第35話 同盟成立
ホテルの一室。
ドーシャはベッドに座り、フユヒ隊長は窓から外を眺める。長官秘書のハニは部屋の時計を見つめ、キジャチは部屋の隅でじっとしている。
3人部屋なので若干キジャチの居場所が無い。キジャチは密入国なので4人部屋を用意すると怪しまれるから仕方ないが。
「オークションは真夜中の12時からなのでまだ時間がありますね」
ハニが言う。今はまだ夕方の6時だ。
フユヒ隊長が答える。
「それまでは固まってじっとしていたほうがいいでしょう。無用な争いに巻き込まれる必要はありません」
ドーシャたち『式』が行動を起こすのはオークション後の予定だ。
オークション前に場所を洩らすほど鈴木エーイチは間抜けではないし探すだけ無駄という判断だ。
取り引きが終わった後に鈴木エーイチの逮捕と可能ならば頭骨を購入者から奪う。
「しかしこんなことになるならもっと時間ギリギリに来れば良かったねー」
ドーシャが足をぷらぷらさせながら言う。
「早く来たほうが何かあっても対応できるからいいと思ったのですが、まさかこんなことになるとは……」
ハニが申し訳なさそうにする。
「別にいいですよ。どんな敵が来ても倒しますから。ね?」
フユヒ隊長がドーシャとキジャチに微笑みかける。
「え? あー。まあ、もちろんどんな相手だってやっつける覚悟で来てるけど……」
ドーシャが曖昧に答えていたまさにそのとき、外で爆発音が轟いた。
「始まりましたね」
フユヒ隊長が窓から外を見ながら言う。
ドーシャとハニも一緒に外を見る。
しかし粉塵でほとんど何も見えない。
「派手にやってるみたい」
一瞬粉塵の中にキョンシーが見える。
「あ、あいつ。なんて言ったっけ」
「虎バイファですね」
ハニが答える。
「1、2を争う資金力を持つ上に全員にケンカ売ってたのですから狙われるのは当然とも言えます」
「可哀想だけど自業自得だし助けてやる義理は無いな」
ドーシャがなにげなく言った言葉にハニが反応した。
「助ける? むしろこの機会に我々でバイファを仕留めてもいいくらいです。ヲロチの頭骨を手に入れるうえで必ず邪魔になります」
意外なほどの敵意にドーシャは驚く。基本ドーシャの前のハニは指示を出すだけの上司かお姉さんぶってるかのどっちかだ。
「私たちはそんなことしないですよ? 鈴木エーイチと戦う前にケガしたくないですし」
「フユヒ、あなたも少しくらい組織に合わせることを覚えませんか?」
ハニがため息をつくがフユヒは毛ほども気にしていない。
フユヒは『式』の隊長でありながら命令違反の常習犯だった。
「失礼」
唐突なドアを叩く音と低い声。ドアの向こうからだ。
全員に緊張が走る。
答えが返ってこないことに声は不思議そうにする。
「どうした? 来ると伝えてあったはずだ。我々は『サンソルシエール』だ」
「あ」
ハニが何か思い出した。
「キジャチ、開けて大丈夫です」
キジャチが慎重にドアを開ける。
ドアの向こうにいたのは3人組。
右に真っ赤な服の派手な女性。
左に緑の目の大人しそうな女性。
そして中央に青ひげの目立つ陰気な軍服の男性。
青ひげの男性は注意深く室内を見て言う。
「3人……いや、4人か」
招待チケットは1組織に3つだから気になるのも仕方ない。
「國生さん、この人たち誰?」
ドーシャが訊く。
「『サンソルシエール』。『世界人間連盟』F国本部の戦闘部隊。日本支部の『式』みたいなもんです。そっちにも招待状が行っていたらしいのでこっちで会う予定だったんですがすっかり忘れてました」
「忘れてたって……」
「仕方ないでしょう連絡くれないんですから。せめて来たら連絡くらい入れてほしいんですが残妖は機械嫌いも多いので」
『式』でもドーシャとキジャチは携帯を使うがフユヒ隊長は持っていない。
「簡潔に話をしたい。だがここは場所がよくないな」
青ひげが言うと同時に部屋の壁が吹き飛んだ。
ドーシャは瞬時にハニをかばう。
壁の穴から見える隣の部屋には様々な国の衣装の9人。1組織3人だから3組織の同盟か。
「そこは扉ではないぞ」
青ひげが告げた。
「キジャチ! 國生さんをお願い!」
ドーシャはハニの護衛をキジャチに任せ敵に向かう。
まず敵のひとりに接近する。両手に鉄棒を持った残妖。
挟み込むように鉄棒を振るってきたので両手で受け止める。
すると敵の懐から突然なにかが放たれた。
3本目の腕。持つのは短めの鉄棒。
どうやら両手の鉄棒を止めて油断した相手の頭を3本目で砕くのが必殺の戦法のようだ。
鉄棒がドーシャの頭蓋を強く打ちつける。
だが砕けたのは鉄棒のほうだった。
「山姥の体は山そのものだ。相手が悪かったな」
ドーシャは体内に溜めている電気を両手から流し鉄棒ごしに敵を感電させた。
「バーバヤガー…」
何語かよく分からないうめき声を上げて敵は倒れた。
今度は別の敵がこちらに人差し指を向けた。何かを撃ち出してくる。
ドーシャは避けようとして後ろに『サンソルシエール』の派手な女性がいるのに気づいた。
