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第57話 水底の蛇

 T県G湖。

 静かな昼下がり。幾人かの釣り人が糸を垂れている。


 釣り人たちの隣にパーカーを羽織った少女が現れる。

「なるほど湖の底かー。『逢魔』の首領は河童の残妖とかいう話だし、もし誰かが頭骨を奪おうにも水中で襲われればひとたまりもない。もっとも、アカネなら水中でも負けはしないと思うけどねー」


 赤い目は湖底を見つめる。


「残妖なら夜間に活動するものだけど、だからこそ日中にやる。怖いのは人間じゃなくて『逢魔』だからねー」


 そう言ってアカネは湖に飛び込んだ。隣にいた釣り人がびっくりする。


 湖底に降り立つアカネ。魚たちが逃げていく。這うように湖底を泳いでいくとそれはすぐに見つかった。

 巨大な2つの蛇の頭骨。

 そしてその前に浮かぶ2人の女児男児。小学校低学年くらいだ。


(護衛かー。ずっとここで見張ってるということは水中に適応した残妖。けどそれだけならアカネの敵じゃない)


 アカネが様子を見ていると女児男児は頭骨に手を触れた。2人は頭骨を赤いオーラとして吸収する。


(おっと頭骨を使ってくるかー。ちょっと面倒だなー)


 女児と男児はロケットのように高速で水中を進みアカネに突撃してくる。

 アカネは防御できずもろに食らってしまう。


(さすがに水の残妖の速度についていけないな)


 女児男児は周囲を旋回しながらアカネに近づいて打撃をくわえ、また離れて旋回する。

 何度か攻撃をくわえ、2人は余裕の笑みを浮かべた。侵入者は自分たちの敵じゃない。

 2人が同時にアカネに近づく。

 アカネの赤い目が鋭く光った。

 湖底に突然大渦が巻き起こる。大きな水の流れ。女児男児は巻き込まれ流されていく。絡めとられ渦の中心、アカネのほうへ。アカネが両腕を左右につき出すと同時に女児男児がアカネの拳にぶつかって気絶した。

 一瞬で終わった。


(だから言ったじゃーん? アカネの敵じゃないって)


 アカネが湖から上がってくる。両手に女児男児を抱えて。

 釣り人が腰を抜かす。


「ぶはー。ヲロチは水の支配者だけど魚じゃないから空気は必要ー。さてさて頭骨を返してもらおっか」


 アカネが2人を強く握ると赤いオーラがアカネへと移動する。


「結局六文ヌルは出てこなかったなー。絶対ぶつかると思ったんだけど。だったらもう恐れるものは無い。7つの頭骨は手に入れた。あとは『式』の1つだけ。もはやどんな残妖にもアカネを止めることはできない」


 アカネは濡れた足でぺたぺたと湖を去っていく。


 その姿を遠くから覗いている者がいた。


「おいヌル。ヲロチの残妖が逃げるぞ」

 20代後半の男性が言う。派手なスーツを着込んだいかにもなお金持ち。

「追わないのか? そもそもなぜ奴が頭骨を奪うのを黙って見ている? 俺たちが頭骨を使えば勝てたはずだ」


 長髪に青い唇の男性、六文ヌルが答える。

「落ち着けサクヤ。頭骨との融合はリスクが大きい。呪い殺しのツバキとて融合は滅多にしなかった。ならば雑兵にやらせればいい」


「それで負けて頭骨を奪われてんじゃねーか」


「兵隊はもう生み出した。損害を被ってまで頭骨を守る必要はない」


「あのガキどもは損害のうちには入ってないってか? それにヲロチの残妖はどうすんだ。7つの頭骨を手に入れたなら無敵だ。すぐ最後の頭骨も手に入れちまう。『逢魔』でも『式』でもなくあいつが勝者になってしまうぞ」


「よく考えろ。頭骨の力など知れたものだ。12年前最強と呼ばれたのは頭骨の所有者だったツバキではない。仮にツバキが8人いたとして史上最強最悪と呼ばれた狂少女に勝つことはできないだろう。頭骨を8つ揃えたところで何も変わりはしないさ」


「本当にそうならいいけどよお。そういや俺、狂少女の本名知らねえな。あいつ今どうしてるんだ?」


☆☆


 数日後。

 R県航空基地に航空機が吊り下げたコンテナを降ろす。

 航空機はすぐに飛び去って行く。

 だだっ広い滑走路に残されたコンテナ。


「あれの中身がヲロチの頭骨なん?」

 長い墨色の髪の少女が訊く。


「って聞いてるけど」

 答えるのは白い髪の少女ドーシャ。


「でもナセ。毎回毎回こういうのに呼び出されてるけどたまには断ってもいいんだよ?」


「断ってもええやつは断っとるよ」


「本当?」

 ドーシャはあまり信じられない。


 コンテナの周囲には他にも何人かの残妖がいる。


「ここにずっと頭骨を置いておくわけにもいかないので場所を移します。私の言うとおりに運んでください」

 『式』長官秘書の國生ハニが言う。


「もうその必要は無いですよ」

 『式』隊長霜月フユヒが言った。


 空が暗くなる。ゴロゴロと雷鳴が轟き雨が降り出した。


「ヤマタノヲロチは雨雲を引き連れて現れる……か」


 土砂降りの中、鬼灯のような赤い瞳が光っている。

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