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第54話 救済

 青年は月を眺めていた。

 駅の近くの石段にひとり座りただ夜空に浮かぶ月を見る。

 電車が止まる。大勢の人間が吐き出され、それぞれの道を行く。

 彼らには帰る場所があるのだ。


 しばらくするとまた人はいなくなる。

 孤独が深まる。

 やはり人など見ず月だけを眺めていたほうがいい。

 夜空の星々を見ると思い出す。かつて山の中で会った魔物の瞳を。


「おう兄ちゃん。こんなとこでなにしとんのや」


 突然声をかけられた。

 太った中年男性。赤ら顔でかなり酔っぱらっているのが分かる。

 中年男性は青年の隣に座った。


「辛気臭い顔して。若いんだからもっと元気出そうや」


 迷惑なおっさんだ。

 説教できそうな相手を見つけて絡んでいる。

 青年は適当に相槌を打ってあしらう。


「仕事はなにしとるんや?」


「別に」


「なんや働いとらんのか。人間なあ、働かんといかん。汗水垂らして働くのが一番なんや」


 人の事情も知らないで。

 青年はむっときたものの反論はしなかった。

 中年男性は滔々と自分のことを語り出す。

 自分が今までどれほど真面目に働いたか、どれだけ苦労したか、そんなありふれたつまらない話。


 気がつくと中年男性は眠っていた。

 気のすむまで自慢して終わると寝てしまうとは自分勝手なやつだ。

 しかしこんなところで寝ていると風邪をひく。最悪低体温症で死ぬかもしれない。

 青年は自分の毛布を中年男性にかぶせてやった。


 ずっと夜空を眺めていたが月は沈み日が昇った。


 青年の記憶する限り日曜日になったはずだ。


「そろそろ移動するか」

 中年男性にかぶせた毛布を見る。

 青年にとっては貴重なものだ。しかしはぎとって起こすのも面倒だ。あげてしまおうか。

 少し迷っていると中年男性が目を覚ました。


「やっべ。また外で寝ちまった。ん? 君、まだいたのか。家は?」


「家は無い。起きたなら毛布返してくれ」


 青年は強引に毛布を奪い返した。

 そのまま去ろうとする。


「待ちぃや。行くとこあるんか?」

 中年男性がしつこく呼び止める。


「さあ」


「ならうちに来ぃや」

 中年男性は青年の腕をつかんで強引に連れて行こうとする。

 振りほどこうと思えば振りほどけた。けれど青年はされるがままにした。揉め事を起こしたくはなかった。


 中年男性は訊いた。

「君、名前は?」


 青年は答える。

「岩永キョウ」



 中年男性の家にキョウは連れてこられた。

 表札を見ると名前は幸田らしい。


「お父さん、また朝帰り?」

 幸田の妻が出迎えた。

 キョウを見て少し嫌そうな顔をする。


「その人はどなた?」


「外で寝てた俺に毛布かけてくれてな。恩人だよ」


「そうなの?」


 妻は夫とキョウに温かいコーヒーを用意した。


 お父さん、と呼んでいるからには子どもがいるのだろうが家の中に気配は無い。家の中を観察していると子どもの映った写真は見つかる。


「ああ。息子は都会に出ていったんだ」

 幸田が説明した。

「うちの工場を手伝ってくれると思ってたんだが」


 キョウはコーヒーを飲む。

 毛布のお礼としてこのくらいは受け取っていいだろう。


 幸田は話す。

「なあ、仕事が無いんならうちの工場で働かんか? ちょうどこの間1人辞めたとこなんや」


