表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
68/92

第68話 塵塚怪王

「塵塚怪王?」


「これの名前だ」

 ヌルは怪物を示した。

 ビルを超える巨大な山のような姿。全身がゴミや瓦礫でできている。


「塵塚怪王は江戸時代に記録の残るゴミの妖怪だ。俺はこれの幼体をゴミ捨て場で見つけ、ヲロチの頭骨の妖力で育ててきた。こうするほうがヲロチ自体を武器に使うよりよほど扱いやすい」


 ドーシャは戦慄した。

 ヌルの言葉を信じるならこれは純粋な妖怪だ。ドーシャは妖怪を見たことはあるものの、戦ったことは無い。


 塵塚怪王がゴミでできた腕を伸ばす。周囲の建物を薙ぎ倒し、崩し、瓦礫を取り込んで成長する。


「ゴミの妖怪……」

 ドーシャは生理的嫌悪感を感じた。なぜかは分からない。


「人間を滅ぼすには丁度いいだろう? 人間の作り出したゴミから生まれた妖怪なのだから。今日は残妖が人間に勝利する特別な日になるだろう。人間はこういうとき『新しい夜明け』などと言うが……闇に生きる俺たちにふさわしい言葉ではないな。残妖にふさわしい言葉は黄昏……『逢魔が時』だ」


「あ、それが組織名の由来?」

 どうでもいい気づきを得た。

「残念だけど逢魔が時にはまだ早いよ。私がアレを倒す」


「それは不可能だ」


「ずいぶん自信があるな?」


「確固たる事実だ。お前が山姥の残妖であるゆえにアレには勝てん」


「なにそれ?」


「塵塚怪王はゴミ山の王。『塵も積もりてなれる山姥等の長たるべし』と記録される山の妖怪の頂点。アレはお前の上位種だ」


 生理的嫌悪感の正体が分かった。


「私はアレを山の王とは認めない。アレは山のものじゃない」

 木々も、そこに生きる生き物たちも、あそこには無い。


「人間にとってはゴミ山が山であり、下水道が川なのだ」

 ヌルは嘲う。


「そんなことないよ。人間と、山と、川と、海……。そのつながりは切れたりしない」

 夢幻山を想う。人間に破壊され今は存在しないドーシャの生まれた場所。


「だったら否定してみせろ。人間の生み出したゴミ山の王を」


「分かってる。それが私に与えられた宿命だ」


☆☆


 同じ頃、九条アキラは『逢魔』の戦闘員から逃れ、身を隠していたところで巨大なゴミの怪物に気づいた。


「このタイミング、アレが『逢魔』の切り札か。あんな巨大なものどうやって街中に?」


 塵塚怪王は『逢魔』が街を破壊して作った瓦礫を食べて急成長したがアキラはそれを知らない。


「いや、理由より先に対処法か。だが今の『式』の戦力でアレと戦うのはおそらく無理だろう。ヌルのやつめ……」


 塵塚怪王を睨む。しかしそこでふと気づく。塵塚怪王が足元をやたらに叩いている。


「誰か戦っている? そういえばあそこはドーシャが総理を連れて逃げた方角。まさか……」


☆☆


 一方、ドーシャは塵塚怪王の腕をかいくぐって近づき足か胴体か分からない地表に近い部分を包丁で切りつけた。いくつものゴミがバラバラになって散乱する。しかし散乱したゴミはすぐ塵塚怪王の体に吸い上げられて元に戻る。