踏みとどまって胴体で受ける。
チクチク痛いが大したことは無い。せいぜいマシンガン程度の威力。
青ひげが派手な女性に注意する。
「ダユー。『式』に迷惑をかけるな」
「しょうがないねえ」
ダユーと呼ばれた女性の目が赤く光った。
瞬間、周囲の空気が変わる。
息苦しく、体が重い。だが、何が変わったのだろう。
ドーシャは気づいた。文字通り、空気が変わったのだ。
重く、粘度の高い空気。体が浮く。まるで水中だ。
敵もみな体が浮き動きが遅い。
「あとは任せるよ」
ダユーの言葉に誰も反応しない。
しばらくして最初に根負けした緑の目の女性が歩き出した。周囲の空気の重さを物ともしない。
ひとりづつ拳でコツンと頭を叩いていく。
「終わりました」
緑の目の女性がそう言ったとき、敵はみな石に変わった。
ハニが言う。
「ドーシャちゃん、『サンソルシエール』は世界人間連盟の最強部隊、助ける必要なんてないんですよ」
「あたしは『式』の能力が見たかったんだけどねえ」
ダユーは不満そうだ。
「確かに『式』の能力を見るため動かなかった。試して悪かった。助けてくれてありがとうお嬢さん」
青ひげのアレクサンドルはポケットからキャンディーを差し出した。
困惑しながらドーシャはキャンディーを受け取る。
「いらないならいらないって言えばいいんだよ」
ダユーが呆れたように言った。
「さっそくだが働いてもらいたい。『怪力乱神』の虎バイファを助けに行く」
「助ける?」
ドーシャは驚いた。ハニは邪魔になるから死んでほしいと言っていた相手だ。
アレクサンドルは説明する。
「『世界人間連盟』は各国の協力で成り立っている。大国であるC国と関係が悪化するようなことはできない」
「ですがそれでヲロチの頭骨をC国に持っていかれたらどうするんですか?」
ハニが不服そうに言うがアレクサンドルの態度は変わらない。
「頭骨の管理は我々に任せてもらうように誠意をもってお願いする。それ以上できることはない。我々『世界人間連盟』は世界の影の支配者のように言われるが何かを強制する力は持っていないのだ」
アレクサンドルは窓を割って右手を外にかざした。
外の景色が歪みすぐ近くにバイファの姿が見える。
「行くぞ」
アレクサンドルは窓から外に出る。残り2人の『サンソルシエール』も続く。
ドーシャとフユヒも追う。
ほんの数歩で遠く戦っていたバイファのそばに着いた。
アレクサンドルがすっと手を伸ばすとバイファより後ろにいたはずの残妖の首がいつの間にかその手につかまれていた。
骨をへし折り投げ捨てる。
「アレクサンドル・レイ……」
バイファがこちらに気づいた。
「俺を知っているのか」
「知らないわけないヨ。『世界人間機構』最強の残妖。ル・カルコルの血を引き空間を歪め自在に距離と大きさを変える妖術を持つ」
ル・なんとかってなんだよ……とドーシャは心の中で思う。
「けどお前でも私は殺せない。試してみるヨ?」
「必要ない。我々は君を助けに来た」
バイファは笑った。ただし目は笑っていない。
「謝謝。でもさっきお前が殺したので終わりヨ。私ひとりで充分だった」
「ひとりか」
「連れてきた部下はもう死んじゃったヨ。期待してたのに」
「ならば任務の続行は困難だろう。国に帰るとよい」
バイファは考え込むそぶりを見せる。
「ふむ……。港までいけば他にも部下がいるが、確かにひとりで頭骨を港まで運ぶのは大変ヨ」
そしてからかうような目でこちらを見る。
「丁度いい。お前らが代わりに頭骨を運ぶといいヨ」
「はあ!? なんで私たちが?」
図々しい要求に思わず声が出る。
「だって『世界人間連盟』に最も出資してるのはA国と我々C国ヨ。出したお金のぶんは働いてもらってもいいじゃないヨ」
落ち着いてアレクサンドルが答える。
「我々は営利企業ではない。出した金額で対応を変えることはない」
「そうだそうだ!」
ドーシャはとりあえず同調する。難しい話はよく分からないが。
「しかし引き受けよう。C国とは良好な関係を維持したい。それに君がひとりで頭骨を運んで犯罪組織に奪われでもしたらもっと厄介な事態になる」
「物分かりが良くてよろしい」
口元を袖で隠して笑うバイファ。
「えええ……」
偉い人たちの間で勝手に決まってしまった。
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名前:アレクサンドル・レイ
所属:F国本部『サンソルシエール』隊長
種族:ル・カルコルの残妖
年齢:48
性別:♂
卑妖術:空間を歪め距離と大きさを操る。
名前:ダユー・イス
所属:『サンソルシエール』
種族:メリュジーヌの残妖
年齢:33
性別:♀
卑妖術:周囲の空気を水のような重さに変える。
名前:オーレリー・クルトー
所属:『サンソルシエール』
種族:ガルグイユの残妖
年齢:21
性別:♀
卑妖術:触れるものを石に変える。




