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第50話 過去からの敵

 日も沈み暗くなった校舎内を歩く。

 異常なほど静かだ。

 さっき爆発があったとは思えない。まだ教師もいるはずなのに。


 ドーシャは音を立てないように歩き、やがて爆発のあった場所を見つけた。


 音楽準備室。

 そっと中を覗き込む。

 派手に吹き飛んでいるが壊れた楽器や肖像画が残っていてかろうじて音楽の部屋と判別できる。


「あらドーシャ」


 低く、力強く、可憐で、優雅な声。

 くるくるの茶髪と金の瞳を持つ獣王ミヤビ。


 ドーシャは堂々と音楽準備室跡に入る。


 部屋の中央に獣王ミヤビ。

 隅に縛られたチュチュ、それに行方不明だった三塩先生がいる。


「レツはどうしたの? あの子にここに来させないよう頼んでおいたはずなのだけど」


「レツなら倒した。あんな武器持たせるな。血を失いすぎて危険な状態だ」


「…………。そうね、治癒能力があるから丁度いいかと思ったのですけれど」


「チュチュを放せ」


「下桐さんとはお話があるから邪魔をしないでほしいのだけれど」


 ミヤビはドーシャの表情を見てため息をつく。


「仕方ありませんわね」


 ミヤビはしゃがんで三塩先生の頬を軽く叩いて起こす。

 目を覚ました三塩先生はミヤビの顔を見て怯える。


「先生? お手伝いしてほしいことがあるのですけれど、いいかしら?」


 ミヤビの言葉に三塩先生は何度も頷く。

 ミヤビは落ちていた鉄の輪を渡した。三塩先生が青いゴム手袋をした右手でそれを持つとひものように垂れ下がった。鞭だ。

 震えながらドーシャとミヤビの間に立つ。


「どいて。先生と戦うつもりは無い」


「お願いだから獣王ミヤビに逆らわないで。これ以上あの子を怒らせないで」


「ミヤビの何がそんなに恐いの?」


「実際にあの子と戦ってみないと分からないわ。獣王ミヤビは生まれながらの残妖の王者よ。もう一度ミヤビと戦うくらいなら私は服従する……」


「私は誰にも服従しない」


「知らないからそんな偉そうなことが言えるのよ!」


 三塩先生は鉄のムチを振るった。ムチの先端は音速を超える。

 だが手の動きと物理法則からある程度の先読みはできるためよけられないこともない。

 速度と質量が周囲の壁の残骸を引き裂いていく。


 ドーシャはムチをかわし真っすぐ三塩先生へ近づく。

 もう少しで届く。そう思ったとき、背後から頭をぶん殴られた。鋼鉄のムチが後ろから戻ってきたのだ。


「熟練のムチ使いはほんのわづかな腕の動きでムチを自在に操る。それに私は卑妖術でムチの硬化と軟化を使い分けて普通とは全く異なる軌道を描くことができる」


 倒れそうになるも鈍痛に耐え踏ん張るドーシャ。三塩先生が驚きに目を見開く。


「山姥の体は山そのものだ。こんなもので倒せるか!」


 叫びながらドーシャは三塩先生の胸を殴る。思った以上に堅い。だが力いっぱい殴り抜けて倒す。


 三塩先生が倒れた瞬間鋼鉄のムチは硬い棒に戻った。


「大した時間稼ぎになりませんでしたわね」

 ミヤビが言う。


「チュチュが危険に晒されてる。時間はかけられない」


「ドーシャさま。逃げてください。戦って勝てる相手ではありません。ミヤビさまは……」


「大丈夫。すぐ助ける」


「妬いてしまいますわね。いったいどういう関係なのかしら。ドーシャの一番のお友達はわたくしであるべきなのに」


「私に人を傷つける友達はいない」


「仕方ないですわね。少し痛い目を見れば分かってもらえるかしら」


 ミヤビが動いた。

 静かに歩いて近づいてくる。まるで普通の歩き方。まるで無防備。

 あと一歩で攻撃が届く距離になった。


「えい」


 ミヤビが一歩踏み出し右足で高く蹴る。

 速い。だが素人の蹴りだ。ドーシャは危なげなくかわした。

 外して体勢を崩したミヤビにドーシャはお返しに蹴り返した。ミヤビの頬に当たる。

 堅い。ミヤビはふらついたがあまり効いていないようだ。


「痛いですわ。さすがドーシャ。勉強になりました」


 そう言ってミヤビは少し重心を低くすると、綺麗な回し蹴りをドーシャに入れた。

 ドーシャは防御できず床を転がって廊下まで吹き飛ぶ。


「でも、このくらい角度をつけて蹴ったほうが強いのではなくて?」


 ドーシャは混乱する。

 一撃目と二撃目がまるで違う。

 油断を誘うためにわざと下手くそな蹴りを見せたのか?

