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第64話 冷めた心

 2年前、ナセの父風御門タメミツはある依頼を受けた。

 山奥の寒村、そこに住む残妖一族の抹殺。


 村の残妖たちはたびたび周囲の村ともめごとを起こしており、ときには卑妖術を用いて人々を脅した。

 困り果てた人々はお金を出し合って退魔師を雇うことにしたのだ。


 タメミツはその依頼を承諾した。

 残妖とはいえ法律上は人間だ。殺せば殺人になる。だが抜け道はある。科学的に不可能な犯罪は罪に問われない。それに周囲の村の全員が共犯だ。隠蔽は容易い。

 そして風御門はもともと呪殺を請け負う呪術師の家系だ。妖怪退治より人間を殺すほうが本業だ。


 タメミツは村の周囲の地脈を調べ要となる場所に楔を打ち込んだ。

 数日経ち雨が降ると地脈を破壊された山が崩れ残妖の村を土砂が飲み込んだ。

 次の朝、タメミツは依頼者の1人を案内人につけて残妖村の様子を見る。


「こんなあっさり片づくものなんですね」

 依頼人が意外そうに言う。


「残妖などといってもほとんどは普通の人間とそこまで変わらん。人間が死ぬことなら残妖も死ぬ」

 そう言いながらタメミツは土砂を注意深く観察している。

「そして……例外も当然存在する」


 タメミツは土砂から何か這いずり出た跡を見つけた。

 同時に瓦礫の陰から残妖が飛び出してタメミツたちに襲いかかる。タメミツは剣を抜いて迎え撃つ……。


☆☆☆


「おとんのやり残した仕事うちが片づけようか」

 ナセは髪の毛をぐるぐる巻いて手足を覆う。

「とりあえずこれでうっかり毒に触ってしまうことはないやろ」


 ナセは建物の上からジューグを見る。ジューグはナセのいる建物の屋上へと跳び上がった。

「お前の親は俺の家族を殺した。俺はお前の父親を殺した」


「悪いけど毒を撒き散らす奴と真正面から勝負するつもりは無いんよ」


 ナセは背後から飛び降りる。ジューグが駆け寄るとナセは髪の毛を操って別の建物にひっかけ移動する。重力と慣性を利用して振り子のように移動しさらに別の建物に髪の毛をひっかけ移動を重ねる。


 ナセの能力は高低差のある市街戦に向いている。


 ジューグはすぐに追いかける。ナセのような移動の仕方はできないが純粋に身体能力に優れるジューグは道路を走って追う。

 前方に警官隊の封鎖が見えてナセは方向転換する。封鎖区域を出れば戦闘を市民に目撃されやすくなるし、なによりジューグの卑妖術による犠牲が拡大する。


 ナセは近くの消火器をもぎとってぶん投げた。ジューグに当たらず地面にぶつかり、破損した消火器が消火剤を噴き出してあたりを霧のように覆う。

 ジューグはすぐに消火剤の中から脱出するがナセを見失った。真っ白になった服をはたいて消火剤を落とす。


「隠れやがったか。でも鬼ごっこからかくれんぼになっただけだ」


 ジューグはナセを探す。周囲を歩いていると足が糸のようなものに引っかかった。


「髪の毛!」


 ジューグの視線は髪の毛が伸びる先を追おうとして、中断せざるを得なかった。背後から大量の髪の毛が襲ってきたからだ。

 逃げそこなって左腕をつかまれる。慌ててナイフを取り出し髪の毛を切断する。力任せに切ったからナイフの刃は潰れた。妖刀でもない普通のナイフだし普通の髪の毛だったとしても潰れただろう。もうこのナイフは使えない。

 少し離れるともう髪の毛は追ってこない。左右に振っている。


「俺を探している……。見えてないんだ。あいつは俺の姿が見えない位置にいる」


 ジューグは髪の毛に触れないようその伸びる先を追う。


「衣料品店か……」

 明かりの消えた衣料品店をジューグは見つめる。


 ジューグは遠巻きに衣料品店をぐるりと一周し、無人のコンビニから飲料水を奪い水を口に含む。


 ナセは暗い屋内でじっと身を隠す。


(最初の接触で仕留められんかったのは大きいミスやよ。頭皮の感覚だけで追ってたから失敗してもうた。けどジューグの姿が見える位置におるんは相手からも見えるっちゅうこと。リスクのほうが大きい。一応髪の毛は周囲の街灯や樹木、家なんかに巻きつけてあるから引っぱられても平気やけど、こっちの位置はおおよそ知られたやろうな。さてさて、どうするジューグ。中に入ってくるか? 罠だらけのこの衣料品店へ……)


 緊張するナセの耳に異音が聞こえる。

 ガコン。そしてキューキュー。


(なんなん……?)


 何が起きているのか判別がつかないでいる間にガシャーンと入り口が破られる。だが入ってきたのはジューグではなかった。


 黒い濁流が衣料品店内部に押し寄せる。ナセはそれを観察し、正体を知った。

(ネズちゃん!? ゴキちゃんもおるわ。いったいどこからこんなに……。下水に毒を流し込んで追い出したんか?)


