第40話 潜水艦の戦い
「ドーシャ、まさか鈴木エーイチと戦う気? やめようや。ここやとヤバくなっても逃げられんよ」
「それは鈴木エーイチも同じだ。ここなら確実に決着をつけられる」
「仮に勝っても船が止まったら日本に帰れんようになるよ」
「『式』が見つけてくれる」
「鈴木エーイチが倒されたらうちのお給料はどうなるん?」
「それはどうでもいい」
ナセは降参した。
「どうなっても知らんよ」
潜水艦の壁を通り抜けてドールを持ったお兄さんが現れた。キジャチだ。
「急に現れんといてよびっくりした~」
「味方だよ」
ドーシャは簡単に説明した。
ナセが携帯で潜水艦内の地図を表示する。
「中央の一番ええ部屋に鈴木エーイチはおるはずやけど。でもほんまやめたほうがええよ。何かあったら船の中の全員が敵になるんやから」
「全員じゃない。キジャチとナセがいる」
「うちも数に入っとるの?」
「いつも刎頸の交わりって言ってるじゃん」
刎頸の交わりとはその人のために首を斬られても惜しくないほどの友情のことだ。
「はあ。しゃあないなあ」
☆☆
3人で堂々と鈴木エーイチの部屋に向かう。
途中スタッフとすれ違うが、ドールを持ったキジャチを不審に思われはしたものの特に咎められることはなかった。スタッフのほとんどは今回だけの雇われだ。奇異な恰好の残妖も多くいる。
鈴木エーイチの部屋の前の廊下で部下の王カイが地べたに座っている。
2メートルを超す巨漢だ。立つと頭が天井に当たってしまうからだろう。
「あいつまさかずっとあそこに座り込むつもり?」
ドーシャの疑問にキジャチのドールが答える。
「どちらにしろ鈴木エーイチと戦うならあいつとも戦うことになるわ」
「なんで女言葉なんこのお兄さん」
繊細な部分にナセが容赦なくツッコミを入れる。
気をつかって代わりにドーシャが答える。
「ドールがしゃべってるって設定だから……」
ドーシャたちが王カイをどうするか考えていると後ろから足音がした。
慌てて振り返るとバカでかい帽子と白衣を着た小学生くらいの小ささの大人の女性がいる。
鈴木エーイチの部下のひとり、残妖科学者の榎木茸シメジだ。
「そこの君ら、廊下でつっ立ってるんじゃないよ。あたしが通れないだろ」
「あ! す、すみません」
ナセがとっさにやり過ごそうとする。
まだ気づかれてない。ここはごまかしていなくなるのを待ったほうがいいだろう。
「え……え……」
かすれ声。
ドーシャは聞き慣れない声を聞いた。
それがキジャチの声だと気づくのに時間がかかった。
「榎木茸……シメジ……」
キジャチは声を絞り出す。
「なんだ? あたしがどうかしたか?」
シメジは不審に思い始めた。
「まさか……」
ドーシャは思い出した。
キジャチの持つドールは亡き恋人の代わりだと。
キジャチの恋人は12年前の『逢魔』のテロで殺されたと。
シメジはその時代から活動している残妖だ。
「キジャチ、落ち着いて……」
ドーシャはなんとかこの場を収めようとした。
だがキジャチは止まらなかった。
キジャチは長年使っていなかった声帯を震わせ問う。
「叶井トヨを憶えているか……?」
「誰のことだ? 悪いけどあたしは他人の名前は憶えない主義だ。名前なんか分からなくても仕事はできる。用件を言え」
「普通の人間に戻すと騙してお前が切り刻んだ残妖を憶えているかと言ってるんだ!」
キジャチの叫び。
鈴木エーイチの部屋の前で見張っていた王カイがこちらを見た。窮屈そうに立ち上がる。
「ヤバイヤバイヤバイヤバイ。どうするん、この状況」
ナセが焦っている。
「やるしかないでしょもう」
ドーシャは覚悟を決めた。
「あー、そんなやり方で何十人か実験したのは憶えてるよ」
「罪悪感は無いのか」
「罪悪感? あたしは必要なことをやってるだけなのに? おかげでいくつか新しい知見を得た」
「分かった。今ここでお前を討つ」
キジャチがドールをそっと床に置いた。
体内から槍を取り出してシメジの頭を狙う。
すかさず王カイが警報を鳴らす。
襲われたシメジは猛烈に白い粉を撒き散らして逃げる。
「毒の胞子……!」
キジャチは口元を覆って床に沈み込んで消える。
ドーシャとナセも胞子を多少吸い込んでしまう。肺が焼けるような苦しさだ。
「密閉された潜水艦内で胞子を撒くなバカが!」
王カイが文句を言いながらガスマスクをつける。
警報を聞いて駆けつけた他のスタッフが胞子を吸い込んで苦しんでいる。
胞子を嫌がってスタッフたちは近づいてこない。所詮雇われ。少しだけ状況が有利に働いている。
呼吸の苦しいドーシャたちに王カイが襲いかかる。
ギリギリ王カイの拳をかわすとさっきまで立っていた場所に穴が開く。
「よけるな。船が壊れるだろう」
王カイは首を曲げて窮屈そうに立っている。
「そっちが倒れろ!」
ドーシャは王カイの腹に蹴りを入れるがびくともしない。
まるで鋼。いや違う。まるでじゃない。こいつの体は鋼鉄でできている!
