第71話 開戦動画
巨大ビルが乱立する首都。ビルの隙間から降り注ぐ日差しは強い。
街頭テレビがニュースを伝える。
「――政府は先日のテロの実行犯をテロ組織『逢魔』と断定。対策強化のため、特殊部隊の装備の強化、情報機関による情報収集の徹底などを指示。
次のニュースです。蛹羽病予防法が成立。患者の医療と福祉のために『治療所』への入所を義務付けるもので……」
ひとりの少女が街頭テレビを見上げる。
「始まったか」
白い髪に夜空のような黒い瞳。ドーシャの姉、深山ライジュだった。
☆☆☆
何も無い白い部屋。
いるのは4人。
ひとりはこの国の総理大臣、眞利アリス。
「残妖の撲滅は我々人類の悲願です。しかしこれまで我々は犯罪を起こした残妖を捕まえるだけという後手でしか動けませんでした。そこで我々は残妖を蛹羽病と定義し、全ての残妖を『治療所』に収容できるようにしました。残妖の抵抗も激しくなるでしょうが、それはかえって残妖は危険であると世間に周知する結果になるでしょう」
別のひとり、『式』長官秘書、國生ハニが言う。
「我が国の独断を『世界人間連盟』は許さないでしょう。F国本部からの干渉が予想されます。しかしことが上手く進めばあれらは手を引くはず。なぜなら『世界人間連盟』は人間のための組織。その組織名に含まれる人間とは、純血の人間のみを指すのですから。それよりもまずは国内支部、『式』や『情報局』を制圧しなければなりません」
もうひとり、防衛大臣が言う。
「そのための力を貸せというのがそちらの話だったな。だが『式』はそちらの唯一の戦力のはず。それを自ら潰して貴様らに何か得があるのか」
ハニが答える。
「『式』は軍隊とは違います。命令に従わないものが何人もおり、それらを解任してもその者たちの手元に力は残ったままとなります。これから先の計画に必ず障害となるため先制して排除しておかなければなりません」
総理が言う。
「残妖との戦いの前哨戦として丁度いいではないですか。『逢魔』の首領はいまだ捕まらず、長く激しい戦いになるでしょうから。まず手近な勝利を得て皆の気持ちを高め戦いに慣らしておくのも良いでしょう」
最後のひとり、『式』の長官、九条アキラが言った。
「『逢魔』の大戦力を倒した今ただちに次の攻撃は無いでしょうが、奴らがどんな武器を用意しているか分かりません。急がれたほうが良いでしょう。国家と戦争するのと同じくらいの心づもりで、戦力を整え一気に殲滅する必要があります」
九条アキラの瞳は黒く、暗い。
☆☆
『情報局』事務所。
眠そうな目をした背の低い工作員、ネムが帰ってくる。貴重な記憶操作の卑妖術を持つため年中無休で全国を飛び回っているため事務所に戻ってくることは珍しい。
「局長、わざわざ直接会って話したいことってなんだ。つまんないことだったら……」
ネムは黙った。
他にも2、3人の工作員がいてざわめいている。事務所に工作員が複数いるのは珍しい。だが局長が同じように呼んだのならおかしくはない。
ネムはみんなの視線の先に目を走らせて恐怖する。
局長が血を流して倒れている。
ネムは他の工作員と視線を交わした。
おそらく仲間たちも今来たばかりだろう。なぜなら局長が襲撃されたということは、ここは安全ではないということだからだ。そんな場所にいつまでも突っ立っている工作員はいない。
局長を救助するか、全力で逃走するか。
ネムは仲間たちを引かせて自分だけで局長のほうへ向かおうとした。
しかし足元にコロコロと丸い小さなボールが転がってくる。それはたちまち煙を噴き出し視界を覆った。
「まずい……!」
ネムは倒れ伏した。仲間たちも倒れている。残妖の力を削ぐ毒物が煙に含まれている。
仲間のひとりがまだ立っているのに気づいた。そいつはガスマスクをつけている。
トバリだ。電子制御の卑妖術を持つ工作員。
