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第37話 死骨の戦場

 赤い鎧の女性が言った。

「バイファを差し出せ。その裏切り者の命さえくれれば他の者は助けてやる」


「裏切り者?」


 違和感のある表現だ。

 だがバイファはそれには答えない。


「倒すなら(シー)シエからにしたほうがいいヨ」


 バイファは赤い鎧の女性の名を告げた。


(知り合いなのか?)


 しかし考える暇も無い。味方より敵のほうがずっと多いのだ。

 そしてバイファが倒せと言った赤い鎧の施シエは戦いを避けるように後ろに下がる。


 ドーシャは一旦施シエは放っておいて向かってくる敵と戦う。

 なぜ施シエから倒すべきなのか理由が分からないし、理由を隠すバイファの言うとおりにするべきではないと感じていた。


 人数は少なくてもこちらには最強クラスの残妖が揃っている。

 だんだん敵は減り目に見えて優勢となっていた。


 だが赤い鎧の施シエに焦りは見られない。


「先に施シエを倒しなヨって言ったのに」

 そう言うバイファも目の前の敵を倒すのに精いっぱいで施シエに近づけてはいない。


 ドーシャは大声で叫んだ。

「もう勝敗は見えた。降参しろ」


 施シエはしかし動じない。


 施シエが両腕を大きく振ると袖から何かが大量に飛んできた。

 ドーシャは自分に向かって飛んできたひとつをとっさに受け止める。白い棒状のもの。骨だ。


 施シエが発射した骨は周囲の倒れた残妖に突き刺さっていた。怨嗟の呻きとともに絶命していく。


「なんで仲間を……」


「私はこの役立たずの同盟連中が倒されるのを待っていた」


 殺された残妖たちがガタガタ震え始めた。

 死体が裂けて脱皮するように骸骨が立ち上がる。


「骨を操り死者を不死の兵士に変える。あれが施シエの卑妖術ヨ」


 骸骨の手が変形し剣や槍となる。


 ドーシャは骸骨を蹴り砕こうとして受け止められた。残妖の骨だ。普通の骨とは強度が違う。


「伏せていろ」


 アレクサンドルが言った。

 言われるままドーシャとバイファは伏せる。


 アレクサンドルが静かに体に力を込め、体を一回転させながら周囲を拳で薙ぎ払う。

 距離を操るアレクサンドルの拳は周囲の骸骨全てを薙ぎ払い破壊した。


「すご」


 アレクサンドルの卑妖術は距離を支配する。距離を支配すると言うことは速度を支配するということ、そして速度を支配するということは威力を支配するということだ。


 だが肝心の施シエは前面を骸骨3体を融合させて作った骨の壁で防いでいた。


「無駄だ」


 破壊された骸骨たちが再生していく。


「うわ復活した。今度はどうするの?」


 ドーシャは世界最強のアレクサンドルを期待の目で見た。

 アレクサンドルもドーシャを見る。


「ふむ。ではこうしよう」


 アレクサンドルはドーシャをつまみ上げた。


「俺が骸骨を砕き続ける間に術者を倒してくれ」


 投げるというよりも置くようにほんのちょっと前に押し出されると距離を一気に超えてドーシャの目の前に施シエがいた。

 施シエは動じることなく瞬時に骨の剣でドーシャを狙う。

 ドーシャもまたすぐ反応して包丁で受ける。


 数度打ち合ってドーシャは知る。施シエもまた武術の達人だ。バイファと同等の実力。そしてさらに武器が剣に槍にと形を変え変幻自在に攻撃できる。

 このままでは不利だ。


「カチカチ山の山火事!」


 ドーシャは体内に溜めていた火を左手から放つ。

 しかし施シエは火炎につっこんできた。大きく踏み込んで骨の槍でドーシャの左の脛を斬る。ドーシャは片膝をついた。


「皮を斬らせて肉を斬る」


 施シエも無傷ではないようだ。軽い火傷を負っている。


 施シエは骨の槍をかまえ直してドーシャの心臓目がけて突く。

 ドーシャの速度ではそれを防ぐことはできない。槍はドーシャの胸を突き……折れた。


 施シエは目を丸くして驚いている。

 さっきのドーシャの火炎で骨が脆くなっていたのだ。だが折れるほど脆くなることは普通無い。しかしドーシャにとってはほんのちょっと弱くなれば充分だった。山姥の肉体の頑丈さを信じたのだ。