 いや。本人の口ぶりからするとそうではない。

 ミヤビはドーシャの蹴りを真似たのだ。

 だがそんなことが可能なのか? ミヤビの動きは完全に素人だ。それが見ただけで技を盗むなど……。


 ドーシャは立ち上がりもう一度ミヤビに挑む。

 殴る。蹴る。全ての攻撃がストレートにミヤビに入る。

 しかし相変わらず効き目が薄い。


「だいぶ見慣れてきましたわ」


 ミヤビがだんだんと回避と防御を行うようになってきた。

 ドーシャの拳を手でつかんで受け止め、カウンターでドーシャの腹に拳を入れる。


「ぐ。バ、バカな……」


 間違いない。ミヤビは今、格闘技を学んでいる。このたった1分間でドーシャを超えようとしている。


「わたくしは昔から天才と呼ばれていたわ。何だって一度見ただけで全部覚えることができたから。わたくしからすれば皆が不器用すぎると思うのですけれど」


 ミヤビは嬉しそうに笑っている。


「ヲロチの頭骨の噂はわたくしが流したのよ。強くなるために戦う相手が欲しかったの」


「やっぱりヲロチの頭骨を持ってるのか? どっちにしろ軽率すぎる。やってくるのは三塩先生みたいな小物ばかりじゃないんだぞ。国内最大の犯罪者六文ヌルとか、虎バイファみたいに外国から狙ってくるのもいる」


「それこそわたくしの望みですわ。

 わたくしは生まれながらの強者。誰よりも優れた体と頭脳を持っている。

 それなのに使わずに生きるのは変だと思わない?

 使うために神は才能を与えるのよ。

 だからわたくしの力を存分に振るえるような強敵が来るなら大歓迎ですわ。戦乱の中でしかわたくしの才能を生かすことはできないのだから。


 ただ、『式』から来たのがあなただったのだけは予想外でした。

 これも運命なのかしら。

 深山ドーシャ。わたくしの友。わたくしの人生を変えた残妖……」


「私が? 何のこと?」


「もしかして本当に覚えていない? わたくしのことを」


 何を言っているのかドーシャには分からない。

 ミヤビは遠い記憶を口にする。


槐柯(かいか)小学校2年2組。人と一緒にいるのを嫌い、時間を守らず、勉強ができず、給食の好き嫌いが激しく、教師に従わず、ある日クラスメイトに大ケガをさせてそれきり学校に来なくなった」


「嫌ってたんじゃなくて単に友達作れなかっただけだ」

 ついツッコんでしまったが問題はそこじゃない。


「なんで知ってるの?」


 いや、ドーシャももう分かっている。


「あの頃すでにわたくしは人より優れている自覚があった。学校なんて場所にいれば誰が優れていて誰が劣っているかはっきりしてしまう。

 それが気に入らなかったのでしょうね。あの日男子3人がわたくしを取り囲んでどこにも行けないようにした。

 怖かったわ。

 誰よりも優れているわたくしが劣った連中にいいようにされる。今までのわたくしの努力と積み重ねを無視され壊される。

 それを助けてくれたのがあなただったのよ。ドーシャ」


「ああ。思い出した。あのとき泣いていたのがミヤビだったのか」


「あの日わたくしは学んだわ。どんなに賢く優れていてもそれは悪意と暴力で簡単に無に帰してしまう。そしてそれを防ぐものもまた暴力なのだということを」


 そんなつもりではなかった。ただ助けたかっただけだ。

 暴力を振るったことは後悔していない。

 だがそれで生まれたのが目の前の敵だというのならドーシャは戦うつもりだ。

 もちろんドーシャの責任なんかじゃない。それでも放っておくわけにはいかない。


「だったらリコールしてあげるよ。製造物責任ってやつだ」


「わたくしに暴力の喜びを教えたドーシャ。わたくしの一番の友。ならばやはり暴力で答えるのが最上でしょう」



*************************************


 名前:三塩(みしお) (メイ)

 所属:私立獣王学園数学教師/違法残妖組織『泡沫(うたかた)

 種族:化け蟹の残妖

 年齢:25

 性別:♀

 卑妖術:金属を柔らかくする。

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