ネムはうめいた。
「トバリ、てめえか……」
そもそも、『情報局』が襲撃されるのはともかく、敵について一切察知できていないというのがおかしい。『情報局』は全国の残妖犯罪組織を監視している。襲撃の予兆があれば気づいたはずだ。
だが内部に敵がいるなら別だ。
この襲撃はトバリが何者かと協力して計画を立てた。
トバリがくぐもった声で言った。
「心配しないでいい。『情報局』の仕事はこれからも必要になる。新しい主人に仕える気があるなら今までどおり何も変わらない」
「気が無いなら……?」
「『治療所』行きだ」
「なぜ裏切った? 今の立場が不満だったか?」
「私の目的はそんなつまらないことではない。全ては大義のため。これはずっと前から計画されていたことだ」
「計画……だと?」
何年も前から裏切りがあったなら、なぜ『情報局』は気づかなかった? 『情報局』内部に干渉できて、それに違和感を持たせないもの。
ネムは陰謀の主が単なる犯罪組織などではない、もっと恐ろしいものである可能性に思い至った。
「ざっけんなよ……」
☆☆☆
『式』の隊員、深山ドーシャは珍しく家にいておばあちゃんと友人の下桐チュチュの3人でテレビを見ながらお菓子を食べていた。
おせんべいを食べながらドーシャは言う。
「丸一日任務が入らないなんてどうしたんだろ」
「平和ってことじゃない」
おばあちゃんが笑って言う。最近は家族が家にいないからドーシャがいると嬉しいのだ。
「平和……なのかなあ? ちょっと前に塵塚怪王が大暴れしたばっかりだけど」
任務が無いのはいつもなら喜ばしいことだったのだが、今はそうでもない。
暇があると、ヌルの言葉を思い出す。
『お前の父親はすでに『世界人間連盟』を裏切っている』
ありえないとは否定できなかった。
お母さんが死んでからお父さんは冷たくなった。
七凶天を倒せばきっとまた笑ってくれると信じてきた。
けどもうずっとお父さんが何を考えているのか分からない。
「って、こういうことばっか考えちゃうから暇は良くない」
「どうかしたの?」
おばあちゃんが訊く。
おばあちゃんにできる話じゃない。
「別に~」
ごまかして携帯をいじる。
「あ、『白締』の動画が上がってる。珍し」
『白締』は残妖の真実を発信する動画をネット上にアップロードしている。もちろんそんなのはドーシャには興味が無いのだが、姉のライジュが『白締』にいてたまに動画にも顔を出すのでチェックしていた。最近は更新が無かったのだが……。
「おばあちゃんも見る? ライジュ出るか分かんないけど」
そう言っておばあちゃんやチュチュにも見えるように携帯を置く。
再生すると出てきたのは火炎のごとき赤い髪に青空のごとく青い瞳の人物、『白締』リーダー、綾瀬タイガ。
その隣に、ライジュ。
「ライジュいるじゃん」
綾瀬タイガが言った。
「今回の配信は重大なお知らせとなります。僕たちは今まで残妖のことを知ってもらうために配信を続けてきて、少しだけど理解してくれる視聴者もできました。だから僕たちはこの活動をずっと続けていくつもりでした。だけど状況が変わった。今日のニュースで発表された蛹羽病とは、僕たち残妖のことです。政府は僕たちの存在を絶対に認めないため病気ということにしようとしています。始まるのは残妖の隔離と処刑。ここからの戦いは苛烈になります」
ライジュが代わった。
「この計画は11年前には存在し、ずっと実行される機会を窺っていた。私はこの計画の首謀者が誰か知っている。そっちは私が計画について10%も知らないと思っているだろうけど、そんなことはない。なぜ知っているのか、知りたいか? 知りたければ会いに来い。そちらが集めていた8つの道具の最後のひとつもこちらにある」
ライジュは一拍、間を置いた。
「これは宣戦布告だ」




