第76話 ライジュの切り札
「そっちからかかってきていいよ」
ライジュはドーシャに言った。
ドーシャにとって、ライジュは全てにおいてドーシャより優れた目障りな姉であった。稽古や喧嘩で何度も勝負したが一度も勝たせてもらえなかった。
ライジュ自身がことさらにドーシャが劣っているなどと言うことはたまにしか無かったが、ドーシャのほうが気にせざるをえなかった。
それでも、ドーシャはライジュに挑むことはやめなかった。そしてライジュも勝負を必ず受けた。
それが奇妙な姉妹の絆だった。
だから今回もドーシャは勝負から逃げなかった。
緊張の汗が垂れる。ドーシャが動いた。
「野分山の暴風!」
「天空山の暴風!」
ドーシャの攻撃にライジュは瞬時に同じ技を返した。というより、読んでいたのだろう。
風と風がぶつかり、打ち消し合った。ドーシャの白い髪が風になびく。
「白長須山の水流!」
「鮫々山の水流!」
今度はライジュのほうが先だった。同じく打ち消し合って、霧のような微かな水の粒をドーシャは浴びた。濡れるというより湿るという感じだ。
卑妖術では埒が明かない。
ドーシャは飛び込んだ。間合いに入ると勢いを利用して回転し回し蹴りを打つ。
ライジュはのけぞってかわし、ドーシャのつま先が鼻をかすめた。
ライジュは目を見開いた。
「随分速くなった」
ドーシャはそのまま飛びかかり、ライジュは片足を引いて左手1本で逆にドーシャをつかんで投げ飛ばした。地面に打ちつけられ舗装が砕ける。ライジュはまだ手を離さない。ここから追撃が来ることを察したドーシャはとっさに放電した。
「逆鱗山の雷!」
ライジュはすでに離れていた。
お互い帯電することができるため関節技のような長く触れる技は使いづらい。
ドーシャは身を起こす。
そこにライジュの膝蹴りが飛んできた。ドーシャは両手で受けるが止めきれず顎のあたりを強く打たれてよろめいた。
さらにもう1発蹴られてドーシャは近くの喫茶店の窓を突き破って店の中に転がった。
店内にすでに人はいない。ただカメラはまだ生きているかもしれない。
だから店の外に出ようとしたドーシャは、飛び込んできたライジュに不意を衝かれて蹴り倒された。
「甘い。命を懸けた戦いの中で第三者を気にしている余裕は無いよ」
ライジュは師が弟子に教えるように言った。
ドーシャは慌てて立つ。
「命って……殺す気?」
「今私たちは命と同じくらい重いものを懸けて戦っているはずだ。今後の人生の全てを。己の信念を」
「確かに」
ドーシャは苦笑した。
ライジュは近くのテーブルを持ち上げる。
それをドーシャへぶん投げてきた。
当然ドーシャはそれをはじく。だがテーブルに一瞬視界を覆われた間にライジュの姿が消えていた。
重力の感覚が無くなり視界がぐるんと回る。
足を払われてバランスを崩したのだ。
ライジュが足元にいる。
テーブルを投げると同時にスライディングで足元に滑り込んできていたのだ。
ライジュの戦闘センスはドーシャを遥かに上回っている。
ドーシャは倒れ、ライジュは立つ。
手をついて立ち上がろうとするドーシャをライジュは容赦なく蹴り飛ばす。
イスを薙ぎ倒して転がるドーシャ。さらなる追撃を受ける前にと立ち上がりはしたが、かまえる隙さえ与えないライジュの猛攻に防戦一方となる。
ひたすら殴られるのに耐えていると、背中に壁がぶつかった。正確には壁というか透明なガラスの仕切りだ。いつの間にかだいぶ後ろに下がっていたらしい。
逃げ場を失い、蹴りを受けたドーシャは壁を割って外に転がる。
歩道で踏みとどまったドーシャは、ライジュが1歩走り出そうとして止まり、視線がさまよっているのに気づいた。ライジュは割れたガラスが舞い散るのを見ていた。
それは一瞬だった。
ガラスにはドーシャとライジュの姿が反射していた。
本物のドーシャと鏡像のドーシャ、そしてよく似た鏡像のライジュ。
普通なら本物のドーシャだけ見ていればいい。
だがライジュの空間処理能力は非常に高かった。ガラスに映るそれらから正面からは見えないものまで見ようとして、脳の限界を超え鏡像を見るのをあきらめた。
ほんの一瞬。
その一瞬にドーシャはライジュに体当たりした。ライジュは反射的に防御姿勢を取ったが店内のカウンターまで吹き飛んで、様々なものを巻き込んで派手な音を立てて倒れた。
ガラガラと物を押しのけてライジュが戻ってくる。
ライジュは片手で頭を押さえてため息をついた。
「決めた。本気でやる」
「本気?」
ドーシャはいぶかしんだ。ライジュに余裕があったのは確かだ。だが手を抜いていたとも感じない。
ライジュは続けた。
「私たちはいくつもの山に籠もりその力を身に宿す。これから見せるのはドーシャの知らない力だ。かわすことも防ぐこともできない。それを見たときがドーシャの最後だ」
ライジュは静かに呼吸を整えた。
無防備に見える。
だがドーシャは動かなかった。
ライジュが右手をかざした。
「ひさかた山の陽光!」
閃光が迸った。
道路の舗装がえぐるように焼き尽くされ、遠く離れた場所に止めてあった自動車が爆発炎上した。
ドーシャは腹部を焼かれていた。立ったまま沈黙している。
ライジュは言った。
「3年間陽光をその身に溜めることで使えるレーザービームだ。光速の一撃は絶対にかわせない。けど、狙いが甘かったな。3年に1度しか使えないから練習が足りない」
そしてライジュは自分の右手をさすった。少し火傷がある。
「都市で使うのは不向きだったみたいだ。光を反射するものが多すぎる」
ガラスや透明なアクリル、自動車のミラーなどの破片が周囲に散らばっている。
ライジュはもう今回の戦闘の分析に入っていた。
だが、ドーシャはまだ倒れなかった。
1歩進む。
ライジュの表情が驚愕に彩られる。
走る。
ライジュがかまえ直す。
殴ろうとするドーシャの拳をライジュはつかんで受け止めた。
右手がつかまれ、左手も握られる。
だからドーシャは思いっきり頭突きした。
ドーシャの額が割れ、ライジュの額が割れる。
ライジュがよろめき、倒れた。そして立ち上がることはなかった。
「なんで、アレを食らって動けるんだよ……」
ライジュがかすれた声で訊いた。
ドーシャは唇を垂れる血をぬぐって答える。
「かわすことも防ぐこともできない。ライジュがそう言うならそれは本当だ。だから私は耐えることにした。やせ我慢だけど、今までそれで戦ってきた」
「ばっかじゃないの?」
倒れているライジュのほうがドーシャを哀れんでいた。
「お父さんのこと、もう立つ気が無いなら教えろ。私が勝った」
「なに勝った気になってんの? 1勝99敗(カンスト)でしょ? まだ私が上だ」
「おい!」
「怒鳴るな。約束通り、ちゃんと教えるって」
そしてライジュは語り始めた。
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名前:深山 蕾樹
所属:違法残妖組織『白締』
種族:山姥の残妖
年齢:17
性別:♀
卑妖術:《山位一体》
山中に収まる程度のものを体内に収め、自在に放出する。




