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第55話 予兆

 真夜中。郊外の大きな交差点。

 時間が時間とはいえ通る車が一つも無い。交差点の脇に自動車が横転し放置されている。事故にしては警官もいない。

 信号の明滅に一瞬、交差点上を走る人影が照らし出される。

 白い髪に夜空のような黒い瞳を持つ少女。山姥の血を引く残妖、深山ドーシャ。


 闇の中からぬっとモヒカンの巨漢が現れドーシャを蹴り飛ばす。

 ドーシャは両腕を交差させて受ける。

 蹴りの衝撃で後ろに吹き飛ぶ……とドーシャは思っていたがドーシャの体はモヒカンの足にはりついて離れない。

 モヒカンが足を引くとドーシャも引っぱられる。モヒカンはドーシャをひっつけたまま強く地面を踏みつけた。


「ぐ!」


 道路の舗装が砕ける。

 半分山姥のドーシャの体はこの程度では潰れないが腕が使えないのは不利だ。


「逆鱗山の雷!」


 ドーシャは体から電気を発した。くっついているモヒカンは感電する。


「ぬう!」


 モヒカンは苦悶の声を上げた。しかし歯を食いしばり再びドーシャを踏みつけにする。


「ぐ、く。ここで決める気か。だったら鮫々山の水流!」


 ドーシャは両腕から水を噴射した。周囲に水をまき散らしドーシャは水びたしになる。砕けた道路は水たまりになった。


 モヒカンが再び踏みつけようと足を持ち上げるとドーシャの腕ははがれた。


「よし!」


 ドーシャは飛び跳ねその場を離れる。濡れて吸着力が弱くなったらしい。とりあえず試した甲斐があった。


 モヒカンは黙ってこちらを睨み、一瞬チラと上を見た。歩道橋だ。今ドーシャは歩道橋の下にいる。

 上からの影がドーシャにかぶる。

 ドーシャは慌てて回避する。

 直後ドーシャのいた場所にドゴンと何かが降ってきた。土埃の中立ち上がるのは人間。ライダースーツの女性。


 ライダースーツはモヒカンに怒鳴る。

「おいウスノロ。こっちを見るな視線でバレるだろうが」


「俺のせいにするんじゃねえ」


「仲間割れするな。全員でかかれば勝てる相手だ!」

 第3の声が上からする。歩道橋にまだ誰かいる。幼い声。性別は分からない。


「何人いんだよ」

 ドーシャはつぶやく。



 ドーシャは今『逢魔』の戦闘員たちと戦っていた。

 近くに『式』の拠点のひとつがあり、『式』の長官であるドーシャの父も今そこにいる。

 それを『逢魔』が狙ってきた。

 直接『式』を狙ってくるのは予想していなかった。もちろん襲撃を避けるために拠点は隠されていたがそれで絶対安全とはいかない。

 『式』の戦闘員は全国に散っているため『逢魔』が戦力を集めて攻めてきたら対応できない。



 モヒカンとライダースーツが同時に走り出す。

 このままだと挟み撃ちの形になるがドーシャはじっと動かない。

 鏡写しのように2人が拳を振り上げドーシャに殴りかかる。

 まだドーシャは動かない。

 拳が届く寸前、何かにぶつかったようにはじかれる。2人が驚きに目を見開く。

 ドーシャはモヒカンのほうへ接近して思いっきり蹴りを腹へ入れる。

 手ごたえはあったがモヒカンは踏ん張る。

 モヒカンは殴り返してきた。ドーシャは受けず後ろに逃げる。


「おい、なにボケっとしてんだ!」


 モヒカンが怒鳴る。しかしライダースーツは動かない。いや、動けないのだ。

 ライダースーツの隣にスーツ姿にマントを羽織った壮年の男性。


「確保完了であります」


 『式』の戦闘員の1人、左官ヨリヨシ。塗り壁の血を引く残妖で自分の周囲数メートルの範囲にバリアを作り出せる。その能力でライダースーツをバリアで閉じ込めたのだ。2児の父で元警官、強力な能力以上に人格面で他の隊員たちからの信頼が篤い。


 焦ったモヒカンがヨリヨシのほうへと駆け出したところ、2人の間の地中から青年が上半身を現し、手に持った槍でモヒカンの足を裂いた。モヒカンが倒れる。


 『式』の戦闘員、海神キジャチ。自らをあらゆる固体に染み込ませ、あらゆる固体を自らに染み込ませる能力を持つ。


 『式』の拠点は複数の隊員の持ち場が重なるように置かれている。今回の拠点はドーシャ、ヨリヨシ、キジャチの3人の持ち場の境界だった。つまりこれ以上の増援は期待できない。一応フユヒ隊長は特定の持ち場を持たずに活動しているが今は遠い場所に行っているし方向音痴だから来れないと思っていいだろう。


 一気に『逢魔』の戦闘員を2人倒した。

 あと何人か。暗闇に何者かの目が光っている。


「もう無理だ。帰ろう」

 歩道橋の上の幼い声。


 返事は無い。


「3人相手は無理だよ」

 幼い声は再度呼びかける。


「分かった」

 低い声。


 暗闇の中の目が消えていく。


 ドーシャたちは追わない。それができるほどの戦力が今は無い。


「無事でよかったであります」

 ヨリヨシさんが言う。


「まさか『式』を狙ってくるとは。けどなんで六文ヌルがいなかったんだろ。本気で『式』を潰す気なら一番強いヌルが来ない理由は無いはずだけど」


「分からないけど、きっと『逢魔』でもなにか動きがあったんだと思う」

 キジャチの人形が答える。


☆☆


 数日後。

 ドーシャが喫茶店でジュースを飲んでいると後からやってきた少年が向かいに座った。

 高山シシュン。山爺の血を引く残妖だ。


「漆田たちの襲撃を受けたらしいな。大したケガはしてなさそうだけど」


「漆田?」


「うちの戦闘員。この前『式』を集団で襲ったあいつら」


「シシュン、まだ『逢魔』やめてなかったの?」


「なんでやめることになってんだよ」


「前も言ったけど『式』には元『逢魔』の残妖もいるし裏切りは歓迎してるから」


「それで簡単に裏切れるほど薄情にはなれないんだよこっちも」


「つまんないことにこだわってると人生損するよ」


「つまんないことにこだわってるから俺たちはここにいるんじゃないか」

 シシュンは自嘲ぎみに言う。


 これ以上このことをツッコんでもしょうがないので話題を変える。

「で、何の用?」


「顔を見に来ただけだ。襲撃があったからちょっと気になって。

 あいつらはボスの命令で動いてたわけじゃない。奴らは自分たちから『式』の襲撃を提案し却下された。そしてボスの命令を無視して独断で行動した。

 勝手な行動をして敗北した漆田たちの仲間は今は幽閉されてる。といってもすぐ出てくるだろうけど。『逢魔』の戦闘員は多くないから」


「なんで六文ヌルは『式』を攻撃しないの?」


「それは俺にも分からない。けどボスは、何かを待ってる」


「ふーん……」


 ドーシャはジュースを全部飲む。

 それからメニュー表をシシュンのほうへ向けて指さす。


「ところでこの新作レモンドリンク飲んでみてよ」


「だからなんで他人に飲まそうとするんだよ」

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