第4話 夜叉の心臓を持つ少女
ドーシャとナセの最初の出会いは強い憎悪で彩られていた。
「お母さんは、私のお母さんは、風御門に殺されたんだ……!」
ナセはそれを聞いて自分は誰にも生きることを望まれてないのだと思った。
ドーシャに何度も殴られ家の中に引きずられていった。
「ドーシャ! なにをしてるの!」
ドーシャのおばあちゃんがナセを庇った。
意に介さずドーシャは父親へ言った。
「お父さん。風御門だ。こいつらがお母さんを……」
言葉を続けられなかった。
父の目には何の感情も無かった。
ドーシャのような憎しみも、祖母のような憐れみも、何も。
期待とは違った。お父さんは自分と怒りを共有してくれると思っていた。急に全てが虚しくなって、ドーシャは自分のしたことを後悔した。
「ごめんなさい」
泣きじゃくるナセに寄り添いずっと謝り続けた。
おばあちゃんが風御門に連絡したけど「うちに娘はいない」と無視された。
もともと風御門と仲が悪かったのもあってそれっきり連絡はしなかった。
あとから帰宅した姉は「復讐なんかしてもお母さんは生き返らないんだよ?」と心からバカにした声で言った。
ナセはしばらく孤児院に預けられた。孤児院というか、実態は『式』の戦闘員を育てる残妖の訓練所みたいな場所だったが。
友達はできなかった。
ナセはあれから心を閉ざしていた。
ドーシャに会ったとき、自分と同じ仲間、友達ができると思ったその淡い期待を粉々に打ち砕かれ、二度と愛や友情といったものを信じられなくなっていた。
ドーシャはよくナセに会いに行った。
ナセの精神にトドメを刺したのが自分だと自覚があったから。
ドーシャはもうナセを憎んではいなかった。自分と同じ哀れな残妖。
それでいろいろ話しかけてみたがナセの心には全く響かなかった。
ふと思った。ナセはもう憎しみしか信じていない。だからドーシャは言った。
「ねえナセ。ナセのお父さんは私のお母さんを殺した。だから私と友達になって」
ナセは虚ろな目でドーシャを見た。
「言ってることが……分からない……」
「私はナセのお父さんを許さない。必ず復讐する。ナセのことも嫌いだ。お母さんの仇の家族だから。けど、ナセが悪いわけじゃない。ナセが風御門に生まれたのはナセのせいじゃないんだから。だから……私がナセを憎んでるのは運命が決めたことだ。運命が私とナセを決して消えない憎しみで結びつけてる。つまり、私たちは運命でつながってるんだよ。だから友達になろう」
ナセは初めて笑った。
「そっか。私たちは運命で結ばれてるんだね。誰にも切れない憎しみの赤い糸」
「赤い糸って言葉はやめてよ。気持ち悪いから」
憎悪と友情をつなげたことでナセは息を吹き返した。憎悪と友情の区別がつかない状態を正気と呼べるのかは分からないが。
2年の時が流れた頃、風御門家からナセに連絡が来た。
ナセの父親が死んだ。
残妖との戦闘で敗北し殺されたそうだ。
ついては、風御門に帰還して跡を継いでほしいとのこと。
ナセが最初に思ったのはドーシャの憎悪が薄れはしないかということだった。
ドーシャに問い質す。
慌てたドーシャは言い繕った。
「ちょ、ちょっと。大丈夫だってナセ。ナセが仇の家族だってことは変わらないから。自分で殺せなかったのが残念だし……それに、それに」
ドーシャは力強く言った。
「私の復讐は終わってない」
ナセは結局風御門に戻ることにした。
今さら身勝手だと思わないことも無いが、必死に懇願されると断り切れない。
それに誰かに必要とされるのは気持ちいいものだ。
それはナセにとって残妖になってから初めてともいえる。
ドーシャと別れるのは淋しいけど、もう大丈夫。
2人をつなぐ憎しみの絆は決して消えることは無いのだから……。
☆☆☆
異空間に浮かぶ広い大地。
ドーシャとヤクシニーが睨み合い、ナセも遅れてやってくる。
「鬼ヶ島? 残妖の理想郷? いったい何をしようとしているの? あなたは何者?」
ドーシャの質問攻めにヤクシニーは少し考えた。
「そうですね。私の名前は鬼城リンネ。夜叉の心臓を移植し、夜叉の力の全てを受け継ぎました。妖刀サンサーラもこの鬼ヶ島も夜叉から受け継いだ記憶をもとに探し当てたものです」
「妖怪の心臓の移植なんて聞いたことが無い」
「それでも事実です。夜叉がその妖力を持って自らの心臓を私にくれました」
「いったいなぜ?」
「さあ? 妖怪の考えることは私には分かりません。ただ、当時私は心臓病でした」
夜叉が死にゆく少女を憐れんで自らの心臓を与えたというのか。だがありえないとは言い切れない。妖怪が気まぐれで人間に幸福を与える昔話はいくらもある。
