第42話 山姥の最後の武器
「ほう。そんなものが本当にあるなら見せてもらおうか。今後山姥の残妖を売るときに値を上げられるかもしれん」
エーイチのメガネの奥の瞳が興味を持った。
ドーシャはふらふら立ち上がる。
今にも倒れそうなのをなんとか踏ん張りドーシャは走り出す。
エーイチの目の前まで接近し右拳、左拳、左足、右足と両手両足を全て使って攻撃するがどれも寸前で闇に受け止められ届かない。
それでもドーシャは攻撃を続ける。
エーイチの目が好奇心から失望に変わっていく。
「やはり時間稼ぎの出まかせか」
エーイチは右手に剣を持ったまま左手をかざした。
周囲の闇が渦巻き物理的な力をもってドーシャを殴りつける。
ドーシャはよけることもできずただなぶられるしかない。
横殴りにされてバランスを崩し倒れる。
それでもドーシャは再び立ち上がる。
「まだ立つか」
エーイチは左手に力を込める。
周囲の闇がさらに濃くなった。
暗く暗くなっていく。
残妖の目でも周囲が見えなくなった。
エーイチの声だけが聞こえる。
「妖怪は闇の生き物だ。闇を好み闇に生きる。
一方人は闇を恐れる。
さて、人と妖怪の間に生まれた残妖はどちらだ?
残妖は闇の中で見える目を持ち、人目を避け闇の中で活動する。
一見闇を好むように見えるが……そうではない。
残妖は闇を恐れている。
闇を恐れ、光を求めながら得られぬゆえに闇の中に棲むのだ。
私の作り出す真の闇の中で残妖は正気を保てぬ」
何も見えない。
何も分からない。
突然正面から頭をかち割られるかもしれない。
突然背後から串刺しにされるかもしれない。
そんな恐怖と戦いながらドーシャはじっと動かず待つ。
出血が激しくてクラクラする。
寒い。体が凍える。
エーイチは攻撃してこない。
ドーシャは重傷だ。勝手に倒れるのを待っているのだろうか。
いやそうではないはずだ。
エーイチは闇の恐怖を信じている。
ドーシャが闇に狂うのを待っている。
ドーシャは自分に言い聞かせる。
「大丈夫。闇は味方だ。だって私は人間でもあり、妖怪でもあるから」
ドーシャはただ待つ。
どれだけ時間が経っただろうか。
ヒュン。
風を切る音。
神剣バルグラムを振るう音だ。
エーイチは正面から剣を振るってドーシャの首を刎ねようとしている。
気づいたところでよけられはしない。素手で受けられる武器でもない。
だからドーシャは……歯で受けた。
剣にかみついて勢いのままドーシャは振り回されるように滑ってエーイチの右側で止まった。
衝撃で歯がガタガタだ。
それでも受けきった。
ドーシャが全身の力を使って剣を引くとエーイチは予想していなかったのか抵抗できず剣から手を離した。
首を振って剣を後ろに投げ飛ばす。
エーイチは後ろに下がって距離を取ろうとする。
姿の見えない闇の中だ。ここを逃がすともう勝ち目がない。
ドーシャはエーイチを追ってつかみかかろうとするが闇が物理的力をもって阻む。
ドーシャは死力を込めて闇を突き進む。粘土を突き破るごとく闇を突き抜けついにエーイチの腕をつかんだ。
「離さんか!」
エーイチは闇を操りドーシャを引きはがそうとする。
だがドーシャは離さない。
「ぐっ。来い!
深淵なる闇の静寂!」
エーイチがつかまれているのと反対の腕をかかげる。
周囲の闇がドーシャの周囲に集まり包み込む。
エーイチがかかげた手のひらをぐっと握ると強烈な圧力がドーシャをへし潰す。
鉄の塊を紙くずのようにくしゃくしゃに潰す必殺の一撃だ。たいていの残妖は一瞬で骸と化す。
しかし。
「なぜ……なぜこの手を離さん……」
エーイチはドーシャのことを異常なものと認識した。
ドーシャが自分の必殺の一撃を耐えたからではない。ほとんどの残妖が耐えられないとはいえ頑丈な残妖はいるものだ。
そうではなく、間違いなく死にかけているのに闘志が消えないことが理解できなかった。
ドーシャはまだエーイチの腕をつかんでいた。
全身を強く押し潰されあちこち青痣ができている。お腹からの出血もひどい。
それでもドーシャは笑った。まだ戦える。
「山姥の最後の武器を見せてやるって言っただろ?」
ドーシャはエーイチを押し倒した。
馬乗りになってひたすら殴りつける。
エーイチも無抵抗ではない。のしかかられていても闇を使い殴り返してくる。
殴り殴られ、長い時間が過ぎる。
エーイチが両腕をだらりと床に伸ばした。もはや反撃してこない。
ドーシャも手をとめた。
「山姥は逃げる獲物をどこまでも追いかける。隠れた獲物が姿を見せるまでずっと待ち続ける。決して獲物を諦めることを知らない。この執念こそが山姥の持つ最大の武器だ。たとえ武器も妖術も失おうと、この最後の武器がある限り私は戦える」
ドーシャは携帯で写真を撮る。倒れたエーイチと自らの勝利の写真を。
「監獄で一生お金を数えてろ」
それだけ言うとドーシャは気を失って倒れた。
☆☆
エレシュキガル島……があった場所。
『式』のフユヒ隊長は海面に浮かぶ氷の上に立っていた。
「突然の地殻変動で島が沈む。ありえないことではないですが、おそらく……狂少女。やはりあなたはまだこの世界を憎んでいるのですね」
フユヒ隊長は水平線を見渡す。
「困りました。どっちに行けば陸地があるのか分かりません」
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名前:鈴木 栄一
所属:七凶天
種族:ぬらりひょんの残妖
年齢:58
性別:♂
卑妖術:《真なる闇》
黒いガス状の闇を操る。闇は物理的な力を持つ。




