第34話 『疾』
エレシュキガル島王国の都市部に建てられたひとつの家。
無駄にでかい家を建てたがるエレシュキガル島の富豪の住宅としては小さいものだ。
家の中の大きくも小さくもない部屋に観葉植物やら絵やら木彫りの熊やら瓢箪やらが飾られている。
大きな窓からは夕日が照らす。
家の主は木製のイスに座ってパソコンを睨んでいたが距離を取ってメガネを外す。
「目が疲れる。紙の時代のほうが性に合っておった」
白髪まじりの薄い頭髪にメガネ。非常に平凡で特徴の無い見た目の老人。
七凶天のひとり、鈴木エーイチだった。
ドアが開いた。開けた人物は背が高く顔の部分が見えない。
「失礼します」
背を曲げてくぐるように部屋に入った。
身長2メートルを超す巨大な男性。黒いスーツの上からでも相当な筋肉であることが分かる。
「王カイか。なんだ」
鈴木エーイチの質問に王カイと呼ばれた男性は答える。
「招待した『フェルニゲシュ』が3人より多く都市部に入ってきたので始末しておきました」
「そうか」
招待されたより多くの戦力を準備するのは頭骨を強奪する準備だ。ならば先手を打って殲滅する。
「今回の商品はどこの国も欲しがる至高の逸品だ。それだけに警備にもコストがかかる。早く売ってしまいたいものだ」
ヤマタノヲロチの頭骨を隠すためだけにこの屋敷を秘密裡に買い取っている。島への持ち込みにも潜水艦を使った。
「あたしとしてはもっと手元に置いてほしかったなあ」
別の声。甲高い。
部屋に小さな女性がいる。バカでかい帽子に白衣。小学生のような小ささだが大人だ。
「未知の魔力を持つ物質。生涯研究できる材料なのに」
「シメジ。用も無いのにエーイチ様の部屋に入ってくるな」
王カイはシメジと呼ばれた女性をつまみ上げた。
「よい王カイ。シメジには好きにさせるのが最も能率がいい」
鈴木エーイチの言葉に王カイは不満そうにシメジを放した。
「エーイチ様。『フェルニゲシュ』ほど露骨ではないですがどこの組織も頭骨の強奪を視野に動いているようです」
「予想の範囲を出ない奴らだ。だが一番強奪の危険があったこの島への頭骨の持ち込みはすでに終わっている。オークションが始まるまでに頭骨の保管場所を探し、奪い、他の組織に気づかれぬようこの島を脱出するのは不可能だ」
「それはどうだろうな」
王カイとシメジは驚く。
声と同時に青い唇の男性が部屋に入ってきた。その男性も背の高いほうだが王カイの隣に立つと小さく見える。
「六文ヌル。久々だな」
エーイチは驚きはしない。
六文ヌル。逢魔の七凶天。現在は『逢魔』首領。
「よくここが分かったな」
「同じ穴の狢だ。考えることは分かる」
「なるほど」
「お前の子分どもは俺の顔を見たら戦いもせず道を開けた。臆病な奴らだと言いたいところだがどうやら俺が来るのが分かっていたようだな」
「同じ穴の狢だ。考えることは分かる」
鈴木エーイチは同じ言葉で返した。
「だったら話は早い。頭骨を渡せ」
「欲しければ買うがいい」
「俺にそんな金があると思うか?」
「無いだろうな。12年前は私が貧乏人のお前に資金を融通してやった。あのお金はいまだに返してもらっていない」
「俺が国を盗れば単なる金銭以上になって返ってくる」
「あいにく私はお前の国盗りが成功するとは思っておらん。12年前からな」
「だったらなぜ『逢魔』に参加した」
「私の名を売るためだ。おかげで私は闇の中の影と恐れられるようになった。そのためだけに返ってこないと分かっていてお前にお金をくれてやったのだ」
「それで出した以上に儲かったのか?」
「名を売ることには利益も不利益もある。儲かったとは言えないな」
