪者に暴力をくわえて指名手配されたのがリンネだ。


「やっぱり?」


「いやさあ、あれはちょっと訳があってぇ」


「まさか、ドーシャさんが銀行強盗を?」

 リンネの目つきが険しくなる。


「いや別に銀行強盗をしてるわけじゃなくて……」


「銀行強盗ですよね?」


「そう見えるかもしれないけど、これには深い深い理由があって」


「見損ないました。しばらく見ないうちにそこまで落ちぶれていたとは」


 リンネが持っていた日本刀に手をかける。


「だから違うって言ってんだろ! あれは『管理局』の倉庫なの! 銀行に偽装してるだけで! そこに私の武器があるから取ってきてもらってるの!」


「……襲撃して?」


「襲撃して」


「強盗じゃないですか」


「あれ? もしかしてそうなのかな? うーん、でも自分の物を取り返してるだけだし」


「『管理局』に言って返してもらえばいいんじゃないですか?」


「それができたら苦労しない」


「何かあったんですか?」


「『式』凍結されてる! 武器取られた! 取り戻す!」


「なぜカタコトに?」


「急いでるんだよ! ゆっくり話してる暇無いの!」


 ちょうどそのとき、銀行からシシュンたちが出てきた。


「終わったぞ!」


 撤収だ。

 まったく違う方向に逃げるクシーニの分身たちを囮にこの場を離れる。


「待ってください」

 リンネが追ってくる。

「でしたら、私も手伝いましょう」


「なんで!?」

 追い払っている余裕は無い。


「世の中の異常は私でも分かります。きっとあなたのほうが戦場に近い」


「勝手にしろ」


 あきらめてリンネのしたいようにさせた。


 ドーシャたちはあらかじめ決めておいた集合場所で落ち合う。


「シシュン、クシーニ、ミヤビ、変態。全員揃った」

 ドーシャが確認をとる。


「僕の名前はヤクモですよ!?」

 ヤクモが思わず叫ぶ。


「だって正直名前覚えるほどの絡み無いし……」


「ふっ。絡みなどなくとも運命が僕たちを結びつけます」


「なんでこう寒気がするようなセリフばっか言うの」


「それより、なんかひとり増えてるんスけど」

 クシーニがリンネを見る。


「ああ、さっき拾った。気にしなくていいよ」


「ドーシャは変なお友達が意外と多いんですのね」

 ミヤビが感心している。


「いやミヤビもじゅうぶん変だよ」


「とりあえず、自分の物を回収しろ」

 そう言ってシシュンが武器を配る。


 シシュン自身は鉈。クシーニは魔石のハンマー。ミヤビはノコギリのようなギザギザの刃の剣を持っている。


「これはわたくしが使うわけではないのですけど、元々うちの物ですから」


 確かミヤビが子分のレツに貸し与えていた剣だ。


 シシュンがドーシャの前に来た。

「ほら」


 包丁を手渡す。


 受け取ってドーシャは気づいた。


「あれ? これあたしのじゃない。ライジュのだ」


 シシュンが焦った。

「ライジュの? 急いでたから包丁見つけてすぐ撤収したんだが。もう一度は取りに行けないぞ。どうする?」


「うーん。しばらくはこれを使うか。でもこれがあったということはやっぱりライジュも捕まったのかな」


「では次はドーシャのお姉さまを助けに行く、ということでいいのかしら?」

 ミヤビが結論を急ぐ。


「助けに行くと言っても、どこにいるか分からないからなあ」


「『治療所』は増設されてるらしいから場所を絞れないっスよ」


「『白締』の綾瀬タイガなら聞けばなにか分かるかもしれない。おそらくあいつもライジュを探してるだろうし」

 シシュンが言う。


「それより先に霜月隊長を探したほうがいいっス。あたしは裏切り者だからあんまり会いたくないっスけど」


 意見がまとまらない。

 ドーシャはじっと考えた。そして言う。


「…………。ひとも増えたし、手分けしてやろう。いったん家に帰って分担を決める」


 大勢でぞろぞろ動くと目立つのでシシュンとヤクモ、リンネとクシーニ、ミヤビとドーシャ、2人づつのペアになって家に戻った。


「お怪我はありませんか?」

 チュチュが心配してくれる。


「大丈夫。みんな元気すぎるくらい」


 リンネを紹介して本題に入る。

「綾瀬タイガを探すチームと霜月隊長を探すチーム、『治療所』総当たりでライジュを探すチームを作る」


 チーム分けは難航した。

 ドーシャ、シシュン、リンネ、クシーニ、ヤクモ、ミヤビ、チュチュの7人。


 全員外に出ると精神不安定のウララが家に残るのも不安だ。もうひとりの居候の幼いレインはおとなしかったらしいが。誰かひとり家に残すべきか。


 しかしそもそも不安なのはウララだけではない。今家にいるメンバーのほとんどは元囚人。改心したといえるのはシシュンくらいで他の連中は危険な思想を持ったままここにいる。いつ爆発してもおかしくない爆弾たちだ。


「わたくしの力がどこまで通用するのか。ふふ、楽しくなってきたわね」

 ミヤビが笑う。


 それをクシーニが咎めた。

「あたしらは真剣にやってるんスよ、獣王ミヤビ」


 ドーシャは良くない兆候を感じ取った。

 クシーニは戦い好きの残妖に家族を殺されている。


「あら。しかめ面でも笑顔でも、やることは変わらないですわよ?」


「どいつもこいつも、残妖は遊び感覚で人を踏みにじる。お前みたいなやつがいるから、あたしは……」

 クシーニの表情が不穏だ。


「あなたも残妖でしょう?」


「そうだ。だから、あたしが、あたしを殺すまで、あたしの復讐は終わらないんだ」


 残妖嫌いのクシーニと、残妖としての能力を誇っているミヤビは考え方が正反対だ。


「喧嘩はやめろ」

 シシュンが仲裁に入る。


 するとミヤビが言った。

「じゃあシシュンはどっちが正しいと思うのかしら?」


「はあ?」


「どっちが正しいかはっきりさせれば喧嘩にはならない。そうじゃなくて?」


「高山シシュン。まさか獣王ミヤビにつく気じゃないっスよね」


「いや俺は」


「なに? とぼけるつもり?」


「どうしてはっきり言わないっスか?」


「なんで俺が責められてるんだ……」


 厄介なことに巻き込まれたシシュンを見て、ドーシャは胸をなでおろす。


「仲裁に入らなくて良かったあ」


☆☆


 結局ドーシャがほぼ独断でチーム分けをした。


 霜月隊長を探すのがクシーニとチュチュ、綾瀬タイガを探すのがミヤビとヤクモ、ドーシャとシシュンとリンネで『治療所』をしらみつぶしにライジュを探す。

 レインにはウララのお世話を命令する。若干不安だがレイン本人はやる気があるし大丈夫と信じよう。


 出発は日が暮れてからだ。

 だから日の高い今はまだ、みんなお昼寝している。

 ひとりリンネは外出している。あいつは寝ないのかもしれない。


 だから家の中で起きていたのはドーシャだけだった。


 携帯の画面をじっと見つめる。しかし携帯をしまって立つ。


 寝ていたレインが目を開けた。

「ドーシャ、どうしたの?」


 ドーシャは人差し指を唇に当てた。


「しっ。みんなを起こさないで。私の言ったこと、覚えてるよね?」


「うん!」


「じゃあ、任せた」


 ドーシャはそっと部屋を出る。

 おばあちゃんがいた。


「ドーシャ……」


「おばあちゃん。私、行ってくる。みんなには嘘ついたこと謝っといて」


 そしてドーシャは家を出た。

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