第82話 奇妙な集合
すぐにでも動きたかったが、それはできなかった。
何が起きているかあとで説明すると言ったクシーニが消えたまま。
「とりあえずクシーニが戻ってくるまでは待ってなきゃ」
ドーシャはうちにあったお手玉をレインに与えて遊ばせておく。
それから軽く全員の紹介をして、訊いた。
「チュチュ、私がいない間になにか、その、お父さんがなにかしたりした?」
チュチュはお茶を出しながら答える。
「元『式』の長官、ドーシャさまのお父様がはっきりとなにかしたということは無いのですが……。今起きているほとんどのことはおそらくお父様が手を引いているのではないかと思われるのです」
シシュンがドーシャを見た。
この話は家族以外にはあまり聞かれたくない話だったが、すでに家族だけの問題でもなくなっているので隠し続けることはできない。
チュチュは日記を持ち出して来た。めくって過去の出来事を確認する。
「ドーシャさまがお姉さまに会いに行き、帰ってこなかった次の日にはもう、『白締』は『逢魔』の襲撃を受けているのです」
チュチュの日記は個人的なことより公的なことが多く書かれている。歴史を書き記すことが仕事だからだ。個人的なことも書かれているが人に見せられる内容となっている。
「『逢魔』が?」
「『白締』がヲロチの頭骨を持っていることが洩れたらしいのです」
「まあ、動画で8つの道具とか言ってれば分かる奴には分かる」
「『逢魔』は首魁が代わったばかり。求心力を維持するために頭骨を欲しているとすれば自然なのです。ですが『白締』は『逢魔』の裏に『式』がいると動画で言い残したのです」
「『式』? 凍結されたんじゃ」
「新たな組織に忠誠を誓った隊員は自由の身になったらしいのです。『式』と呼ぶべきではないのかもしれないのです。新たな残妖組織なのです」
「そういえば梔子レンもお父さんの命令で行動してたし、そんなもんか」
レンははっきりお父さんの命令とは言ってなかった気もするがたぶんそうだろう。
「ドーシャさまのお姉さまも行方知れずらしく、もともと戦える残妖の少ない『白締』は『逢魔』と『式』に対抗できずに壊滅状態なのです。ただひとりリーダーの綾瀬タイガさまだけ逃げ切ったらしいのです。おそらく最後の頭骨はもう『式』に渡ったのではないかと。もし全ての頭骨が一か所に集まったのなら、非常に危険な状態なのです」
「タイガに会いに行って確認したほうがいいか……。ライジュの行方も分からないし」
今後どうするかぼんやり考えていると、呼び鈴が鳴った。
「あ、クシーニが戻ってきた」
ドーシャは立って玄関を開ける。
するとそこにはどこかで見覚えのある制服を着た女子高生がいた。
くるくる巻いた明るい茶髪、黄金色の瞳。
「ミヤビ……! なんで……」
ドーシャは戦慄した。
獣王ミヤビ。
獣王財閥のお嬢様。非常な天才で自分の能力を振るいたいがためだけに頭骨を餌に『式』の隊員をおびき出した。
小学校時代のドーシャの同級生であり、ドーシャが暴力を振るうのを見て暴力に酔いしれた危険な思想の持ち主だ。
死闘の末、『治療所』にぶち込んだはずだが……。
「いや、同じ『治療所』に入ってたんだからあそこにいなかったってことは脱獄してるってことか」
今さらドーシャは気づく。
(となると枯山ツクヨとか草薙アカネとかも脱獄してることになるな)
しかし参った。もう1度やったら今度は勝てないとミヤビに言ったが、本当にもう1度戦うなどとは思っていなかった。
だがミヤビは穏やかに言った。
「ドーシャ。客人が来たのだからいつまでも突っ立ってないで、もてなしたらどう?」
「客人って、招いた覚え無いんだけど」
「わたくしほどのお嬢様になると招かれなくても来たら喜ばれるのが普通なのよ」
「むちゃくちゃ言ってんなこいつ」
呆れるドーシャをミヤビは押しのけて勝手に家に上がった。
チュチュが怯えながら座布団を用意する。ミヤビに襲われたことがあるから仕方ない。
「少し狭いけど風情があって悪くないわね」
ちなみに九条家は由緒ある退魔の家系でそこそこお金があり、家は広い部類に入る。
シシュンがぼやいた。
「なんだよこいつは。今俺たちは忙しいんだが?」
ミヤビは全く気にしない。
「吠え癖のついた犬は見苦しいですわ」
「誰が犬だ?」
「あら、汚いから捨て犬かと思いました。失礼あそばせ」
「やる気か? やる気だな?」
シシュンは立ち上がった。
「できもしないことを口にするのが、吠えてると言ってますのよ?」
ミヤビは座ったまま不敵に微笑んでいる。