「だったらもっと俺に投資しろ。今度こそ……」
「興味が無い。私は現状に満足している」
しばし沈黙。それからヌルは言った。
「二度と会うことは無いだろうな」
「帰るのか。ヲロチの頭骨が欲しくないのか?」
「今お前と戦ってまで手に入れるつもりはない」
「では何のために来た? 思い出話でもしたかったのか?」
「もう一度俺に協力する気があるか確認に来ただけだ」
ヌルはきびすを返す。
「次こそ最後の戦いだ」
☆☆
ホテル。
ドーシャたちは真っすぐここへやってきてチェックイン。エレベーターで4階の部屋に向かう。
エレベーターのドアが開くと廊下に立つ何者かが見えた。
30代男性。
ツンツン髪にサングラス。オレンジの背広。傾いて立ってポーズを決めている。
「待ってたぜ」
「…………」
ドーシャたちが凍りついているとドアが自動で閉まった。
「今の何?」
ドーシャは自分の見たものを定義できなかった。
「変態?」
フユヒ隊長はひとことで定義した。
「幻覚だといいのですが……」
ハニはそう言いながらもう一度ドアを開けた。
やはりいる。
サングラスを持ち上げてウインクしてきた。
3人は大きくため息をついてエレベーターから降りた。
「私たちを待ってたみたいだけど、誰?」
ドーシャが訊くと不審者はサングラスを外した。
「俺だよ。久しぶりだな霜月フユヒ」
「うわ、隊長の知り合い?」
「違いますよ」
フユヒ隊長は即答で否定した。
「違わねーよ! 俺だよ俺、忘れたのか」
「忘れるもなにも人違いではないでしょうか……」
「ったく。お前は昔から人の顔と名前を覚えないやつだったな」
不審者はおおげさに呆れてみせる。
「迫水シンジ。12年前一緒に『逢魔』と戦っただろ。あのときも何回言っても俺の名前を覚えなかったな」
フユヒ隊長は考えるそぶりを見せる。
「なるほど。マジ記憶にありませんがそう言うならたぶんそうなのでしょう」
考えるそぶりだけで思い出そうとする努力は見られない。
「で、その昔の知り合いがなぜエレシュキガル島で待っていたのですか?」
ハニが質問する。
「俺も闇の中の影からの招待でここに来たからだ」
シンジはハニに名刺を渡した。
ハニは名刺を読み上げる。
「国家残妖特殊部隊『疾』隊長……?」
ハニは知らないようだ。『式』長官秘書のハニが知らないならドーシャも当然知らない。
「日本政府直属の秘密部隊。今年設立されたばかりの新品だ」
「日本国内の残妖関連の案件は我々『式』に任せるというのが日本政府との約束のはずですが」
ハニは不快気に眉をひそめる。
「政府は『式』の上にいる『世界人間連盟』を信用していない。所詮は国外の組織だ。我が国にとって最善の選択を取るとは限らない。お前たちももっと他人を疑うことを覚えたほうがいい」
「大きなお世話だ。行こ」
うんざりしてドーシャはハニとフユヒの手を引いて先に行こうとする。
「待てよ。まだ用件を話してない」
シンジが呼び止める。
「ケンカ売ってからお話ですか?」
シンジはハニの嫌味を気にせず続けた。
「今回、政府が最も恐れているのは頭骨を外国に奪われることだ。国外に持っていかれたら奪い返すことは難しい。『式』を信用していないとは言ったが他よりは信頼を置ける。このエレシュキガル島にいる間のみ同盟を結ばないか?」
「同盟? お金を出し合って頭骨買うの?」
「そうじゃないぜお嬢ちゃん」
ドーシャの疑問にシンジは笑って否定する。
「このオークションで頭骨を手に入れる方法は3つある。
1つ目、最も高額を提示して購入する。
だがこれは不可能といっていい。A国やC国が参加してるからな。