「ロボットか何か?」
「そんなわけあるか。鉄を食う禍の血を引いているだけだ。俺はこの体のおかげでエーイチ様に気に入られ誰よりも高い値段で買い取られた」
「買われたことが自慢かよ」
「エーイチ様はお金のみが正当な評価だと仰った。俺を最も評価しているのはエーイチ様だ」
「あっそ。私は私を最も評価してるのは私だ」
「うちもドーシャに負けないくらいドーシャを評価しとるよ?」
「ありがと」
王カイの軽い牽制のパンチをかわして懐に入り両手を王カイの胸に当てる。
「逆鱗山の雷!」
ショートするような激しい音がする。それでも王カイは平然と腕を振るってドーシャを薙ぎ払った。
ドーシャはナセの髪の毛に受け止められる。
「金属なら電気が効くかと思ったけど……」
「表面を伝って床に抜けるから大したダメージにならんよ」
「やる前に言ってよ」
「言ってからやってよ」
シメジは小さな体で周囲を警戒、右手を白衣の内側に入れた。
「まったく。密閉空間ならそれこそ胞子をどんどん撒けばそれで終わりなのに」
文句を言うものの毒胞子を使いはしない。
シメジの背後の床からキジャチが上半身を現す。
キジャチが槍でシメジを突くより速くシメジは振り返り白衣の内側からおもちゃの銃のようなものをキジャチに向けた。
キーンと微かな高音。
キジャチの槍がブレた。シメジは左手でつかんで受け止める。
「研究の成果のひとつ、妖力変換銃。残妖それぞれ特有の卑妖術を機械を通して変換し別の種類の卑妖術に変える。結局普通の機械でもできることしか再現できなかったし残妖しかこれを使えないから実用性は無かったんだけど、役に立つ日もあるもんだ」
「超音波……トヨの妖術……」
キジャチは槍を捨てて床に沈んで逃げた。
「お前、床や壁の中に逃げても呼吸を止めることはできないらしいな。胞子の毒が効いてる」
シメジは銃を壁に向ける。
「逃げても無駄だぞ。超音波探知が機能している。そしてこれはそのまま攻撃にも使える」
超音波の出力を上げる。
「この超音波のいいところは殺さずに仕留めることができることだな。これのおかげで実験体の捕獲が容易になった」
「トヨを侮辱するのもこれで終わりだ」
シメジは声に振り返った。
背後にキジャチがいる。
そんなはずはない。確かに超音波は前の壁を示していた。
キジャチが銃を蹴り払う。
逃げるシメジを追い右手から再び槍を取り出しシメジの左肩を貫いた。
「トヨの卑妖術は物質に溶け込んだ俺を見つけることができる。だから俺は、トヨを驚かすために、俺に偽装した物質を用意することで居場所をごまかす手段を覚えた」
重傷を負い、追い詰められたシメジが体から毒の胞子を撒き散らした。
キジャチが胞子を吸い込み血を吐く。
ドーシャとナセも袖で口元を覆うが息が苦しい。
「ドーシャ! これはチャンスよ」
ナセが髪の毛を周囲のあらゆる突起や凹凸に引っかける。自分の体を固定しているのだとドーシャには分かった。
ナセの髪の毛が王カイの両手両足にも巻きつく。
だが王カイの剛力にはまるでびくともしない。
しかしナセの髪の毛が王カイの顔のガスマスクに伸びるとさすがの王カイにも焦りが見えた。
「気づくのが遅いんよ!」
ガスマスクをはぎとる。
それでも王カイはびくともしない。当然だ。胞子を吸ってダメージを受けてるのはこちらも同じ。むしろこっちのほうがたくさん吸っている。
「ドーシャ!」
