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第70話 面会その2

 ドーシャは暗い面会室で待っていた。


 ここはいくつかある『治療所』のひとつ。残妖の監獄である。


 職員たちが離れた場所から見張っている。職員の多くは残妖だ。そのうち9割は『式』ほどの戦闘力も忠誠心も持たないが、拘束され檻の中にいる残妖の暴動を押さえるくらいはできる。残り1割は『式』にも匹敵する戦闘力を持つがなんらかの理由で『式』には不適格な残妖だ。


 最初に面会室に現れたのはくるくるの茶髪に意志の強い金の瞳の少女。

 獣王ミヤビ。


「久しぶりねドーシャ」


「うーん。あんまり久しぶりって気がしない。ていうかあんまり会いたくなかった」


「つれないわね。でもドーシャが来なくてもわたくしのほうから会いに行くつもりでしたわよ」


「『治療所』を出た残妖はほとんどいない」

 『治療所』を統括する管理局、ひいては世界人間連盟は残妖を信用していないからだ。


「わたくしのお父様は獣王財閥の総帥なのよ。娘がこんなところに入れられて黙っているはずがないわ。すぐに出してくれるに決まっています」


「ど、どうだろう……」


 そんな簡単に出られても困るのだが、ありえないとも言い切れない。


「次はちゃんと屈服させてあげますから。楽しみにお待ちあそばせ」


 ミヤビのうっとりした目にドーシャは寒気がした。


「だからね。なんでも暴力で解決するのはよくないことなんだよ? 私が言うのもなんだけど」


「ドーシャがわたくしに暴力の喜びを教えたのに」


 ミヤビはドーシャが生み出したモンスターだ。その責任を負う必要は無いのだが、やはり放ってもおけない。


「じゃあ今度は世の中暴力だけじゃないって教えてやるよ。ここを出られたらの話だけど」


「ふふっ。楽しみにしてましてよ」


☆☆


 次の面会相手は鬼灯みたいな赤い瞳の女子。草薙アカネ。ヤマタノヲロチの残妖。


「…………」


 アカネは何も言わない。

 だからドーシャのほうから口を開いた。


「元気出しなよ」


「アカネのおじいちゃんのことは残念だったけど。でもきっとおじいちゃんもアカネが元気なほうが嬉しいと思うよ?」


「アカネは充分やったよ」


「また来る」


 ついにアカネは何も言わなかった。赤い瞳は暗い色を帯びたままだ。

 まだ心の傷は深いのだろう。長い付き合いになりそうだ。


☆☆


 次に会うのは少年だ。深緑の髪、栗色の瞳。

 高山シシュン。


「傷は大丈夫?」


 シシュンは前回の戦いで深手を負ったが幸い一命を取り留めた。


「まだ痛む。けどドーシャが会いに来るなら寝てるわけにもいかないから」


「寝てていいよ」


「寝るのはいつだってできるからな。これからはずっとこの『治療所』で寝てるだけだ」


「いつか出られるって」


 とは言ったものの望みは薄い。


 シシュンも希望を持ちはしなかった。


「ドーシャは気に病む必要ないよ。自分で選んだことだから。まあ時間はいくらでもあるから、これからのことはゆっくり考えるさ……」


☆☆


 シシュンと話した後には日が傾きかけていた。


 ドーシャが『治療所』に送った囚人も増えてきた。全員と話すと時間がかかる。


「そのうち一日で終わらなくなるな」


 そう言って壁の時計を見る。

 とはいえ今日はあとひとりだけだ。

 今回はそのひとりに会うために来たと言ってもいい。


 しかしその人物は面会室にはやってこなかった。


 代わりに職員が来て言う。


「六文ヌルはここにはいない」


「いない? じゃあどこにいる」


「奴は特別な場所に護送された。居場所は我々も知らない」


 ドーシャはしばらく考えたが、あきらめて帰ることにした。

 いないというなら粘ってもしょうがない。


 施設を出る。

 門を通過すると、強い西日に目がくらんだ。


 ドーシャは、夕日を背にして人が立っているのに気づいた。

 逆光で顔が見えない。


 正体不明の人物がドーシャに声をかけた。


「わざわざご苦労なことだな。なぜ俺に会いに来た?」


 ドーシャはその声を知っていた。


「六文ヌル……!?」