2つ目、頭骨を盗む。お前らがやろうとしてるのはこれだろうな。当然俺たちも狙っている。これの成功率を上げるためだけでも同盟を組む意義はある。だが最も重要なのは3つ目だ。
3つ目、オークションが始まる前に自分たちよりお金を持ってる参加者を全滅させる」
「はあ?」
ドーシャは驚くやら呆れるやら。
「そんなのできるわけないじゃん」
しかしシンジは冷静だ。
「確かに現実的じゃない。だが決して無視できない選択肢だ。なぜなら既に多くの組織がこの選択肢を前提に行動を開始しているからだ。
主催の鈴木エーイチが都市に連れ込める人数を3人に制限したことで各組織の戦力の差が縮まり同盟を組めばA国やC国すら倒すことが可能な状況が生まれている。今はまだどの組織もオークションの他の参加者を調べ交渉している段階だがすぐにドンパチが始まるはずだ」
「それであなたたちも同盟を作って戦いに参加する気ですか? 残念ですが私たちは無益な戦いに参加する気はありません」
ハニは断った。
「そっちにその気が無くても戦うことになる。A国C国だけ倒せば頭骨が手に入るわけじゃないからな。少しでもお金を持ってそうな組織は全て狙われる。同盟は組んでおいたほうがいいぞ」
「どうするの? 私はあんまり気が進まないんだけど」
ドーシャはハニの顔を見る。
ハニは毅然として言った。
「同盟はお断りします」
シンジは大げさに呆れてみせる。
「そうかい。それじゃあ諦めよう。こっちも時間が無いからな。他の組織と同盟を組めないか交渉しなきゃならん。だが気が変わったらいつでも俺たちのところに来いよ。この島で信用できるのは同じ国に住む俺たちだけのはずだ」
そう言いながらシンジは煙となって消える。
「消えた……」
ドーシャが驚くとフユヒ隊長が解説する。
「あれの卑妖術は瞬間移動です。本人の高い危機察知能力も合わせてあれがここまで生き残った理由です」
「隊長、記憶に無いって言ってなかった?」
「私は他人の能力だけは憶えますよ。顔と名前は憶えなくても死にませんが能力だけは生死にかかわりますから」
「顔と名前憶えてなかったら結局能力思い出せなくないですか?」
「顔と名前を憶えてなくても戦えば分かります」
「ううーん……」
納得いかないがこれで最強クラスの残妖として名を馳せた人だ。そういうものなのだろう。
☆☆
ドーシャたち3人はホテルの自分たちの部屋にたどり着いた。
ドーシャは腕輪を外した。
この鈍い鉄の腕輪は入国時からずっとつけていたものだ。
「片方だけ重いものをつけると肩が痛い」
放り投げるとドスンと大きな音を立てた。鉄とはいえ小ささに対してあまりに重い。
「ドーシャちゃん、音を立てないで。怪しまれる」
ハニが注意する。
「あ、ごめん」
投げられた腕輪を3人が見つめる。
すると腕輪から何かが染み出してきた。
床に広がる液体はいつの間にか人の形となった。女の子のドールを持った20代の男性。『式』の隊員、海神キジャチだ。
キジャチの卑妖術は物質を別の物質に染み込ませる。潜入、破壊工作などに秀でた強力な能力であり、情報局がキジャチを欲しがったのだが、本人の意向で『式』に入ったという経緯がある。
キジャチのドールが電子音声でしゃべる。
「とりあえず密入国は成功ね」
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名前:海神 騎鯱
所属:『式』
種族:タテオベスの残妖
年齢:27
性別:♂
卑妖術:物質を別の物質に染み込ませる。
名前:迫水 進二
所属:国家残妖特殊部隊『疾』隊長
種族:烟々羅の残妖
年齢:36
性別:♂
卑妖術:瞬間移動ができる。