「お父さん。いきなりそんなこと言われてもキョウくんも困るでしょ。気にしなくていいのよ。それより服ボロボロじゃない。着替え用意してあげるからお風呂入りなさい」


「いやいいですよそんな」


「いいからいいから」


 強引な優しさにキョウは押し切られ、気づけばキョウは幸田の家に寝泊まりし、工場で働くようになっていた。



 1年が経った。

 ある日、キョウは幸田夫妻に告白した。


「俺、ほんとはここにいていい人間じゃないんです。俺、昔、ヤクザみたいな連中と一緒にいて。人から物を盗んだり、悪いこといっぱいしてきたんです」


 幸田はマジメな顔で言った。

「悪い人間は自分から正直に言ったりせんよ」


「苦労してきたのね」

 妻も優しく声をかけた。


 キョウは涙があふれた。今まで人にこんなに優しくされたことは無い。



 さらに1年が経つ。

 キョウが工場で働くために家を出ると家の前に黒服にサングラスの男性が3人立っていた。

 瞬時に察した。

 キョウは走って逃げる。その速さは自動車にも匹敵する。だが、追いかけてくる黒服の男性たちはその速度についてきていた。


「くそ、なんで今頃になってやってくるんだ。なんで……」


 キョウは土地勘を利用して見えにくい脇道に入り黒服を撒く。


「あいつ、どこまで俺のこと知ってる? もう幸田さんのところには戻れないのか? やっと、やっと手に入れた普通の生活なのに」


「いたぞ!」


 見つかった。キョウはとっさに塀を飛び越える。しかし塀の向こうに逃げ切る前にキョウの背中が爆発した。

 なんらかの卑妖術による攻撃を受けたのだ。

 さらなる爆撃で塀が破壊される。


「バカ。卑妖術を使うな。『式』が来る」

 黒服の1人が仲間に注意する。


 攻撃はやんだが負傷した。背中の痛みを我慢しながらキョウは逃げる。

 ひたすら逃げ、隠れ、そして夜が更けた。


 夜は残妖の時間だ。残妖は夜目が利くし、人目につかないためより大胆になる。昼よりも危険だ。

 キョウは運送会社の倉庫に隠れて息を潜めていた。

 携帯を開く。無断欠勤を心配するメッセージがいくつも届いている。

 どう返事しようか。何度も考えたが周囲が気になって思いつかない。


 泣けてくる。なぜ俺はこの程度のささやかな生活さえ許されないのだろうか。


 あの黒服たちは元仲間だ。無断で抜けたキョウを粛清に来た。

 だがそもそもあいつらと関わったのは仕方なかった。他に生き方が無かった。

 キョウの両親は仲が悪くいつも怒鳴っていてキョウは家庭に居場所が無かった。

 夜遅くまで子どもを受け入れる場所なんかないから不良同士でつるむしかない。

 残妖のキョウはケンカで負けることは無かった。それでもドンくさいからリーダーにはなれなかった。

 15歳のとき『逢魔』に誘われた。同類、残妖たちの組織だ。

 しかし『逢魔』がやろうとしていることを知ったときキョウは怯えた。

 国家との戦争。

 実際に殺し合いが始まるのを見てキョウは逃げ出した。

 それ以来まともな生活は送れず幸田夫妻に会うまでずっと泥をすすって生きてきた。


 ガタンと大きな音がする。

 倉庫の扉が破られた。

 複数の人間が入ってくる。

 あっという間にキョウは取り囲まれた。

 キョウは残妖だから後ろの壁を破壊して逃げることはできるが今背中を見せれば確実に死ぬだろう。


 黒服の1人が言う。

「久しぶりキョウ。随分探したよ。12年前、お前が逃げたあとあの場にいた仲間たちは左官ヨリヨシにほとんど捕まってな。お前が逃げなかったら負けなかったかもしれないんだ。この責任ちゃんと取ってくれるよな?」


