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第39話 エレシュキガル島と別れ

「あいにく私たちにもやることがあるんだけど」

 ドーシャはバイファの要請を断った。


 しかしハニが言う。

「キジャチが鈴木エーイチの逃走ルートを突き止めるまで時間がかかります。それまでドーシャちゃんとフユヒはバイファの護衛をしていて大丈夫ですよ」


「えええ?」

 思いがけない命令にドーシャは不平を洩らす。


「ついでに隙があったらバイファからヲロチの頭骨を奪い取ってください」


「それ本人の前で言う?」


「やれるもんならやってみなヨ」

 バイファは面白そうに笑っている。


「C国との関係を悪くするようなことはしないでくれ」

 アレクサンドルが困っている。


 ハニは気にしない。


「キジャチからすぐ連絡が来ると思うのでちょっとの間ですよ。私は九条さんに現状を報告して今後の相談をするので少し離れます。先に港で待っているのであとで合流しましょう」


「え? ひとりで大丈夫なの?」


 この国は犯罪国家だ。単独行動は危険ではないかとドーシャは心配したが止める間もなくハニは行ってしまう。


「心配ですね。私が行ってきます」

 フユヒ隊長がハニを追いかける。


「え、待って!」


 フユヒ隊長は携帯を持っていない。迷子になられたら大変だ。


「すみません私も行くんであとは任せます!」

 ドーシャはフユヒ隊長を追いかける。


 アレクサンドルは了承した。

「頭骨の護衛なら我々だけで充分だ。自分の仕事を果たすといい」


「残念ヨ。この島を出たらもう会えない」

 バイファは少し寂しそうにした。


「ああ、そうだな。いい残妖だった。願わくばこの先も生き残り続けてほしいものだ」

 アレクサンドルも頷く。


☆☆


 ドーシャは都市を走るがフユヒ隊長もハニも見つからない。


「もしかして今全員バラバラ? なんでこうなるんだか」


 焦るドーシャの携帯にメッセージが入った。

 キジャチからだ。


「もう!?」


 メッセージによると頭骨の引き渡しを無事に済ませた鈴木エーイチは一刻も早くこの島から脱出しようとしているらしい。

 ほとんど自分のしっぽをつかませなかった奴だ。当然かもしれない。


 ドーシャは迷った。

 鈴木エーイチと戦うなら戦力としてフユヒ隊長が必要だ。しかしフユヒ隊長を探している間に鈴木エーイチは逃げ切ってしまうかもしれない。


 ドーシャは携帯を握り決心した。


☆☆


 バイファたちは何度か襲撃を受けたものの無事港までたどり着いた。


「護衛ご苦労様。あとはもういいヨ。この船には『怪力乱神』の精鋭100人が乗ってる。全員水系妖怪の残妖ヨ。海上での襲撃への備えは万全」


「ヤマタノヲロチの頭骨は『世界人間連盟』の手で管理すべきだ。C国にそう伝えてくれ」

 アレクサンドルはただ頼み込む。


 バイファは首を振った。

「C国は私の意見なんか聞きはしない。お前らが私のために働いたのは無駄だったってことヨ」


「それでも我々は言葉で呼びかけるのみ」


「どれだけ強くてもみじめなものヨ、お互いに」


 頭骨の積み込みが終わるとバイファは船に乗った。


☆☆


 エレシュキガル宮殿。

 エレシュキガル国王はオークションで様々な武器や奴隷を買い満足して帰ってきた。


「武器の試し斬りがしたいな。囚人を連れてこい」

 国王はそう部下に命令する。


 囚人。

 本来この国にそんなものは存在しない。あらゆる犯罪が合法だからだ。どんな罪もお金さえ払えば無かったことにできる。

 つまりこの国の囚人とはただお金を払えなくなった者のことだ。この国ではお金を持たないことは、罪。


 国王は伝説の剣をぶんぶん振り回して待つ。

 かっこつけて大げさに振り回し、バランスを崩して尻もちをつく。


「いてて……。それにしても遅いな」


 いつもなら5分も経たずに囚人が連れてこられるはずなのだが。

 いらいらしながら待っていると足音が聞こえた。


「やっと来たか。無能も剣のさびにしてやろう」

 悪い笑みを浮かべてふんぞりかえる。


 しかし部屋に入ってきたのはたったひとりだった。


 16歳くらいの少女。


「誰だお前は。おい、ガキが入ってきてるぞ! 警備は何をしている! さっさとつまみ出せ!」


 国王は怒鳴る。

 だが返事は無い。

 異常なほどの静寂。


 そして少女が口を開いた。

「もう誰もいない」


 国王は悟った。

