第45話 獣王学園
残妖はびこる高校に潜入捜査を行うこととなったドーシャ。
真っ黒なセーラー服を着て鏡の前に立つ。
「うーん……」
自分ではあまり似合ってるとは思わない。
「似合っとるよドーシャ」
おばあちゃんは喜んでいる。
「おばあちゃんの若い頃にそっくり」
「そうかな?」
おばあちゃんの若い頃の写真は見たことがあるが髪が黒いのであまり似ていると感じたことは無い。おばあちゃんは純血の人間だ。
「ていうか、おばあちゃんのセーラー服なんてよく残ってたね」
おばあちゃんは当然というように答える。
「まだ着れるし」
「…………」
聞かなかったことにしたい。
「しかしドーシャが高校生とはねえ」
しみじみとおばあちゃんが言う。
「幼稚園でよその子をケガさせたり小学校をやめたりしたときは心配したけど立派になって」
「いや仕事だから。すぐ学校やめるから」
「もったいない。滅多に入れないんだよ獣王学園なんて」
獣王学園。
お金持ちや政治家の娘が入る超お嬢様高校。
実はおばあちゃんは姉ライジュを獣王に入れたがっていた。九条家は古くからの退魔師の家系で資産も地位もそれなりにある。結局ライジュは高校には行かなかったが。
「学校は私には合わないって小学校で充分理解したから。2年生まで頑張ったんだからもうあれ以上は頑張らない。しかも今度はお嬢様学校って。絶対息苦しいやつじゃん。なのに他に学校入れそうな隊員がいないからってムリヤリ……。クシーニが辞めてなければなあ」
今はいない仲間に思いを馳せる。
クシーニならドーシャよりずっと適任だったろう。
文句を言っても仕方ない。
家を出る準備を整える。
「全寮制だから当分帰れないから。なにかあったらライジュに連絡してね」
姉は裏切り者だがおばあちゃんとは連絡を取っている。
☆☆
ドーシャは獣王学園に到着し、校内をうろうろする。
「とりあえず寮の自分の部屋に行って荷物を置かないと」
荷物を風呂敷に包んで背負っている。
ときおり学生がドーシャを見てくすくす笑っている。なぜ笑われているのか分からなくて嫌な感じだ。
気にしても仕方ないので案内図を見ながら歩いていると後ろから声をかけられた。
「おい! お前」
思ったより近い場所から聞こえた声にドーシャは驚く。
警戒しながら歩いていたはずだが……。
振り返っても声の主が見当たらなくて一瞬困惑する。しかしすぐ見つかった。
視界の下限に映る頭。
視線を下ろすと背の低い女子がいる。
髪は黒髪だが左側が色落ちして灰色。瞳も右は黒だが左は薄い茶色だ。
小さな女子が文句をつけてくる。
「ふらふら歩いてんじゃねー。邪魔なんだよ」
ドーシャの普段の視線の位置よりだいぶ低いため存在に気づけなかったみたいだ。
ドーシャはつい思ったことを口にした。
「小学生?」
「て、てめえ……。いい度胸してるじゃねえか」
空気が変わった。
いや、目の前の左右色違い女子の地雷を踏んだのは分かるのだが、周囲の女学生たちもしんと静まり返った。
左右色違い女子が一生懸命見上げながら言う。
「オレが誰か知っててケンカ売ったんだろうな?」
「いや知らないけど……。誰?」
本当に知らないのでそう言うしかない。
「オレは雑木林レツだ。この学校を設立した獣王財閥の忠実なしもべであり審問官」
「審問官?」
「異端審問の審問だ。全校生徒の監視と査定を請け負ってる。その生徒がどの程度獣王に忠誠心を持っているか、在学中にどれだけ獣王に尽くしたか、将来獣王にとってどれだけ役に立つか。評価されなければ家族が路頭に迷うことさえありうる。オレに舐めた口きいてこの学校で生きていけると思うなよ」
「なんかお嬢様学校と聞いてた割にガラが悪いな」
「他人を蹴落として最後まで生き残った女がお嬢様って生き物なんだよ」
レツは悪びれもせず威張る。
「なるほど」
ドーシャは納得した。確かに今まで読んだ悪役令嬢漫画でもそういう生き物だった。
「分かったらごめんなさいしてさっさとどけよ。それともひどい目に遭いたいか?」
これ以上ことを荒立てるのもよくない。
そう考えてどけようとしたらそれより先に別の声が割って入った。
「レツ」
低く力強く、可憐で優雅にも聞こえる声。
遠くからひとりの女子がゆっくりこちらに向かって歩いてくる。
みんなと同じ制服なのにザ・お嬢様って感じさせる。堂々とした歩き方。
くるくる巻いた髪は明るい茶色。その瞳は黄金色。
「ミ、ミヤビ……」
レツの声が震えている。
ミヤビと呼ばれた女子はレツを無視した。
「深山ドーシャさん。ごめんなさい、レツが迷惑をかけたかしら」
「今度は誰? なんで私の名前を?」
ミヤビではなくレツが答える。
「バカっ。口の利き方に気をつけろ。獣王財閥会長ご令嬢の獣王ミヤビ様だ」
「自己紹介は必要ないはずですがお答えしますわ。
わたくしは獣王ミヤビ。今日あなたが来ることは知っていました。まさかこんなところで道に迷っているとは思いませんでしたけれど。せっかくなのでわたくしが寮まで案内しましょう」
「なっ」
レツが声を出して驚く。
「そんなことわざわざミヤビがやることじゃない。必要ならオレがこいつを寮まで連れていく」
「あなたの仕事は意見を言うことではなくてよ」
ミヤビはレツの申し出を拒否した。
「ありがとう。ミヤビ……さん」
様づけするのはさすがにどうかと思ったのでさんづけにした。
「わたくしのことはミヤビでいいですのよ。わたくしたちもう友達でしょう? ドーシャ」
早くも呼び捨てにされる。
ドーシャは大人しく案内されることにした。
寮までついたところでミヤビに礼を言う。
「あらいいのよお礼なんて。それより荷物を置いたら私が学校を案内してあげますわ。それから……」
「いや今日は遠慮しとく。やること多いし少しづつ覚えるから大丈夫」
「そう……」
ミヤビは残念そうに去っていった。
このときドーシャはまだミヤビの行動の意味を深くは考えていなかった。