 それに施シエが気づくまでほんの一瞬。

 その一瞬にドーシャは立ち上がり施シエの腹に掌打を入れる。赤い鎧が砕けて施シエが仰向けに倒れる。


「……肉を斬らせて骨を断つ」


 それでも立ち上がろうとする施シエをドーシャは足で押さえつけ、首に包丁を突きつける。


「諦めろ」


 卑妖術からしてこの体勢からでも攻撃できる可能性があるので気は抜けない。



「私が諦めたら家族が浮かばれない……」


「え?」


 施シエが悔しそうにこぼした言葉はドーシャにとって聞き逃せないものだった。


「C国はかつて人間の純血を維持するため残妖を絶滅させようとしたことがあった。我々『常羊(チャンヤン)』はC国に家族を奪われた残妖が集まった反政府組織。最後の1人となろうとも必ず復讐を果たさねばならない。お前みたいな小娘には分からないかもしれないが」


 ドーシャは答えた。

「分かるよ。私もお母さんの仇を討つために戦ってる。でもあなたの言うことを分かるわけにはいかない。だって分かったらあなたを倒せなくなる」


「分からなくていいヨ」

 バイファのかすれ声。


 ドーシャは背筋に冷たいものを感じる。

 バイファがドーシャの背後で短剣を弄んでいる。


「復讐に身を捧げたってなんにも残らない」


「バイファ、よくもぬけぬけと! この裏切り者が!」

 施シエが吠える。


 その言葉の意味が気になるが背後のバイファの気配に尋ねることはできない。

 するとバイファ本人が答えた。


「残妖絶滅政策を進めていた大臣が病死した後、C国は方針を変え『常羊』に提案したのヨ。今までのことは水に流してC国のために働かないかって。この提案に『常羊』の多くが戦いをやめてC国に恭順した。このままC国と戦い続けたってすり潰れていくだけなのは目に見えてた。結局、復讐とか高尚な目標を立てても死ぬまで続けることはできないのヨ」


 そしてバイファはドーシャの耳元で囁いた。

「悪いこと言わないからドーシャも復讐なんてやめなヨ」


 ドーシャは答える。

「私はやめない」


「なぜ?」


「お母さんがそれを望んでるから」


 バイファは少し考え込んだ。


「…………。私のパパはC国に殺された」


 そして語る。


「パパは残妖だったけど暴力が嫌いだったから残妖の力を使いたがらなかった。けど殺された。残妖だったから。

 こんな理不尽許したくないヨ。だから私は戦った。

 けどC国が恭順の選択肢を提示したとき、思い出したのヨ、パパの最期の言葉を。

『お前は幸せになりなさい』

 パパが遺した言葉。

 だから私はC国の提案を受けた。


 ねえドーシャ。お前のママは本当に復讐を望んでるの?」


 バイファはドーシャの背後を取っている。だがこれだけはきっぱり答えなければならない。


「望んでるよ」


「本当に? 本人がそう言った?」


「言わない」


「じゃあそれはママの望みじゃないかもしれないヨ」


「お母さんは復讐を望んでる。それだけは分かる」


 バイファは短剣をドーシャの首に這わせる。


「意地になってるだけなら末路は目の前の施シエと同じヨ」


「そんなんじゃない」


 バイファはドーシャから離れた。

「じゃあいいヨ。人には人の生き方がある。けど私のような生き方もあるって知っててほしいヨ」


 どう答えればいいのか分からない。

 困っていると地面が隆起を始め景色がもとに戻り出した。


「湿っぽい話は終わったか?」

 アレクサンドルがボコボコにされた茶色い鎧の男性を引きずって来る。


「こいつらどうすんの?」

 ドーシャは訊いた。


 バイファが言った。

「C国への叛逆者は当然ぶっ殺す……と言いたいけど別に殺さなくていいヨ。ここは無法地帯だから」


「元仲間だもんね」


「私は血も涙もないキョンシーだけど、心が無いわけじゃないヨ」


「ではもう一度安全地帯を作り直す」

 アレクサンドルは施シエたちを遠くへ捨て空間を歪める。


 あとはオークションが始まるのを待つだけだ。



*************************************


 名前:(シー) (シエ)

 所属:『常羊(チャンヤン)』リーダー

 種族:朱厭の残妖

 年齢:30

 性別:♀

 卑妖術:骨を操る。


 名前:(ウー) (ヨン)

 所属:『常羊』

 種族:狙如の残妖

 年齢:25

 性別:♂

 卑妖術:物と持ち主を空間的につなげる。


 名前:(リー) (シュアン)

 所属:『常羊』

 種族:土螻の残妖

 年齢:44

 性別:♂

 卑妖術:閉鎖された異空間を作り出す。

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