 かつて衛生意識の向上によって都市からネズミの類は数を減らした。しかし時がたちネズミが薬物への耐性を得たのと人々の記憶からネズミへの恐怖が薄れたことによりそれらは再び数を増やしていた。


 しかしナセは自分の体を天井近くに吊っていた。床がネズミに埋め尽くされても慌てることはない……しばらくは。


 床を埋め尽くしたネズミたちはすぐに行き場をなくして壁をよじ登り始めた。


「嘘やろ!?」


 さすがにナセもこれには焦る。

 おそらくこのネズミたちゴキブリたちはジューグの感染毒に汚染されている。触れるだけで死だ。

 ナセは髪の毛を操って壁を登るネズミたちを振り払うが多すぎてキリが無い。

 宙づりのナセの体勢が不安定になる。ぷちぷちと髪の毛が切られている。ネズミが髪の毛をかじっている!


「あかん。このままやと持たん」


 ジューグは外からじっと待つ。

 口に含んだ水を毒とともに吹き込むことで下水道の汚い生き物たちを地上に追い出し攻撃に使った。特定の場所に誘導するのは難しく大半は別方向に逃げてしまったがそれでも充分な量が衣料品店になだれ込んだ。

 店内にどれだけ罠を張ってようが関係ない。汚染された動物たちから逃げるためにナセは衣料品店から脱出しなければならないはずだ。


 だが。

「出てこないな……」

 すでにネズミたちはほとんど店外へ出ていってしまっている。中に留まっているならナセはネズミたちに触れて毒に感染している。しかしそんなことがありうるだろうか。店外へ出れば助かるのに座して死を待つような選択など。


「…………。俺はあいつの父親を殺した。だから俺を殺すために自らの死をもいとわないとしたら? 毒に感染しても死ぬまでには時間がある。勝負が決まったと思った俺が中を確かめるのを待っているとしたら?」


 ジューグは街の大時計を見る。毒に感染したら3分もあれば半数は死ぬ。5分あればもう半数も死ぬ。

 もしナセが毒に感染していれば残り時間が少なくなれば出てこざるをえないはずだ。

 3分。出てこない。

 5分。

「なぜ出てこない……? まさかもう中にいないのか? いつの間に脱出を?」


 ジューグは急に不安に襲われる。慌てて近くの街路樹を引っこ抜いて衣料品店の入り口に思いっきり投げ込む。ドアを割って店内を街路樹がなぎ倒す。そのあとからジューグは店内に入り込んだ。

 そしてジューグは見つける。全身ぐるぐる髪の毛を巻いた人型のものが立っているのを。


(これでネズミから身を守ったのか!)


 とっさに飲料水を口に含んで吐きかける。髪の毛の防御ならば隙間がある。水に毒を混ぜて浴びせれば防ぐことはできない。

 だが吐きかけたときにはもうジューグは違和感に気づいていた。


(こいつは動かない!)


 水を浴びた人型のものはぷらぷらと揺れる。周囲の髪の毛に吊られている。一見したときはこいつが周囲に張り巡らせているのだと思ったがそうじゃなく、こいつを吊るための髪だ。

 ジューグは店外に出るため踵を返そうとしたが足を髪の毛に絡めとられて倒れた。そのまま引きずられぐちゃぐちゃになった店内を振り回され瓦礫の中に叩き込まれる。


「待ち伏せ同士の戦いは先に動いたほうの負けよ」

 ナセの声。


「ネズミを使ったあとずいぶん中途半端な時間待っとったな。おかげで罠を張り直す時間があったよ」


 髪の毛を巻かれた人型のものが倒れて崩れる。中身はマネキンだ。手足や胴体を砕いて身長を不自然でないよう調節してある。


 ジューグは体を起こそうとしたが全身に巻きついた髪の毛がそうさせない。


「はっ。毒で死ぬまでの時間を待っただけだ」


「毒を受けるくらいならここから逃げとるよ。うちってネズミから逃げることもできんくらいどんくさく見えとる?」


「俺を殺すために敢えて中に残ったのかと思ったんだよ!」


「それでうちも死んだら意味ないやん」


「父親の仇を討つんじゃねえのか?」


「うちはそういう情熱に燃えるような感情はとっくに失くしてもうたな。おとんが死ぬずっと前に」


「なんだよそれ……。俺はお前の親父に家族を殺されて苦しんでるのに、なんでお前は気にもしてないんだよ。もっと苦しんでくれよ。怒ってくれよ」


「あんたの言うことはよう分からん。まだやること残っとるからトドメ刺させてもらうよ」


 ナセはジューグの首を絞める。ジューグが気絶したのを確認すると放す。

 毒に汚染された髪の毛を頭から抜くとすぐ生え変わる。


「まだ『逢魔』の子どもがいっぱいおる。稼ぎ時やな」



*************************************


 名前:(たたり) 十具(ジューグ)

 所属:『逢魔』

 種族:狐者異(こわい)の残妖

 年齢:14

 性別:♂

 卑妖術:感染する毒。毒は1時間で効力を失う。

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