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第69話 夜明け

 夜が明ける。

 太陽が2人を照らし出した。


 塵塚怪王が暴れたため周囲は瓦礫の海になっている。

 戦いから少し離れた場所にいた一般人の生存者が何人か顔を出し始めた。

 異様な雰囲気でにらみ合うドーシャとヌルに不審な目を向ける。


「ゴミどもがジロジロと不愉快だぞ」


 ヌルが地下から水を引っぱり上げ、水の弾丸を作る。それを周囲の一般人へと撃ち込んだ。

 あっという間に数人死んだ。


「やめろ!」


 ドーシャは走って射線上に割り込み体で弾丸を受け止める。

 背後で人々が怯えた視線でドーシャを見る。


「お前が受けるなら俺はそれでもかまわん」

 ヌルは水の弾丸が無くなるまでドーシャに撃ち込んだ。


 闘志の消えない様子のドーシャを見てヌルは今度は水をサッカーボール程度に丸めたものを6個作る。それを操作してドーシャへと変則的な軌道でぶつける。


「その技は前に見た」

 ドーシャは飛んでくる水球を殴り返す。

 水球は固められているために衝撃を全体に吸収して勢いを相殺し砕け散った。

 6個の水球を全て破壊する。


「俺の水球に反応できるようになったか。しかし水は壊れることはない。ただ形を変えるだけだ」

 砕け散った水しぶきがすぐに寄り集まり水球に戻る。

「長くは続けられないだろう。限界が近い。結局意味の無いことだ」


 確かにドーシャは限界だった。

 すぐに水球を上手く迎撃できなくなり、水の塊にドーシャはぶん殴られる。水は重い。速度を乗せれば充分な威力が出る。


 ドーシャは逃げることも考えたが、後ろにいた人々はその場にへたり込んで全く移動していなかった。この人たちは残妖を知らない。理解不能の状況にどうしていいか分からないのだ。


 6つの水球はドーシャを何度かなぶったあと、破裂した。散弾銃のように水が撃ち込まれる。ただドーシャは後ろの一般人を守るため身をかがめて被弾面積を減らすこともできなかった。