ナセが叫ぶ。
ドーシャは王カイに近づきその右足を思いっきり蹴り崩した。
バランスを崩しついに王カイが引き倒される。
倒れる王カイ。その先に弱ったシメジ。哀れなシメジは巨大な王カイに潰された。
シメジはさらに胞子を撒き散らす。
もはや周囲が白くてよく見えない。
ナセが血を吐いた。
ドーシャはさっきまで王カイがつけていたガスマスクをナセに渡す。
ドーシャ自身のダメージも軽くはないが……。
白い煙の中から影が現れる。天井スレスレまで届くその影。王カイだ。
大量の胞子を吸い込み血を吐きながらもその目に戦意は消えていない。
「鈴木エーイチ様の期待に応える。それができるから俺はこの世で最も値段の高い奴隷なんだ」
王カイはポケットから錠剤を取り出してジャラジャラと全て口に放り込んだ。
「シメジの作った妖力増幅剤。エーイチ様の期待を裏切るくらいならここで全て使おう」
王カイの姿が今まで以上に巨大に見える。
猛烈な勢いで右腕を壁に叩きつけると、離れていたドーシャたちの周囲の壁が変形し鉄の針が生えてドーシャたちを襲う。
奇蹟的にかわせたが、逃げても逃げても壁が襲い続ける。
ナセが苦しそうに言う。
「周囲の金属を操っとるんや。逃げられへんよ」
「じゃあ攻撃あるのみだ」
ドーシャは壁から生えた針を折って前に進む。
王カイの懐に入って殴り蹴るが鋼鉄の体には全く効果が無い。
それどころか見た目に反する機敏さで反撃してくる。圧倒的な暴力にドーシャはたちまち追い詰められる。
王カイの振り上げた拳から逃れるために1歩下がろうとして背中に何かが当たる。
壁だ。
そんなものさっきまで無かったのに。
王カイが周囲の金属を操って作り出したんだ。逃がさないために。
壁を破壊している暇は無い。
ドーシャは両腕で受け止めようとして……。
ドーシャは両腕を下ろした。
王カイの拳は振り上げられたまま。
動かない。微動だにしない。
そっとドーシャが王カイに触れてみるが何の反応も無い。死んでいる。
後ろの壁がノックされる。
ドーシャは壁を破壊するとナセが顔を出す。
ナセは拳を振り上げたまま固まった王カイを見て言った。
「おそらくやけど、薬が強すぎたんやないかな。妖力が強くなりすぎて自分が本物の鉄の塊になってしもうた」
「そこまでしてこいつは何を守りたかったんだろう」
ドーシャはキジャチの様子を見る。
胞子を吸い過ぎて何度も血を吐いている。ハッキリ言って危険な状態だがドーシャにはどうすることもできない。
「どうするんドーシャ。この状態で本気で鈴木エーイチと戦うん?」
ナセが訊く。
(キジャチはもう戦えない。というか、私だってまだ戦えるなんて言えないくらい苦しい。私より胞子を吸ってるナセも戦わせないほうがいい。結論、もう戦うべきじゃない。けど七凶天が目の前にいるのに戦わずに帰るなんてできない)
「ナセは無理しなくていいよ。私ひとりで充分だから」
「ドーシャ」
「大丈夫だから」
ドーシャは鈴木エーイチの部屋の扉を開いた。
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名前:王 塊
所属:鈴木エーイチの奴隷
種族:禍の残妖
年齢:31
性別:♂
卑妖術:鉄を操る。
名前:榎木茸 しめじ
所属:鈴木エーイチの協力者
種族:クサビラの残妖
年齢:27
性別:♀
卑妖術:毒の胞子を撒き散らす。




