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第52話 鬼灯みたいな赤い瞳

 ドーシャは縛られているチュチュを解放し助け起こす。チュチュはドーシャの背に刺さったままの鉄の棒を引き抜いてくれる。


「大丈夫ですかドーシャさま」


「平気。勝負はスレスレだったけど受けたダメージはそれほどじゃない」


「それにしてもよくミヤビさまに勝てたのです。チュチュは勝てる気がしなかったのです。ドーシャさまをパートナーに選んでよかったのです」


「次やったら多分勝てない。ミヤビに戦闘経験がほとんど無かったから勝てた」


 ドーシャは携帯で自分とチュチュを写真におさめる。


「あとは管理局に連絡してミヤビと三塩先生とヲロチの頭骨を引き取ってもらったら終わり。チュチュはもう帰ったほうがいいよ。見つかると面倒だし」


「そうですね。チュチュはお先に失礼するのです」


 ぺこりと頭を下げて帰ろうとしてチュチュは気づいた。

 ひとりの生徒が遠くからこちらにやってきている。

 あれだけ派手に学校を破壊したのだから誰か来てもおかしくはないのだが……。


 チュチュの視線を追ってドーシャも気づく。

 パーカーを羽織った女子生徒。両手をポケットにつっこみ暗闇に赤い目がらんらんと光る。


「草薙アカネ……」


「やー。転入生」

 気安く手を振ってくる。

「いや、山姥の、と呼ぼうかな。そっちは天狗の? 珍しいなー。引きこもりの天狗が出てくるなんて」


 ドーシャは危険を察した。アカネは残妖のことを知っている!


「鵺のを倒すとは思わなかったよー。さすがだね。鵺のが山姥のを仲間に引き入れようとしたときは面倒なことになりそうだと思ったんだけど結果的には見事に潰し合ってくれた。まー鵺のと山姥のを足したところでアカネが負けることはありえないんだけど、鵺のはヲロチの頭骨を持ってたからねー。危険は少ないほうがいい」


「何者? その言い方だとミヤビの仲間じゃなさそうだけど」


「アカネが何者かは秘密にしとこうかなー。秘密こそ妖怪の力だしねー。じゃ、頭骨を渡してもらおっか」


「渡すと思う?」

 ドーシャが身構える。


「んー。さすが山姥のは気性が荒い。でも鵺のとやったばかりでしょー? 無茶はしないほうがいいよー」


「無茶かどうかやってみなきゃ分からない」

 ドーシャは引かない。


「アカネさま。もし戦うというのならチュチュたちはヲロチの頭骨を使うのです」

 チュチュは意外なことを言った。おそらく本気ではないだろう。戦いを避けるためにヲロチの力をチラつかせたのだ。


「それ脅し? だったら意味無いよー。さっき言ったけどアカネはヲロチの頭骨を持った鵺のに勝てるんだ。まして長時間ヲロチを宿せない山姥のと天狗のじゃ話にならない」


「そっちこそ脅しじゃないの? アカネの言ってることが本当だったら強すぎてありえない」


「しょうがないなー。ちょっとだけアカネの力を見せてあげるよ。使っていいよー、頭骨」


 アカネはなんでもないことのように言った。

 ドーシャたちが警戒しているとアカネは不満げに眉をひそめる。


「使わないの? だったらアカネからいくよー?」


 アカネがゆっくり歩いてくる。一歩づつ、一歩づつ。


「風よ!」

 チュチュが強風をアカネに向けて放った……はずだったが、アカネは平気だ。服すらはためかない。


「今のは……?」

 チュチュは何が起きたか分からないようだ。


「鮫々山の水流!」

 ドーシャも水を放つ。水はアカネに届くだいぶ前で勢いを失くし床に落ちる。

 何かが攻撃を防いでいる。

 ドーシャはアカネに飛びかかろうとしたがアカネに睨まれると動けなくなった。


 ドーシャとチュチュが動けないのを見るとアカネは堂々と頭骨に手を伸ばした。手のひらが触れると頭骨は赤いオーラとなってアカネに吸い込まれる。


「これで4つ。残りは『式』が1つ、『逢魔』が2つ、政府が1つ。けどここまでくれば負ける要素は無いねー」


「4つ。4つか。その自信からしてアカネも頭骨を使ってるとは思ったけど」

 ドーシャは乾いた笑いしか出ない。


 チュチュが驚く。

「4つ? まさか4つの頭骨と融合しているのですか? そんなことができるとしたらアカネさまは」


 ドーシャは自らの推論を口にする。

「ヤマタノヲロチの残妖」


 アカネは何も言わない。赤い瞳でドーシャを見ている。


 ドーシャは続ける。

「ヲロチと同じ妖気を持って入れば副作用なく融合できるのはミヤビが教えてくれた。アカネもミヤビと同じ能力を持ってるのかもしれないけど、それより素直にヲロチの残妖だと考えるほうがしっくりくる。

 好きな妖怪はヤマタノヲロチなんでしょ?