「普通の人間でなくなった私はこの世界に残妖たちが生きているのを知りました。彼らの多くはこの世界に居場所がありません。私は彼らに居場所を作ってあげたいのです。これが私の目的です。あなたたちも残妖なら分かるはずです。どうか見逃してください」
見ず知らずの他者のために戦っているというのはドーシャにとって理解しがたいが、おそらく嘘ではないだろう。
しかしドーシャは拒否した。
「だったら2週間前、民家に押し入って人を殺したのはなぜ?」
リンネの目が鋭くなった。
「艮ウララの両親のことですか?」
「そう。それともう1人、素性不明の男性も」
リンネは声を震わせた。
「その男が何者か知っていれば、殺す以外無かったと分かるはずです」
「どういうこと?」
「その男は残妖であり、殺し屋でした。なぜ艮ウララの家にいたか分かりますか?」
ごく普通の家庭に殺し屋とリンネがやってきて、リンネが殺し屋を殺した。
分からない。
ドーシャが答えられないでいると、ナセが代わりに答えた。
「殺し屋が現れる理由は1つしかない。殺しを依頼されたからよ」
「ということは、誰かの依頼で殺し屋が艮夫妻を殺したってこと?」
ドーシャは久しぶりに頭が冴えた気がした。だがナセは首を横に振った。
「ちゃうよドーシャ。よお考えて。鬼城リンネは残妖の保護が目的言うたやろ。つまりいなくなった娘は残妖やったんや。そして鬼城リンネは殺し屋を殺し、娘を保護した」
「分かるような、分からないような。結局誰が殺し屋を呼んだの」
ナセの瞳は少しだけ悲しさをまとった。
「ああそうか。両親に愛されたドーシャには分からんのやな。殺し屋は娘を殺すために両親が呼んだんよ」
「まさか……嘘でしょ?」
ドーシャには信じられない仮説だ。
しかしリンネは静かに頷いた。
「残妖は子どもであっても強い力を持っています。両親を脅かすほどに。自らの子を恐れる親も珍しくありません。そこに目をつけたのがその殺し屋です。彼は親の依頼で残妖の子を殺すことを専門に請け負う殺し屋でした。私は長いことその男を追っていました」
世界がぐらつくような衝撃だった。
それでもドーシャは踏みとどまった。
「それで、両親まで殺したの?」
リンネは答える時に少し目を逸らした。
「だとしたらどうしますか?」
「やっぱり見逃すわけにはいかないよ」
「でしたら戦うしかありません」
リンネは刀を抜いた。
ドーシャも包丁を構え、ナセは帽子を脱ぎ捨て髪を広げる。
リンネは自分の左手首を切った。
噴水のように血が噴き出す。普通手首を切ってもそれほどの勢いで血は出ない。
ナセが注意した。
「あの血は浴びたらあかんやつやで」
噴き出した血が空中に浮かび、集合して1つの塊となる。
「なにあれ?」
「あいつは血を自在に操るんよ」
「戦う前に言っといてよ」
血の塊が弾けてシャワーのようにドーシャたち目がけて降り注ぐ。
ドーシャたちは全力で逃げる。
血の降った地面には白い煙が上がる。
見ればリンネはすでに次の血の塊を作り出している。
「あんなに出血したら死ぬでしょフツー」
「無限の造血能力を持つ私が出血で死ぬことはありません」
ドーシャがついこぼした言葉にリンネが説明してくれる。
「じゃあよけてばっかじゃキリないってことね」
再び襲い来る血のシャワーに対しドーシャは両手の指を組んだ。
「鮫々山の水流!」
指の隙間から水が噴き出し血を吹き流す。
その一瞬を利用してドーシャは接近。リンネは妖刀サンサーラを横薙ぎに振るうがドーシャは包丁で受ける。距離を取ろうと後ろへ下がるリンネをドーシャは追い続ける。相手に有利な間合いにしてはならない。ナセはリンネの背後を取ろうと移動、リンネは背後を取られまいと逃げる方向を変えるが確実に追い詰められている。
リンネが左手を振った。自らつけた傷口から血を撒く。ドーシャは左手で顔を庇い目を守る。血を浴びた左手や頬に焼けるような痛みを感じるが大したことは無い。しかし視界がふさがれた一瞬、リンネの蹴りがドーシャの腹に入った。
「ぐ」
ドーシャはうめき声を漏らすも踏ん張ってリンネの足をつかみリンネを押し倒す。すぐにナセが髪の毛でリンネを拘束する。
ドーシャが妖刀サンサーラを蹴り飛ばし、ナセが髪の毛でぐるぐる巻きにした。
リンネは何も言わなかった。ドーシャも何も言うことが思いつかなかったので1枚だけ撮影する。ナセは笑顔でピースしてくれるので好き。
さすがに奇妙に感じたのかリンネが質問した。
「なんですかそれは?」
「記念撮影。私のお母さんは1枚も写真を残さなかったから」
さてと、仕事がまだ残っている。
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名前:鬼城 輪廻
所属:鬼ヶ島
種族:夜叉の心臓を持つ人間
年齢:15
性別:♀
卑妖術:物質を破壊する血液を操る。