「そんなの俺に関係ない。お前らが勝手に始めた戦争だろ。俺を騙して巻き込んだ」


「ケンカも盗みもやってたのに今さらカタギみたいなこと言うんじゃないよ。どうせ他に行き場所も無いくせに」


 行き場所はある。帰る場所が今の俺にはあるんだ。

 声には出さないがそう叫びたかった。


 黒服たちが距離を詰めてくる。

 逃げられない。冷や汗が止まらない。


 そのとき、ドンと大きな音とともに一番後ろにいた黒服がこっちに飛んできて床を転がった。


「なんだ?」

 黒服たちが後ろを振り返る。ほぼ同時に何かが黒服の1人に飛びかかって押し倒した。素早く腕をひねって折る。


 黒服を襲ったのは白い髪に夜空のような黒い瞳の少女だった。


「『式』か! 喰らえ!」


 黒服は口から黒い液体を吐き出した。

 ドーシャは横に跳んでかわす。黒い液体は爆発した。

 黒服はもう1度吐く。


「鮫々山の水流!」

 ドーシャは左手から水を放ち黒い液体を押し返す。黒服は水と黒い液体でびしょびしょになった。


「あ、わ!」

 黒服は爆発する。


「全部で3人か。こんなところに割くには人数が多いし2人は戦闘員じゃなさそう」


 ドーシャは岩永キョウの前に立った。


「岩永キョウ、でいいんだよな?」


「う、うん。助けてくれてありがとう」


「助ける? 私はお前を捕まえにきた」


「な、なんで?」


「心当たりはあるでしょ? 元『逢魔』の岩永キョウ。あのテロのせいで何万人死んだと思ってんの?」


「俺は人殺しはしてない! 人殺しだけはしてないんだ。それに前は助けてくれたじゃないか」


「前?」


「昔会った。夢幻山で。夜空の星のような瞳の山姥」


「会ったの? お母さんに」


「お母さん? 子どもなの?」


「そうだけど。お母さんが助けたってどういうこと?」


「追われて逃げ込んだ山で俺は出会った……」

 キョウは語る。


☆☆☆


 山の中に艶やかな赤い着物を着た少女がいる。

 キョウは身がまえた。政府側か『逢魔』側か。どちらにしろ敵だ。


 少女はキョウを全く警戒しない。

「残妖か。この山が山姥ユメのものだと知って入ったのか?」


「や、山姥?」


 妖怪なんて見たことが無い。残妖はいても妖怪なんているはずがない。

 キョウが信じられないでいると山姥は袖から包丁を取り出した。キョウに近づいてくる。

 腰を抜かしたキョウが逃げられないでいると山姥はガッと包丁を振り下ろした。

 キョウの顔の数センチ横。後ろにあった木の幹に突き刺さる。


「この山に無断で入った者は全員殺してきたが……。殺生はもうやめたんだ。もう意味の無いことだからな。それにライジュとドーシャのためにもそのほうが良かろう。母が人殺しでは苦労をかける」


 山姥は包丁を引き抜いた。


「とっとと山を下りろ。私の気が変わらんうちに」


「で、でも、今下りたら捕まっちゃう」


「捕まる? む。確かに他にも人間どもが山に入ってきたな。仕方ない。そいつらは私が追い返しておこう。だから早く出ていけ」


 そしてキョウは山姥と別れた。


☆☆☆


 ドーシャは呟く。

「お父さんは……岩永キョウが夢幻山に入ったせいでお母さんが死んだこと、岩永キョウはもう死んでいることしか言わなかった。そんなことがあったなんて」


「俺のせいで死んだ……」


「そうだ。だからお前が生きていると知ってじっとしていられなかった。よりお母さんの死因に近い奴に復讐できるから」


「そんな。俺のせいじゃない。俺は、巻き込まれただけなんだ」


 ドーシャは懐から包丁を出した。

 逆手に持つ。


 キョウは怯えて両腕で頭をかばった。携帯がポケットから落ちる。

 着信を知らせるライトの点滅。


 ドーシャはそれを見て考え、そして包丁を振り下ろした。

 キョウの顔の数センチ横、壁に突き刺さる。


「信じてやる。お母さんが助けたなら私もそうすべきだ。それに」

 携帯を拾ってキョウに渡す。

「お前を待ってる人もいるみたいだし」


 ドーシャは黒服たちを引きずって倉庫を出る。

「岩永キョウは見つからなかったことにしといてやる。もう2度と会わないことを祈る」


 キョウはしばらく呆然としていたがふと声が出る。

「ありがとう……本当にありがとう……」


☆☆


 夜闇の中キョウは帰路につく。

 幸田夫妻にどう返事しようか。携帯の画面を見ながら考える。

 無断欠勤の謝罪と、そう、今までの感謝を改めて伝えたい。


 突然、胸が熱く感じた。

 心じゃない。

 胸の中心を刃が貫いている。

 ズッと刃が引き抜かれる。


「あぐ」


 キョウは携帯を落とした。胸を押さえ振り返って敵を見る。

 40前後の男性。

 黒い髪に黒い瞳。手に持つ刀は血に濡れていても分かるほど白き、雪のごとく真白き刀身。


 立てない。キョウは地を這った。


「なんで……。俺は。幸田さん……」


 襲撃者はただじっとキョウが冷たくなるのを見ていた。


 赤土色の髪の女性が隣にやってくる。

「九条さん。暗殺なら『式』の誰か、梔子レンあたりにやらせればよかったのでは?」


 九条アキラは答えない。無言で刀の血を拭く。

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