第74話 『白締』
「『逢魔』は羽々斬ヨミが首領となり、無差別に暴動を起こしている。社会不安は増大し、政府の計画に反対するものも少なくなった。C国やR国などは混乱に乗じて大量の工作員を送り込み、『世界人間連盟』は最強の戦闘員に事態の収拾を任せた」
飾り気のない無機質な部屋で『式』の長官だった人物、九条アキラはつぶやいた。
「計画通り……ではないでしょう」
秘書の國生ハニが言った。
「『白締』の宣戦布告動画、あれは真実ですか? ライジュちゃんが我々の計画を知っているというのは?」
「あれに私の計画を見せたことも聞かせたこともない。だが、突然の出奔の理由、今なら分かる。あれは私の計画に気づいたのだ。ライジュならばありうる。あれはいつも人の気づかぬことに気づく子だった」
「計画に支障の出ないようすぐに処理します」
「待て。ライジュに割く戦力は無い」
ハニの黄土色の目が九条アキラを睨んだ。
「娘だからですか?」
「何を言っている? 本部戦闘員、世界最強の残妖アレクサンドルに当たるには我々も最強の戦力をもって臨むしかないというだけだ」
「分かりました。ですがライジュちゃんはどうするんです?」
「頭骨をライジュに持たせたままにはできん。それにライジュがどこまで知っているか確かめねばならない。梔子レンを使う」
「レンは今使える数少ない手駒。『逢魔』や諸外国の工作員に対処できなくなりますが」
「仕方あるまい。ライジュがもし全てを知っていたなら計画が狂う可能性がある。残妖の手を借りる必要が無いと普段から大口を叩いている政府にしばらくの間は頑張ってもらおう」
☆☆☆
太陽が中天に昇った頃、ドーシャは大きなお屋敷の縁側を歩いていた。
左手の広いお庭はよく掃除され手入れが行き届いているのが分かる。
右手はふすまや障子が閉め切られてよく見通せない。ドーシャは歩きながら障子を開けていく。すると和風のお屋敷に似合わない最新ゲーム機や漫画本などが散乱しているのを知る。
しかし、人の気配は無かった。
「もぬけの殻か……」
ここは『白締』の首領、蓬莱クラタツの屋敷だ。そして『白締』の拠点でもある。
次から次に障子を開けて奥へ入っていく。
最奥の部屋を開けると、そこにひとりの老人がじっと座っていた。
その霞んだ瞳がドーシャを見た。
「ライジュの妹か。よく似ておる」
「蓬莱さん?」
「いかにも。わしが蓬莱クラタツじゃ」
クラタツは敵であるドーシャを目の前にしても動く気配が無い。それも当然だろう。クラタツは残妖ではない。戦う力を持っていない。『白締』の活動には参加せず、あくまで資金を提供するだけ。ゆえにクラタツではなく綾瀬タイガが実質的なリーダーとされる。
「ライジュはどこ?」
単刀直入に訊いた。
「残念だがそれはわしも知らぬ。わしは『白締』の活動には関わっておらぬでな」
「そう」
ドーシャは嘆息し、しばらく黙っていた。
もうこれ以上話すことはない。しかし去るのは早すぎる気がした。
「この前の宣戦布告、よかったの? 蓬莱さんの立場も悪くなるんじゃない?」
「立場か。そんなもの、金さえあればどうとでもなると思わんか?」
「『白締』なんてお金にならないことしてるくせにそんなこと言うんだ。意外」
「買い物をするとき、お金にならないと考えるか? わしにとって『白締』はそういうものだ。皆お金を稼ぎ、稼いだお金でさらにお金を稼ぐ。だがいつかはお金を使わねばならぬ。地獄にまでは持っていけぬ。わしには妻も子もおらぬでな。残す意味も無い。だから『白締』を、いや、綾瀬タイガを手伝っておる。もともと悪人と呼ばれようと気にしてこなかった。いまさらどれだけ泥を塗られようと気にはせん」
この老人とタイガにはなにかしらの繋がりがあるらしい。
「それでも、こんな危険な戦いに参加するより、ライジュと縁を切ったほうが良かったはず」
「タイガ、そして『白締』のみんなが戦うと決めた以上わしは何も言わんよ。それにライジュは……わしに似ておる。全て自分ひとりの力でなんとかなると思っていた頃のわしと。だからひとりにはしたくない」
ドーシャはふっと微笑んだ。
「ライジュは、いい人と会ったね」
クラタツも笑った。
「いい人か。そんなふうに言われるのは初めてだ」
「じゃあ、私は行くよ。ライジュのところへ」
「ライジュの場所が分かるのか」
「たぶん。ライジュはお父さんとの戦いに場所を指定しなかった。だからここにいないなら、きっとお父さんに分かる場所だ。そしてそれは私にも分かる」
「ライジュを止めるのか?」
「分からない。私は何も知らなかった。だから話を聞きたい」
「そうか。上手くいくことを祈ろう」




