第47話 真夜中の轟音
深夜2時、廊下を歩くドーシャ。
授業や寮の共同生活で疲労困憊だが寝てる場合ではない。
早くヲロチの頭骨を見つけて学校生活を終わらせたい。
(といっても何もない。静かだ。みんな寝てるか)
当然かもしれない。学生寮で真夜中に集まって何かしてたら逆に目立つ。
見張っていてもたまに寝起きの生徒がトイレに行くくらいだ。目が合うと不審がられる。
「さすがに恥づかしいから私も寝るか……」
音を立てないよう廊下を歩いて自室を目指す。
だけど途中通り過ぎようとした一室の扉が開いた。
「やー。白い髪の転入生。こんな夜中に元気じゃーん」
フードつきのパジャマを着た生徒。髪を短く切り揃えて真っ赤な瞳がらんらんと光る。
同級生だ。同じクラスにいた。
名前は……。
「草薙アカネ。同じクラスのー。もしかして覚えられてない?」
「ああそうだっけ」
「こっち来なよー。夜中に廊下でおしゃべりは迷惑だからさー」
アカネは自室に誘う。
ドーシャは誘われるまま部屋に入った。
アカネの部屋はカバンやハサミやヘッドホンや教科書などが散らかっている。
壁にはアイドルだか歌手だかのポスター。
ヲロチの頭骨は無い。当たり前か。デカすぎて隠せるものではない。仮にアカネが頭骨の所有者でも部屋には置かないだろう。
アカネはベッドに座りドーシャはイスに座る。
アカネは話しだす。
「アカネは夜型だからさー、授業中はよく寝られるんだけど夜は目が冴えちゃうんだ。転入生はなにしてたわけー?」
「私は……夜のほうが自由だから。なんていうかこう、明るいうちは人目が気になるからさ」
「あー。転入生は審問官に見張られてるもんねー」
「なんで知ってるの?」
「いきなりやってきて最大派閥の獣王グループの序列を乱したんだから噂にもなる。あわてふためく古参の取り巻きどもを見てるのは面白いよー」
「こっちは面白くないんだよ」
楽しそうに笑うアカネにドーシャはうんざりする。
気を取り直して尋ねる。
「あのさ。この学校で変なこととかあった?」
「変なことってたとえばー?」
「え? それはその、妖怪を見たとか」
残妖では通じないから妖怪と言ったが失言だった。ほぼ直球の質問だ。
アカネの赤い瞳がじっと見る。この目に見られるとどうも落ち着かない。
「ふふっ。ドーシャは妖怪が好きなの?」
「いや好きっていうか」
「アカネは好きだよー。妖怪図鑑よく読んでたなー。いいよね妖怪。怖かったり可愛かったり。暗闇を見てると今でもいるんじゃないかって気がする」
「うーん。別に怖いとも可愛いとも思わないけど」
「そー? じゃあドーシャは何の妖怪が好きー?」
やたら話しかけてくる。出した話題が失敗だったようだ。困りつつもドーシャは答える。
「そうだなあ。山姥かな」
「へー珍しー。どこが好きなの?」
「どこって」
あまり考えたことがない。
「強いから、かな?」
「ふーん。確かに山姥は強い。人間に退治される話が有名だからそういうイメージを持ってる人は少ないけどー。でももっと強い妖怪はいるよ?」
「じゃあ私に似てるから」
しつこい質問に困ったように答える。
「なるほどー。ドーシャは山姥に似てるって思うんだ。綺麗な白い髪だもんねー」
ドーシャは困惑する。髪を綺麗と褒められたことはあまりない。
「私のことはもういいじゃん。そっちはどうなの」
「私ー? アカネが好きなのは……ヤマタノヲロチ」
アカネの言葉にドーシャは思わず呼吸を忘れた。
偶然か? それともアカネが頭骨を隠し持っているのか?
アカネはドーシャの動揺を知らずか気にせず続けた。
「ヤマタノヲロチは妖怪というより神かもしれないけどー。天候を変え、木々を薙ぎ倒し、貢ぎ物を求める。その荒々しさこそ美しい。アカネはそう思うから好きー。
最期はスサノヲ神に倒されるんだけど実はそれで終わりじゃなくてー。平家物語ではヤマタノヲロチは生まれ変わり天叢雲剣を奪い返し海に戻ったと言われててー、江戸時代までは広くそう信じられてた。天叢雲剣はもともとヲロチの尾から出てきた物だからねー。もしかしたらヤマタノヲロチは今も海の底にいるのかもー。なんて」
ヲロチの頭骨のひとつは海の底に封印されていたがアカネはそれを知っているのだろうか。
「あとは……鵺なんかも面白いよー」
アカネは話題を変えた。
「鵺も平家物語に出てくる妖怪で、姿を見せず不気味な声で鳴く正体不明の怪物。猿の顔、狸の胴、虎の足、蛇の尾を持つとされているけど猿でも狸でも虎でも蛇でもない。正体不明であることが鵺の正体、鵺の本質なんだー」
「鵺は昔お父さんが斬ったことがあるって言ってたなあ」
ドーシャの父は退魔師だった。ドーシャが生まれるより前の話だ。
「それほんとー?」
「あ。いや本当なわけないじゃん。お父さんったらよく変なこと言うから」
申し訳ないがお父さんのせいにする。
「そっかー残念だなー。アカネも本物の鵺に会ってみたいのに。ドーシャもそう思わない?」
「会ってどうすんの。倒すの? それとも友達になりたいの?」
「どうするー? それは考えてなかったー」
アカネは考え込んでしまった。
そのまま会話が止まる。
(変な奴……)