 それにその赤い瞳。伝承ではヤマタノヲロチは鬼灯みたいな赤い瞳だって話だ」


「あはは。ちょっとしゃべりすぎちゃったかなー」

 アカネは認めた。

「そうだよ。アカネはヤマタノヲロチの血を引く正当な後継者。悪しき光に満ちたこの世界にもう一度安寧の闇をもたらす者。分かったら頭骨を返してほしいなー」


「ろくな使い方しそうにないね」


「自分の物の使い道を他人にどうこう言われる筋合いは無いんだよー。家族のコレクション勝手に捨てちゃうタイプ?」


「持ち主だろうが渡せない。ヲロチは眠らせておくべきなんだ」


「ヲロチを目覚めさせたのは人間だよー? 8つの頭骨は全て神の封印が施されていた。だけど人間たちが封印を破ったんだ。だから人間には要らないんだよ平和なんか」


「それでも私は守るよ。人間を」


「もっとよく考えたほうがいいよ。人間とヲロチとどっちにつくのか。山姥のはきっとこっち側のほうが合ってる」


 アカネはくるりと背を向けた。同時に学校中の電灯が消える。

 堂々と歩いて去っていく。アカネの背中を見てドーシャは『式』と連絡を取ろうとしたが携帯が電池切れになっていた。まだ電池残量には余裕があった気がしたのだが。


 数分かけて視界から消えたアカネ。

 それからしばらく経ってようやく管理局・情報局の部隊がやってきて事後処理が始まる。

 人の多い場所で派手な戦闘をしたのでかなり大がかりな処理が必要になるだろう。


「またお前か」


 目に隈のできた残妖がドーシャに嫌味を言ってくる。情報局所属のネム。記憶を操る卑妖術を持つため大勢に目撃されてしまったときなどに大活躍する。


「仕事増やすなって言ってるだろ。殺すぞ」


 忙しくてほとんど寝てないらしい。


「私のせいじゃないし」


「あ?」


「なんでもないです……」


 逆らわないほうがよさそうだ。


 そうこうしているうちに管理局が獣王ミヤビを連行していく。


「放しなさい! 自分で歩けますわ! レツ、レツはどこ? 待ってなさいドーシャ。次はわたくしが勝ちます!」


「めっちゃ元気じゃん。勝った私より元気だろアレ」

 うんざりするドーシャ。


 ヲロチの頭骨を奪われてしまったので今回の任務は失敗ということになる。

 なにはともあれこれで学校とはお別れだ。

 ドーシャの最終学歴は高校中退に更新されたことになるのだろうか?


☆☆


 ドーシャは父に草薙アカネのことを報告した。


 黒髪に黒い瞳の父、九条アキラは険しい顔をする。

「ヤマタノヲロチの残妖か」


「もう4つ頭骨を持ってる」


「4つか。なるほど」


「驚かないんだ?」


「想定の範囲内ではある。少し前にS内海の頭骨を監視していたチームが全滅している。その前にも発掘中の頭骨が強奪された。そしてこれが3回目。残り1つの出どころは分からないが誤差の範疇だろう」


「どうするの? もうすでに手に負えない強さになってる。霜月隊長でも勝てないかも」


「勝つしかない。どれだけ多大な犠牲を払おうとも。そうだろうドーシャ」


「分かってる。私は必ずアカネを倒す」


 多大な犠牲の中にドーシャも含まれているのかもしれない。たとえそうだとしても他人に任せて逃げるなんてできない。


☆☆


 ドーシャが帰ったあとの司令室。


 九条アキラは思いにふける。

「『式』の持つ頭骨が1つ、『逢魔』が2つ、政府が1つ、ヲロチの残妖が4つ。全ての頭骨が出揃った。これからは本格的に頭骨を奪い合うことになるだろう」


☆☆


 その日の昼。『逢魔』の六文ヌルは遊園地にいた。


 視線の先には父と母と幼い娘。

 仲良く休日を楽しんでいる。

 父が娘を母に預け、男子トイレに入る。


 小便器で用を足すと水を流そうとするがスイッチを押しても流れない。訝しむ父にヌルは後ろから声をかけた。


「久しぶりだなサクヤ」


 サクヤは驚き振り返る。

「六文ヌル! 二度とツラ見せんなって言ったよなあ」


 ヌルは顔を近づけ小声で周囲に聞こえないよう囁く。

「おいおいひどい言い草だな。12年前一緒に暴れた仲だろう?」


「手切れ金はくれてやったはずだ。いつまでゆする気だ?」


「金はもういらん。戦いのときは近い。サクヤ、お前の力が必要だ。七凶天たるお前の力が」


「んなのもう昔の話だろ! 終わったことだ。俺にはもう妻も子どももいるんだ! 普通の人間として普通に暮らしたいんだよ」


「3000人殺した残妖が虫のいいことを言う。お前の妻の親兄弟を殺したのもお前だったろう」


「金なら払う。だからそのことは言わないでくれ。頼む……」


「だったら力を貸せ。また連絡する」


 ヌルはトイレから出ていった。


「くそ、なんだよアイツ。ふざけんな、ふざけんなよ……」


 うなだれるサクヤ。

 なんとか気を取り直しトイレを出る。

 離れた場所で待つ妻と娘が楽しそうにおしゃべりしている。サクヤはなんとか笑顔を取り繕う。家族に心配をかけないために……。


☆☆


 数日後。


 ドーシャがいつものように任務から帰るとチュチュがおばあちゃんと談笑していた。


「あ。ドーシャさま」


 チュチュがこちらに気づいて近寄って来る。

 懐から布に包まれた何かを差し出した。

 ドーシャは受け取って布を取る。


 包丁だ。


「あ。直ったんだ」


 ドーシャは目を細めて包丁を見る。


「よかった。前とほとんど変わらない」


 チュチュが不思議そうに首を傾げる。

「直した妖怪は前より切れるようにしたと自慢げに言っていたらしいのですが……。変わりませんか?」


「いや見た目の話。打ち直す以上変わるのは仕方ないけどお母さんの形見だからあまり変わってほしくなかったから」


「なるほど。メモメモなのです」


「なんでメモ取ってるの」


「記録を残すのがチュチュの仕事なのです。ドーシャさまの一言一句洩らさないよう記録しておくのです」


「恥づかしいからやめてよ」

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