 ドーシャは瀕死だった。

 ヌルがもう一度水を周囲に浮かべる。次の攻撃を受けたら耐えられない。


 だが水は突然重力に引かれて地面に落ちた。

 ヌルが片膝をつく。


 ドーシャは気づいた。ヌルは弱っている。塵塚怪王の自壊に巻き込まれてダメージを受けたのはドーシャだけじゃない。ヌルもまたゴミに押し潰されて圧死寸前だったのだ。


「今しかない」


 ドーシャはヌルに走って近づく。そのまま殴り飛ばそうとしてヌルに受け止められる。だから体当たりでぶつかって押し倒す。


 ドーシャは万感の思いを込めてヌルの顔面を殴った。血が飛び散る。もう一度殴る。ヌルの鼻が折れる。

 もう一度拳を振り上げたとき、急に視界が真っ白になって意識が飛びかけた。体内に激痛を感じ吐血する。


 ヌルが苦しげに言う。

「俺の能力を忘れたのか? 俺は体内の水分も操って人体を破壊できる。残妖には効きにくいが、密着状態なら充分通用する」


 それでもドーシャは拳を振り上げ打ちつける。

 気が遠くなるほど殴り、殴った。


 誰かがドーシャの肩に触れた。

 ドーシャは身の危険を感じて振り返った。


 小さな子どもだった。幼稚園児くらいの、小さな子。

 子どもの目は怒りでも、恐怖でもない。

 優しさだった。


 周囲に大人たちもいる。生存者たちだ。


 ドーシャは拳を下ろした。ゆっくりとヌルの上からどける。


 ヌルが血まみれの顔で言った。

「そんな奴らに遠慮してトドメを刺さないのか? 俺たちのことを何も知らないくせに中途半端な正義感で偉そうに他人の邪魔をする、そんなクズどもに」


 ドーシャは答える。

「止められたからやめるわけじゃない。私は、お前を殺しにきたんじゃない。私の復讐は最初からお前を殺すことじゃない」


 ヌルは笑う。意志薄弱なものを馬鹿にするように。

「だったらお前はいったい何を為すつもりでここに来たんだ?」


「私の復讐は……」


 しかし最後まで言えなかった。

 後頭部を強く打たれドーシャは倒れ伏す。


 ドーシャを倒したのは15歳くらいのそばかすの少女だった。ドーシャもヌルも見ずに携帯をいじっている。

 『逢魔』の戦闘員、菜種草ナズナだ。


「ボス、撤収。これ以上、無駄」


 ヌルは倒れたまま答える。

「ああ。塵塚怪王で勝たなければ残妖の勝利にはならん。この戦いはすでに負けている」


「逃走ルート、用意してる。『逢魔』の戦力は、ほぼ壊滅してる、けど、すぐ立て直せる」


「ふん。お前は俺に戦い続けてほしいらしいな。まだ俺に利用価値があると判断しているか」


 ナズナが初めてヌルの顔を見た。


「だがあいにくお前たちの思い通りにはならん。俺はここで大人しく捕まることにしよう」


「……捕まれば死刑以外ありえない」


「だったらどうする?」

 ヌルは挑むようにナズナを見ている。


 少女が戸惑っていると、地平線の彼方から光るものが飛んできて地面に突き刺さった。氷の槍。

 遠くから『式』の霜月フユヒ隊長が向かってきている。

 ヌルはそれを大人しく待っていた。


 フユヒ隊長の他に2人いる。フードをかぶった女性と、顔の上半分を覆い隠す機械の被り物をした男性。情報局の残妖、ネムとトバリだ。ネムは記憶操作、トバリは電子制御の卑妖術を持つ。


 周囲の野次馬たちが近づく3人を見た。ネムと目が合った瞬間、全員立ち尽くした。ぼんやりしている。

 ネムが周囲の人間の記憶を消したのだ。


「もう日が昇ってるってのに、どいつもこいつも派手に暴れやがって。今この場にいる人間を全員記憶消去しなきゃならん。ぶち殺すぞ」

 ネムは仕事が増えることを嫌う。


 フユヒ隊長はお構いなしにヌルに言う。

「今度こそ決着ですね」


 トバリが言った。

「あの六文ヌルもジ・エンドだ。ナズナ、スパイ活動ご苦労だった。だがもう少し働いてもらう必要がある。引き続き『逢魔』に残って残党を監視しろ」


 ナズナは黙って頷いた。


 トバリが片手を振った。

「周囲の電子データをデリートした。後片付けを済ませたらエスケープだ」


 フユヒ隊長がヌルとドーシャを担いで撤収する。


☆☆


 破壊された街は不思議なほど静かだ。

 戦いはすでに終わり『逢魔』の残党は逃げ去った。残妖たちの影も無い。

 だが、最後のドーシャとヌルの戦いは太陽の下で行われた。

 政府と情報局の隠蔽工作がどこまで機能するか、今はそれが問題だった。


 『逢魔』は今回の戦いに全力を注いでいたらしくほぼ壊滅状態。手綱を握る者がいなくなり、ヌルが残妖にした子どもたちの多くが野に解き放たれた。


 そして『疾』の迫水シンジは病院でリンゴを食べていた。


「かなり無茶したけど、そのぶん今回の働きは文句のつけどころがないぜ。総理を守ったんだからな。政府も俺たちを評価せざるをえないはず。残妖の地位も上がる」


 窓の外を見る。静かな青空だった。


 その静寂を小さな悲鳴が遮った。

 隣の部屋。『疾』の部下がいる部屋だ。


「ベッドから落ちでもしたか? まったく浮かれすぎだぜ」

 そういうシンジこそ浮かれていた。


 ぺたぺたとした足音が近づいてくる。


 シンジはようやく変だと思った。


 シンジのいる病室の扉が開く。

 ぺたぺたとその人物が入ってきた。

 老婆のような白い髪に夜空のような黒い瞳。


「お嬢ちゃん?」

 シンジは驚いた。深山ドーシャだ。


「てっきり『逢魔』かなんかかと思ったぜ。でもなぜお嬢ちゃんが? ここは政府関係者以外知らないはず。うちと『式』は管轄が違うのによく調べたな」


 シンジはふと、客人の右手からぽたぽたと泥水が垂れているのに気づいた。


 転がるようにシンジはベッドから下りる。同時に客人が右手を振った。シンジのいたベッドに穴がうがたれる。


「お前、ドーシャちゃんじゃないな!」

 シンジは叫ぶ。

「狂少女、なぜお前が俺を殺しに来る!」


「お前以外はみんな死んだ。お前も仲間のところに行け」

 狂少女と呼ばれた少女はそう告げた。


「なんだと……。なぜだ、誰かの差し金か」


「哀れな飼い犬。お前の飼い主に捨てられたとも知らずに」


 狂少女が部屋の壁に手を当てた。すると部屋の全てが泥と溶けていった。

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