十数分お互いに無言でいたが突然部屋が揺れた。
「地震?」
ドーシャは携帯でニュースを見るが地震速報は出ていない。
遠くから微かだがガキンガキンとなにかがぶつかる音。
「今の音聞こえた?」
ドーシャはアカネに訊く。
「どうしたの?」
アカネは不思議そうにドーシャを見ている。
ドーシャはアカネの部屋を出る。
他にも数人揺れで目を覚ました生徒がおろおろしている。
「音はどっちからだ?」
ドーシャは音が聞こえたと思われるほう、下の階へ向かう。
しかし階段を下りようとしたところで小学生みたいに小さな女子が道をふさいだ。
「何時だと思ってるんだ。部屋に戻れ」
右目が黒く左目が薄い茶色。髪も右半分が黒で左半分は灰色。全校生徒を監視する審問官、雑木林レツ。
「今すごい揺れなかった?」
「倉庫で物が崩れただけだ。心配いらねえからさっさと寝ろ」
「いや、でも」
またガキンと音がした。キンと高い音がして、静寂。
「今音が」
「なにか聞こえたのか?」
ドーシャにとっても微かな音だ。普通の人間には聞き取れなかったかもしれない。
「管理人が倉庫を片づけてるからそのせいで音がしたのかもしれない。とにかくお前が気にすることじゃない」
レツは呆れたようにしっしと手を振る。
(違う。さっきの揺れといい普通じゃない。おそらくこれが噂の元凶だ。レツは嘘をついている。ヲロチの頭骨かそうでないか、どちらにしろ今確かめる必要がある)
ドーシャはレツの横を通り抜けようとした。
「おい!」
レツがドーシャの腕をつかんで引き留めた。
ドーシャは振り払おうとするがレツは離さない。
ドーシャはうんざりしたように言う。
「分かったって。もう寝る」
そう言ってドーシャはつかまれた腕をゆっくり上に引く。
レツが手の力を弱めた。
瞬間、一気に下に引き抜いてレツの手を振り払う。そのままレツが反応するより速く階段を飛び降りる。
「あ! 待て!」
レツの叫びが上から聞こえる。
ドーシャは1階に降りる。
耳を澄ますが何も聞こえない。
「さっきまではなにかが起きてたのに。もう終わった?」
さっきまで聞こえていた音の感じからしておそらく寮内ではない。もっと遠く。
しかし音がしなくなったので場所を探れない。
「学校のほうか?」
寮でないならそちらだろう。
「おい。いい加減にしろ」
レツが階段を下りてくる。
このまま大人しく引き返したら何も分からない。
ムリヤリにでも校舎へと突っ走るか。
「ドーシャ。こんな夜中に出歩くのはよくありませんわ」
そう考えていたドーシャに突然聞こえた声。
はっと振り返る。
くるくる巻いた明るい茶髪に黄金の瞳。獣王ミヤビ。
その立ち姿は威厳に満ちる。
ドーシャは疑問に思った。
「ここで何してたの?」
「わたくしですか? さっきの揺れが気になったから寮監の先生とお話していただけですわ」
「本当に?」
ミヤビは意味深に微笑み答えない。
ミヤビとレツ。
2人はすでにドーシャを怪しんでいるかもしれない。
今戦うべきか?
2人はドーシャをじっと見ているだけで攻撃してくる気配はない。
ドーシャは諦めて引き返すことにした。
ミヤビまで出てきたしこれ以上は無理だ。学校全体を敵に回すのはまだ早い。
☆☆
次の日の授業。
アカネは机に突っ伏して寝ていた。
ドーシャも寝たら先生に怒られた。
「アカネも寝てるじゃん」
「草薙さんは成績優秀だからいいんです」
「理不尽……」
午後、数学の授業が自習になった。
「三塩先生がお休みになったので自習とします」
確か右手に青いゴム手袋をした厳格な雰囲気の若い教師だ。
ありがたく寝させてもらおう。
生徒たちの話し声を子守歌に机に突っ伏して目を閉じる。
「聞いた? 三塩先生昨日からいなくなっちゃったんだって」
「先生が無断欠勤ってマジ?」
「マジメそうな顔してたのにね~」
放課後。
「ドーシャさま。ドーシャさま」
最後の授業からずっと寝たままのドーシャは小鳥の囀るような綺麗な声に起こされた。
寝ぼけ眼をこすると雀色の髪の女生徒がいる。
「チュチュ……?」
下桐チュチュ。天狗の残妖。残妖の歴史を記録するために天狗の山からやってきた。ドーシャの協力者。
記憶ではいつも着物姿だが獣王学園の制服を着ている。
「なにやってんの?」
「ヲロチの頭骨を一緒に探す約束ではないですか。チュチュもドーシャさまのようにこの学校に転入したのです。クラスが違ったので授業が終わるまで来れなかったのです」
「チュチュって20歳じゃ」
「そこは天狗の力でなんとかしたのです。入学願書に書いてあることが嘘でも疑問に思う人がいなければ通るのです」
「天狗というよりキツネかタヌキだなそれ」
チュチュ自身は人を化かす卑妖術は持っていないが仲間の天狗の力を借りてどうにかしたのだろう。
呆れ半分、嬉しさ半分。
味方のいない学校生活はつらすぎた。
「でもさあ。わざわざ制服まで買わなくても良かったんじゃない? 私おばあちゃんのセーラーだよ?」
「学校指定の制服でなくてもいいと気づく前に買ってしまったのです。迂闊だったのです」
ドーシャとチュチュは笑う。
その様子を獣王ミヤビが冷ややかな目で見ていた。




