第51話 ヲロチの妖気
獣王ミヤビがかまえた。ドーシャと全く同じかまえ。
その黄金の瞳がドーシャの心臓のあたりを見ている。
(ミヤビはこちらの動きを完全にコピーできる。だったら)
「鮫々山の水流!」
ドーシャは体内に溜めている水を右手から放出する。
ミヤビは驚く。防御姿勢も取らず水の直撃を受けた。
普通の人間なら立っていられない威力だがミヤビはよろめき足を滑らせつつも倒れなかった。
袖で顔をぬぐう。
ミヤビがよけなかった理由は明白だ。よけ方を知らないのだ。ミヤビには戦闘経験が圧倒的に足りてない。
格闘ならばドーシャと同じように動けば良かったが卑妖術での戦いならそうはいかないはずだ。
ドーシャはさらに水で攻め立てる。
ミヤビはよけようとするが上手くいかずあっという間にずぶ濡れだ。それでもダメージはほとんど無いらしく倒れる気配はない。
(もっと威力の高い逆鱗山の雷を使うか? いや、あれは接触しないと使えないから危険だ。このまま安全にミヤビが弱るのを待つ……)
一方ミヤビも膠着した状況に苛立ったようで動きがあった。
かまえを解いて真っすぐ立つ。精神統一でもするかのように目を閉じゆっくり呼吸する。
ミヤビの体から赤いオーラのようなものが放出された。
「これは……」
ドーシャは見覚えがあった。
赤いオーラはミヤビの体を離れ音楽準備室に充満すると周囲の壊れた楽器などを押しのけて実体化した。
巨大な白骨。ヤマタノヲロチの頭骨だ。
ドーシャは驚愕する。
「ちょ、ちょっと待ってよ。私が来る前から頭骨と一体化してたってこと? いったいいつから……」
ヲロチの妖力は強すぎるためその力を長時間使うことはできない。
「ずっと、ですわよ。ヲロチの頭骨をどこに隠しても奪われる可能性が消せません。だったらずっと一体化していればいいのですわ。そうすれば誰にも奪われることは無い」
「そんなことできるはずがない……」
「できるのですわ。ヤマタノヲロチと同質の妖気を持っていれば」
「まさか、ヤマタノヲロチの残妖なの?」
「ふふ。さあここからがわたくしの本気ですわよ」
「本気って? ヲロチが抜けて相当パワーダウンしたでしょ?」
ミヤビはドーシャの疑問に答えずに落ちていた長い金属の棒を拾った。三塩先生が使っていたムチだ。ミヤビが一振りすると垂れ下がる。
「!」
あれは三塩先生の卑妖術でムチとなっていただけでただの棒のはずだ。
ミヤビは間髪入れずムチを振るいドーシャに考える暇を与えない。
縦横無尽に暴れる鋼鉄のムチが壁も床も引き裂いていく。
「くっ」
硬化と軟化を使い分けるムチは通常より遙かによけにくい。
そして三塩先生のときと違ってムチの使えない近距離戦に持ち込むことはできない。
ドーシャは何度もムチにぶたれつつ水流で反撃する。ミヤビはよけるのが上手ではない。そして以前よりダメージを受けているように見えた。ヲロチが抜けたことで弱くなっているのだ。
ミヤビが横薙ぎにムチを振るう。ドーシャは姿勢を低くしてかわし頭上をムチがかすめて通り過ぎる。が、返ってきたムチに頭を殴られた。ドーシャはよろめく。
通常ムチの先端が動きを反転させるには時間がかかる。だがドーシャがよけた瞬間に硬化して返した。
「いたた……。まるで長い剣だ。ムチの動きじゃない」
「こういうこともできますわよ」
ミヤビがムチをドーシャにぶつけた。ムチがくるくるとドーシャに巻きつく。そのまま硬化してドーシャを縛り上げた。
なるほどムチが鉄の拘束具に早変わりだ。
「で、どうするの?」
ドーシャが訊くとミヤビは手で唇を覆って考え込む。
「考えてなかったわ。どうしましょうかしら」
「逆鱗山の雷!」
ドーシャは全身から電気を発した。
鋼鉄のムチを電気がつたいミヤビは慌てて手を離す。ドーシャは全身に力を込めて巻きつく鋼鉄のムチを砕いた。
ミヤビは戦闘経験が皆無に近い。できることを試しながら戦っているために隙を生んだ。
とにかくこれで状況は元に戻った。ドーシャが一方的に攻撃できる。
そう思って再び水を放つとミヤビも同じように手をかざした。
一瞬まさかと思ったがミヤビの手からは何も出ない。
しかし水流がミヤビに届く直前何かにぶつかったように弾け飛んだ。
シャワーのように細かい水が周囲に降りそそぐ。
何をしたのか、次のミヤビの行動で思い知る。
「忌まわしき乙女は捧ぐ死神の歌」
ミヤビに向かって風が吹く。
空気が集まりミヤビの手の内に陽炎のごとき球が生まれる。高圧で空気を圧縮した塊だ。
「それチュチュの」
最後まで言うことはできない。ミヤビが投げた空気の塊、ドーシャはそれをかわしたが意味は無い。至近距離で爆裂し周囲の物を全て吹き飛ばす。
爆風が収まる。気づけばミヤビと数十メートルは離れていた。周囲の壁が吹っ飛んで広くなった。天井や床もところどころ穴が開いている。
