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第80話 囚われのドーシャ

 ドーシャは暗い部屋で目覚めた。


「あれ……? どこだここ? なんでここにいるんだっけ?」


 頑張って思い出す。


「確かライジュと話をしに行って、梔子レンが襲ってきて、勝ったけど私も動けなくなって……」


 それ以上は憶えてない。


「ライジュはどこ?」


 部屋にはドーシャしかいない。


 ドーシャは部屋にひとつしかない扉から出ようとして鍵がかかっているのに気づいた。ムリヤリ開けようとして左腕が痛んだ。かなりの深手を負っていたのを思い出した。治療された跡がある。

 右腕だけで開けようとしたが開かない。

 残妖の怪力で壊れない扉。つまりここは残妖のための牢獄だ。


 部屋の構造に見覚えがある。


「『治療所』……」


 『式』が捕まえた残妖を入れておく施設だ。たまに捕まえた残妖と面会に行くので知っている。


「誰がやった?」


 分かっている。お父さんだ。梔子レン以外にも部下がいてドーシャは捕まったのだろう。


「どうやって出る?」


 ここの壁や扉は特殊素材で物理的な衝撃で破壊されることはない。ドーシャは賢くないので素材についてはそれ以上知らない。また、残妖の能力に合わせた特別な部屋もある。


 結論から言うと、出られない。

 当然だが出られたら牢獄の意味が無い。


 卑妖術を試すことも考えたが、やめた。

 ドーシャの卑妖術は体内に溜めておいたものを放出する、限りのある能力だ。無駄遣いはできない。


 傷も完治していない。もう一度寝ることにした。


 1日、2日、3日。

 食事は提供される。普通の囚人と同じ扱いだ。


 7日、8日、9日。

 焦りを感じる。ときどき見かける職員に話しかけるが無視される。


 20日、21日、22日。

 何も起きない。誰も会いに来ない。


「お父さんは私をここに閉じ込めて、それで終わりにする気なの? ライジュもここにいるんだろうか。お婆ちゃんは心配してるだろうか。チュチュはどうしてるだろう」


 29日、30日、31日。

 このまま死ぬまでこうなのだろうか。

 ドーシャは精神的に限界にきているのを自覚した。


「ダメだ落ち着け。正気を失ったら終わりだ」


 ドーシャは今まで何度も見てきた気が変になった囚人たちを思い出す。

 壊れるわけがないのに壁を叩き続ける囚人。その仲間入りをしてはダメだ。


「きっと脱出するチャンスは来る」


 ドーシャは待ち続けた。


 どれほど時間が経ったか。


 急に電子音が鳴った。

 びっくりして壁から離れる。

 だがこの音は確か、扉のロックを解除したことを知らせる音だ。


 誰かが入ってくるのかと思って待っていたが、誰も入ってこない。

 恐る恐る扉を開いた。

 やはり誰もいない。

 そうっと外に出る。

 すると廊下は、同じように部屋から出てきた囚人たちでごった返していた。


「嘘でしょ……」


 なんらかのトラブルで『治療所』の全エリアのロックが解除されたのかもしれない。だとしたら素直に喜べないところだ。

 囚人の何人かがドーシャを見た。敵意に満ちている。


 モヒカンの巨漢、小柄で陰気な青年、大柄な女性、などなど。ドーシャがぶち込んだ『逢魔』の戦闘員たち。


「おう、久しぶりじゃねえか。せっかくだからたっぷりお礼してやるよ。外に聞こえるくらいでっかい悲鳴を上げさせてやるぜぇ」


 モヒカンが筋肉を自慢するようにそばの壁を叩いてドンッと大きな音を立てた。


 ドーシャの部屋は奥側にあって出口は反対側だ。逃げ場はない。極めてヤバい。


 囚人たちが近づいてくる。


「こうなったら先制攻撃しかないか……?」


 ドーシャが迷っていると、モヒカンの隣の扉が勢いよく開いた。

 モヒカンがびっくりする。


 部屋から中学生くらいの少女が出てきた。鮮血のごとき赤き髪と瞳。顔には青痣。


 ドーシャはこの少女の囚人を知っていた。


 艮ウララ。

 両親に暗殺者を送り込まれ、返り討ちにして両親を殺害した少女。


「誰? 今ドンッてしたの?」

 そう言いながらモヒカンの腕をつかんでねじり上げる。


「いたたたたた!」

 モヒカンが悲鳴を上げる。


「お前か?」

 指が腕にめり込むくらい強く握る。


「あぎいいいいいいい!」

 モヒカンの顔が青くなった。


 艮ウララは精神的に不安定だ。被害妄想をこじらせウララはドーシャたちと死闘を繰り広げることになった。普段は大人しいが、どうやら今は機嫌が悪いらしい。


 『逢魔』の戦闘員たちがモヒカンを見捨てて逃げ出した。ウララと戦う利が無いと判断したのだろう。まあどう見てもヤバい奴だし関わりたくない。


 人がいなくなってウララはモヒカンの手を離した。モヒカンは這う這うの体で逃げていく。

 ウララは振り返ってドーシャを見た。


「やば……」


 しかしウララはドーシャに興味を示すことは無く、部屋に戻っていった。

 ドーシャがそっと覗くと部屋の隅でうずくまってじっとしている。


「とりあえずウララは放っておいて大丈夫っぽい。けど大量脱走はシャレにならないんだけど。一応何人逃げたのか確認しとく? それにライジュがいないか探さないと」


 ドーシャは他の囚人のように急いで外に出たりせず、内部の確認を始めた。


 確かこの『治療所』の収容人数は500人。といっても満員まで収容されてるわけじゃなくて正確な人数までは知らない。確か100人くらいだった気がする。


 ほとんどの部屋は空だった。ロック解除を知らせる電子音が鳴ったんだから当然かもしれない。

 それでも残っている囚人もいた。


 紫髪のメガネっ子。部屋の中でマンガを読んでいる。


「あれ、ドーシャ先輩? 何してるんスか? さっき囚人どもが逃げていったっスよ?」


 石塚クシーニ。元『式』の隊員。密かに残妖を殺していたために収監された。


「いや、それは知ってるけど私ひとりじゃどうにもならなくて……。クシーニは逃げてないんだ」


「逃げてないっていうか……。あたしは、その……」


 なぜかクシーニの歯切れが悪い。

 ドーシャは察した。


「もしかしてここにいるの、分身?」


「あはは。本体は今さっき出ていっちゃったっス」


 クシーニの卑妖術は分身だった。

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