 それは、捕まったはずの六文ヌルだった。


「な、なんで……?」


 ヌルは不敵に笑った。

「少しくらいは牢獄に入ってやろうと思っていたんだがな。誰もそれを望んでいないらしい」


「脱獄したんだな?」


 ドーシャは戦闘態勢と取った。

 一方ヌルはかまえる素振りも無い。


「やめておけ。仮にここでもう一度俺を捕まえたとしても俺が鎖につながれることはない。内通者がいるんだよ」


「内通者?」


「そんなことより、俺に話があったんじゃないか? こっちもあまり堂々と表を歩ける身分じゃないからな。早くしろ」


「それは……」


 六文ヌルは倒すべきだ。

 だが本当に『治療所』を自由に出られるなら戦っても無駄だ。

 それにヌルのほうに会話をする気があるなんて珍しい。


 ドーシャは言った。


「えーっと、あー、なんだっけ。あー、そう。シシュンの話だ。シシュン、死んでないよ」


「それを俺に伝えて何がしたい」


「シシュンはお前のために最後まで『逢魔』に残ったんだ。だから裏切り者として殺さなかったのはそっちにとっても良いことだったはずだ」


 ヌルは珍しい穏やかな微笑を浮かべた。

「良いことだと? くだらんな」


「それから、こっちが本題だけど、六文ヌル、お前の母親が妖怪だって聞いたから、お前の母親について調べた」


「調べた? 何も出てこなかっただろう」


「知り合いに天狗の孫がいる。調べてもらった」


「ほう」


「ある河童のお姫様が地上に上がった。それがヌルの母親だ。河童の姫は人間に恋し、だがその相手に裏切られ殺された。河童の屍骸を二束三文で売るためだった」


 ヌルは遠い目をした。

「愚かな女だ。人間などを信じたばかりに殺され、子どもをひとり永劫に渇いた世界に残した」


「河童の姫の父親、六文ヌルの祖父は、その人間を殺して仇を討った。そして……」

 ドーシャは少し言葉に詰まった。しかし言わなければならない。

「そして、その河童は自分の孫も殺そうとし、逆に殺された」


 ヌルは特に感じた様子も無い。

「天狗はそれも知っているか。誰かに見られていたかな。あの頃はまだ未熟だった」


 ドーシャはしばらく待ったがヌルはそれ以上何も言わなかったので続けた。

「その河童がなぜヌルを殺そうとしたのかは知らない。だけどお前が誰も信じなくなるには充分な理由だった。お前が全てを憎む理由だ」


「憎んでなどいない。失望しているだけだ」


「ヌル、お前が考えているほど世の中悪い人間ばかりじゃない」


 それを一番の悪党に言うのもなんだが、言わずにはいられない。

 ヌルの考えを否定したいわけじゃなく、もっとこの世界を知ってほしかった。


「深山ドーシャ、お前が考えているほど善人ばかりではない」

 しかしヌルの考えは変わらなかった。


「俺を『治療所』から出した内通者が誰か、知らないだろう?」

 最初にヌルが言っていた話だ。


「『逢魔』の戦闘員ナズナは『情報局』のスパイであり、『逢魔』のスパイでもある」


「あの子が『情報局』を裏切って逃がしたってこと?」


「いいや。やつの主人は俺ではない。ナズナは三重スパイだった。やつは……『式』のスパイだ」


「『情報局』と『式』は情報を共有してる。別々に活動する意味が無い」

 ドーシャはとっさに否定した。ヌルが言おうとしているその先を聞いてはならないことに気づいていた。


 ヌルは意地悪く笑った。

「俺を逃がしたのは『式』だ。『式』の長官九条アキラ、お前の父親はすでに『世界人間連盟』を裏切っている」


「何を言ってる……」


「やつが何を企んでいるのか、そこまでは知らんがな。だが俺がわざと捕まったことでやつの計画はかすかに狂った。俺を逃がすというのは明確な裏切りだ。バレる前に九条アキラは動き出す。やつは俺に何かをさせたいんだろうが思い通りにはならん。やつが動くまで『逢魔』は動かん。俺は九条アキラの行動をじっくり見ながら便乗するか妨害するか決めさせてもらおう。今までやつは俺を隠れ蓑にしてきたが、今度は俺が影から利用させてもらう」


 後半の言葉は動揺するドーシャの耳には入らなかった。

 気がつけば、六文ヌルはもういなかった。

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