これほどの爆発。教師たちが気づかないはずもないが来る気配も無い。ミヤビが来るなと言えば学校が吹き飛んでも従うらしい。
ドーシャは体に刺さったガラス片を何個か手で取り除く。
「三塩先生のムチを使ったときからそんな気はしてたけど。まさか卑妖術までマネできるなんて」
チュチュの卑妖術は空気を操る。ドーシャはチュチュと戦ったことは無いが情報共有はしている。ミヤビはチュチュの卑妖術を見てそれを使ってみせたのだ。
「わたくしにしてみればできないというほうが不思議ですわ。1人に1つの卑妖術だなんてそんなのいったい誰が決めたの?」
「決まりは無いけどみんな1つしか使わない。いや、2つ使う奴もいたかな……」
実際のところミヤビがいくつ卑妖術を使えるかが問題じゃない。ミヤビに勝てるかが問題だ。
もはや距離を取って戦うことに優位は無い。
ただひとつ、おそらくミヤビはドーシャの卑妖術だけはマネすることができない。ドーシャの卑妖術は体内に溜めたものを放出する。そのためにドーシャは日本各地の山々をめぐり色々なものを食べている。そういった下準備無しに使うことはできないはずだ。
ミヤビが破壊されたムチの破片を拾った。30センチくらいの鉄の棒だ。
「えい」
ドーシャに向けて投げる。
速い。
だが力任せに投げたものが当たるほどドーシャも鈍くはない。難なくかわす。
外したミヤビはかまえも無く堂々と美しく立っている。立てば芍薬、というやつだ。
ミヤビは戦いながら学習し強くなっていく。時間をかければそれだけ厳しくなる。いや、ヲロチとの融合を解いたのだから最初よりは弱いだろうか。しかしなぜヲロチとの融合を解除したのか……。
ドン、と強い衝撃を背後から受ける。
ドーシャはちらと振り返るが背中を見るのは難しい。だが感触で分かる。さっきミヤビが投げた鉄の棒だ。それが背中に刺さっている。
「風か」
チュチュの卑妖術を使って投げた棒をブーメランのように操ったのだ。
ドーシャが山姥の肉体を持っていなければ脊髄を損傷していただろう。的確に急所を突いている。
引き抜こうとして手が届かず諦める。
ミヤビはずっと笑っている。強者の笑み。余裕の笑み。勝利の笑み。
「あの日、あのとき、遠い憧れだったドーシャ。でも今はわたくしのほうが強い」
「確かに強い。見たことないくらいミヤビは強いよ」
「そろそろわたくしに服従する気になったのかしら? 親愛なるドーシャ」
「だけど強すぎることが敗因になる」
「なんですって?」
「次で決める」
ドーシャは走り出した。真っすぐミヤビへ向かう。
「今さら格闘戦でわたくしに勝てるとでも?」
ミヤビは格闘戦のかまえを取った。風で攻撃はせずドーシャが来るのを待つつもりらしい。そのほうが自分に有利だと信じている。
間合いに入った。
ミヤビのほうが攻撃が速い。胸に向けて真っすぐ打たれる掌底。
ドーシャはミヤビが動くと同時にドーシャは裏拳でミヤビの掌底を弾いた。そのまま体当たりしてミヤビの体勢を崩す。
実際ミヤビのほうが速く強かった。それでも最初の一撃だけなら。
「目をつむっててもかわせるんだよ、私の完全コピーは!」
ドーシャは蹴りの動きに入った。ミヤビは崩れた体勢のまま両腕で防御姿勢を取る。が、ドーシャの蹴りはミヤビの脛を叩きミヤビはこける。
初歩的なフェイントだ。高く蹴ると見せて足を狙った。
ドーシャはミヤビが戦いながら学習していると知ったときからフェイントを封印していた。当然、このときのために。
こけて両手を床についたミヤビ。
慌てて顔を上げるがドーシャが見当たらない。
「おらあっ!」
穴の開いた天井の上から落ちてくるドーシャ。落下の勢いを乗せて両拳をミヤビの脳天に振り下ろす。
ミヤビは背に乗ったドーシャを振り落とし、立ち上がろうとしたが果たせずそのまま倒れた。もう動かない。気絶している。
聞こえない相手にドーシャは言う。
「ミヤビは自分の能力に自信がありすぎた。だからヲロチとの融合を解いたんでしょ? ヲロチと融合したままでは卑妖術を使えないから。
ミヤビはヤマタノヲロチの残妖じゃない。
たぶん……鵺。
正体を持たない妖怪。
ミヤビは妖気の質を変えられるんだ。
ヲロチの妖気をマネすることで完全な融合を可能にし、チュチュや三塩先生の妖気をマネすることで卑妖術をコピーした。
もしミヤビがヲロチとの融合を解かず力押しで戦っていたら私は勝てなかった」
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名前:獣王 雅
所属:私立獣王学園1年生/獣王財閥会長令嬢
種族:鵺の残妖
年齢:16
性別:♀
卑妖術:自らの妖気の質を変えられる。