「やーめーろー!」
ドーシャが割って入った。
「ミヤビ、いったい何の用だ? 何しに来た?」
「それを語るのは長い長い時間が必要になりますわ」
「早くしろ」
「ある日、『治療所』のロックが突然停止し、わたくしは突然自由の身となったのです」
「ある日って、今日のことじゃねーか」
思わずシシュンがツッコむ。
「ていうかそれ、まだ半日も経ってないよね? どこが長い話なの」
ドーシャも口を挟まずにいられなかった。
ミヤビはふうっとため息をついた。
「捨て犬は静かに話を聞くこともできないのかしら」
「俺だけ!?」
露骨に自分だけ批難されたのにシシュンが抗議する。
ミヤビはシシュンを無視して続けた。
「わたくしはレツを連れて外に出ましたの。だってそもそもわたくしを閉じ込めておくことが不当なのですから」
レツはミヤビの子分だ。一緒に『治療所』に収監されていた。
「まずわたくしは自分のお家に帰りましたの。着替えたかったし、お父様にも無事戻ってきたことをお知らせしなければなりませんから」
ちなみにドーシャたちはまだ囚人服だ。
「お父様はわたくしを見て泣いて喜びました。そして言ったのです。急いで国外脱出しよう、と。この国は残妖との戦争を準備してる、もう残妖の生きる国ではないと。わたくしひとり逃げるのは簡単ですわ。ですがせっかくですので我が親友のドーシャにも教えてさしあげようかしらと。そういうわけで家のことをレツに任せてわたくしはここに駆けつけたのですわ」
「もう知ってる」
「そ、そう……」
ドーシャの言葉にミヤビはがっかりした。
しかし気を取り直して提案する。
「ドーシャ、わたくしと一緒にA国に行く気は無いかしら?」
それから周囲をちらと見て、
「もちろん家族と一緒でもかまいません。捨て犬たちも連れてきていいですわよ」
ドーシャは即答した。
「できない。今はライジュがどこにいるか分からない。それに、この計画を動かしてるのはお父さんなんだ。だから私が止める」
「ドーシャのお父様?」
「あー。知らない? 『式』の長官、私のお父さんなんだけど」
「九条アキラ? そういえばこの家の表札、九条でしたわね」
ミヤビは不思議そうに首を傾げる。
「なぜドーシャのお父様が残妖を絶滅させようとするのかしら? まさか自分の子どもまで殺すつもりはないでしょうし……」
「ないと言い切れるか?」
シシュンが言う。
「親子であっても所詮他人だ」
「わたくしのお父様もお母様もそんなことは絶対しませんわ」
「それは恵まれてるんだ。『逢魔』には親に虐待された残妖は珍しくなかった」
シシュンは咎めるように言った。
「そんなこと……」
ミヤビはいいかけて、やめた。
容易に触れられぬ隔たりを感じたのだ。
ドーシャは言った。
「いいよ気にしなくて。ありがとうね。誘ってくれて嬉しかったよ」
ミヤビは困ったような顔をした。
自分の財力権力でどうにもならないことだと思っていなかったから。
そのとき玄関の扉が開いて誰かが入ってきた。
「今度こそクシーニ?」
ドーシャが見に行こうとしたがそれより早くドタドタと部屋に入ってきた。
クシーニだ。
全身傷だらけでよろよろしている。そして右手に持っていた黒いゴミ袋のようなものを投げ込んできた。
「な、なに? 大丈夫?」
クシーニは答えず、視線を左右に走らせ、言った。
「知らない奴らがいるっスね」
雰囲気がさっきまで一緒にいた分身より冷たい。本体だ。
クシーニはチュチュとミヤビのことは知らない。
「う、うおおおおお……」
突然、クシーニの捨てたゴミがうめいた。
「うわびっくりした。生き物かこれ」
ドーシャは思わず飛びのいて距離を取った。
ゴミが起き上がった。メガネをかけた若い男性。油っぽい黒髪。
ドーシャは見覚えがあった。
「あー……。なんか、どっかで捕まえた変態。名前は忘れたけど……」
「村雲ヤクモですぅ。我が愛しの女神」
「うへぇ」
ドーシャが1歩引く。
クシーニがヤクモを蹴り飛ばした。
「途中で見つけたんで捕獲しといたっス」
「って言われてもなあ。うちに置いとくの? それ」
「ぶっ殺したほうが後腐れないんスけど、小物過ぎて殺す気が起きなかったっス」
「あはは。じゃあ、うちに置いとくか。しょうがない」
クシーニの言葉は決して冗談ではない。もともと『式』にいながら無断の残妖殺しを目論んで捕まったのだ。
クシーニがドーシャの向かい、ミヤビの隣に座った。人が増えて狭くなってきた。
「じゃあとりあえずあたしが調べてきたことを話すっス」