「効っかな!」


 悪態をついていると横から水の弾丸が撃ち込まれるので素早く躱す。ヌルの攻撃だ。


「あのやろ」


 ヌルと塵塚怪王、どちらもドーシャより強い。同時に相手をするのは不可能だ。ヌルの攻撃が届かないよう塵塚怪王の体の反対側に回り込む。

 その間にも塵塚怪王は周囲の建物を破壊して飲み込み成長する。

 ドーシャは足元を何度も切りつけるが効果が無い。


「どうすれば倒せるんだ?」


 倒す方法に思考を割いていると塵塚怪王の腕が伸びてきてドーシャを叩いた。そのまま塵塚怪王の腕が砕けてドーシャはその中に埋もれる。

 何千トンものゴミの圧力がドーシャを押しつぶす。山姥の体でなければとっくにぺしゃんこだ。

 脱出しようにも身動きがとれない。

 粉塵と悪臭に、ドーシャはかろうじて動く右手の袖で口元を覆った。

 ゴミが動いてドーシャも引っぱられる。塵塚怪王が動いている。


「上に引っぱられてる……?」


 周囲のゴミが上に移動しドーシャを持ち上げる。抵抗はできない。しばらくして上下の移動が止まる。

 大量のゴミの圧力以上に、強い妖力を感じる。

 近くに何かがある。それにドーシャは引きずり込まれたのだ。


 一瞬、熱と光、振動を感じた。

 塵塚怪王が動く。


 塵塚怪王は攻撃されていた。

 政府が軍隊を動かしたのだ。

 ミサイルの一斉攻撃が塵塚怪王を打つ。しかし少し崩れた塵塚怪王の形がすぐに戻る。


 ヌルが爆風から身を守りつつ満足そうに言う。

「これを待っていた。塵塚怪王が人間の持つ武力を打ち砕き、人間どもに完全な敗北を刻むこと。そうして初めて我々の勝利となる」


 塵塚怪王が近くのビルを引っこ抜いた、なんとそれを大空へぶん投げる。軍隊へ反撃したのだ。

 地響きを立ててビルが落ちる。いくつかの建物を巻き込んで炎が上がった。


 塵塚怪王の体内に囚われたドーシャにできることはない。

 無数のゴミの中、ドーシャは古いパソコンの前にいた。

 小型化される前の大昔の無駄に大きな箱型の機械。それがドーシャを見つめていると感じた。


(古き者……)


 ドーシャは初め、それが声だと分からなかった。


(古き血を引く者……。お前は敗北した)


 空気の振動ではない。心に語りかけてくる意思の声。


(お前は何も為せなかった。役に立たなかった。使えなかった)


「お前が私の何を知っている」


 しかし、塵塚怪王の声は心に響いてくる。


(ではお前は誰かの役に立ったのか? 誰もお前を必要としていない)


「く、頭が……」


 声がドーシャの思考を侵食してくる。普通じゃない。あるいは、貴妖術かもしれない。


(皆、お前に失望した。使えないものは、もう要らない。お前は捨てられた。お前は捨てられた、ゴミ……)


「私は、ゴミ……」


 頭がぼーっとして力が入らない。周囲のゴミが圧力を増す。

 しかし、ゴミがドーシャを押しつぶそうとして急に弱まった。圧力が無くなる。


「なに……?」


(その手に持っているものを捨てろ……)


 ドーシャは包丁を持っていた。


「お母さんの包丁……」


 山姥の包丁。火山が吐き出した、大地の気を持つ神器。

 それを塵塚怪王は恐れていた。


(お前はゴミだ。その包丁を捨てろ……)


「私はゴミなんかじゃない。望まれて生まれてきた」


 思考が安定し、冷静に状況を見られるようになった。

 今目の前にいる古いパソコンは塵塚怪王の脳であり心臓だ。

 なぜ急所の目の前にドーシャを連れてきたのだろうか。

 分かっている。ドーシャを取り込むためだ。


「ゴミ山の王、欲しかったのは何? 私を取り込んでなりたかったのは……本物。

 本物の命、本物の心、本物の、山の妖怪……」


 ドーシャは塵塚怪王が自らが捨てられたゴミであることを克服しようとしていることを知った。


「だけど、私の命はあげられない」


 ドーシャは包丁を強く握り、一閃した。

 古いパソコンが真っ二つに割れる。塵塚怪王を構成するゴミの山が雪崩れ始めた。

 世界が割れるような轟音とともにゴミが降り注ぐ。何万トンのゴミの雨に周囲の全てが押し潰されて飲み込まれる。

 何十秒もの死の雪崩に何分もの死の静寂が続く。


 どれほど経ったか、ゴミの海からドーシャは這い上がった。

 ゴミの重量に押し潰されてドーシャは重傷だった。それでも立ち上がる。


「ゴミ山だけが山と呼ばれる時代はまだ来ない」


 前方のゴミがうごめいた。手が突き出る。遅れて人間が這い出てきた。

 六文ヌル。


 ヌルもまたゴミに押し潰されて弱っていた。


「なぜ塵塚怪王は死んだ? あれは一介の残妖に倒せるものではなかったはずだ」


「塵塚怪王には心があった。だから死んだ。分からなかったのか?」


「心か……。俺が求めたのは心を持たない、決して裏切らない道具だというのに」


「だから何度も裏切られるんだろう!」


 ドーシャが怒る。

 するとヌルが水を操ってドーシャにぶつけてきた。大した威力ではなかったが受けきれず転ぶ。必死で立ち上がるとヌルが冷たく言う。


「俺に口答えするな。お前に俺と戦う力は残っていない」


 ヌルの予想は間違っていない。ドーシャは今や息をするのも苦しい。

 それでも、あとはヌルを倒すだけだ。もうちょっとで勝てる。


 ドーシャは眩しさに目を細めた。

 陽光が照らす。太陽が昇ったのだ。

 朝。

 戦いを隠していた闇が取り払われる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