「まさかお前、残妖か?」


 少女は答える。

「そうだ。お前の奴隷たちと同じ残妖」


 少女が1歩進む。

 国王は1歩下がる。

 冷や汗が伝う。

 少女が1歩進む。


「何をする気だ。俺はこの国を作り上げた世界最大のマフィアの首領だぞ!」


 少女は冷たく笑う。


「この国? そんなものどこにあるの?」


「なんだと?」


 同時に宮殿が激しく揺れる。

 調度品が倒れていく。


「な、な、な……」


 国王は怯えた。

 何が起きているのか分からないが、目の前の少女が原因なのだけは分かる。


「待て、何が欲しい。俺の言うことを聞くならなんでもくれてやるぞ」


 少女は冷たい無表情。

「お前の持つものに私の欲しいものは無い。お金、名誉、権力。そんなものは一夜の夢。全てはいづれ土に還る」


「お、おのれ!」


 国王は剣を振り上げて少女に斬りかかった。

 絶体絶命、勝ち目は薄い。しかし生き残るにはこれしかない。今までもこうやって死中に活を見出してきた。

 剣が少女を袈裟斬りにした。

 バターを斬るようにあっさりと少女は両断され、上半身がすべり落ちた。


「はあ、はあ。伝説の剣も値段に見合うだけの価値はあったな。宮殿が崩れる前に脱出せねば」


 少女の死体を踏み越え出口に向かう。

 もう少しで扉を越えて脱出できるそのとき。


「待ってよ」


 国王は恐怖に凍りついた。

 背後から少女の声がする。

 恐る恐る振り返るとさっきの少女が何事も無かったかのように真っすぐ立っている。斬られたあとがどこにもない。


「な、なんだお前は……。何者なんだ」


「私に名前は無い。ただ、人はかつて私を史上最悪の残妖と呼んだ」


 少女は人差し指と中指を前に向ける銃のジェスチャーをした。


 国王は少女の正体に気づいた。


「まさかお前は、あの狂少女なのか」


 狂少女。

 七凶天のひとり。

 12年前、子どもでありながら1万人以上を殺戮した史上最強最悪の残妖。

 それがなぜこのエレシュキガル島にいるのか……。


 狂少女が指を下ろしたときには国王はもうこの世にいない。


 老婆のように白い髪を揺らし、夜空のような黒い瞳で崩れゆく宮殿を見つめる狂少女。

 笑いながら宮殿の崩壊に飲み込まれていく……。


☆☆


 同じ頃、白い髪をなびかせ夜空のような黒い瞳に強い意志を宿してドーシャは走る。

 目指すのは海岸。


「この島に隠し港があるなんて。さすが犯罪国家」

 キジャチの教えてくれた場所に向かうと潜水艦が浮かんでいた。


 少し離れて様子をうかがっていると合成音声が話しかけてくる。

「ひとりだけ?」


 姿は見えないがキジャチが近くにいるらしい。


「霜月隊長どっか行っちゃった。國生さんも通話中でつながらないし」


「隊長がいないと戦力的に不安。ギリギリまで待ちましょう」


 しかしそのとき地面が揺れ始めた。


「地震?」


 どんどん揺れが強くなる。


「な、なんかおかしくない?」


「ここはひらけた場所だし土砂崩れの心配も無いと思うから……」


 うろたえるドーシャと冷静さを保とうとするキジャチ。


 遠く見える都市部が崩壊を始めている。


「いや絶対ヤバイよこれ!」


 潜水艦の周囲のスタッフも慌てて乗り込み始める。


「まずい潜水艦が出る!」


「ど、どうしましょう」


「決まってる! 私たちだけでも乗り込むんだ!」


 ドーシャは飛び出した。

 混乱するスタッフたちに紛れて乗船を試みる。

 スタッフの中にいた風御門ナセがドーシャに気づいた。


「うわドーシャ。部外者は乗ってきたらあかんよ」


「いいから乗せて!」


「えええ?」


 やんわり拒否しようとするナセをむりやり押し切って乗船する。


 ドーシャとナセが乗ると潜水艦は出入口を閉めて出発する。

 まだ乗ってない人がいるにもかかわらず。


「なんで閉めるの?」


 スタッフが答える。

「命令だ。これ以上時間をかけると島の崩壊に巻き込まれる」


「ええやんドーシャ。うちらは乗れたんやし」

 納得はいかないが納得するしかない。


 潜水艦の内部は意外と広い。

 あくまで潜水艦にしては、といったところだが。


 揺れは無いがやっぱり多少気分が悪い。長時間いたい場所ではない。

 とはいえ戦う分には問題ないだろう。


 ドーシャは拳を握りしめる。


「この船の中に、闇の中の影がいる……」

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