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第33話 虎白花

 ついにエレシュキガル島が見えてきた。


「やっとか……」


 ぐったりするドーシャとフユヒ隊長。それを憐れむように見ているキジャチ。


 船内からもう1人女性が出てきた。赤土色の髪に黄土色の瞳。『式』長官秘書の國生ハニ。


 気分悪そうに頭を押さえつつ皆に言う。

「もうすぐエレシュキガル島王国に着きます。招待状に同封されていた3人分のチケットを渡しておきますね。これがないと入国しても都市部に入れません」


 ハニはドーシャとフユヒにチケットを渡した。


 ドーシャは疑問に思う。

「あれ、キジャチには渡さないの?」


「キジャチは密入国します」


 さらっととんでもないことを言う。しかしキジャチの能力なら容易いだろう。


「え? でも3人分あるんでしょ?」


「これは私の分です」


 ドーシャは驚いた。

「國生さんも行くの?」


「今回の任務は難しい交渉が多くなるのであなたたちだけでは厳しいだろうという判断です」


「むう」

 ドーシャは反論したかったがなにぶん小学校中退だ。自信を持って問題ないとは言えなかった。


 港に着き、ドーシャたちは船から降りる。キジャチの姿はすでに無い。


「はあ、はあ。揺れない地面があるって最高」


 ドーシャは喜びをもって地面を踏む。

 ハニもしばらく休憩していたが、すぐに言った。


「入国審査を受けるのでふたりとも私についてきてくださ……フユヒ? どこに行きました?」


 フユヒ隊長がいなくなってることにドーシャも気づいた。

 キョロキョロ探していると遠くから声が聞こえた。


「ドーシャ! ハニ! 見て見ておっきな亀さんがいますよ!」


 50メートルは離れた海岸でフユヒ隊長がしゃがんで亀とにらめっこしている。


「隊長……」


 ドーシャは早足でフユヒ隊長のもとへ行く。

 携帯を出して亀を撮る。亀単体の撮影とは別にフユヒも一緒に写るように撮ったり自分も写るように撮ったりしているとハニがゆっくり歩いてやってきた。


「フユヒ、あまりふらふらしないで。この国はあらゆる犯罪が合法なんです。気をつけないと身ぐるみはがれますよ」


「私から身ぐるみはげる奴はいませんよ?」


「もののたとえです。お財布スられても知りませんよ」


「まあ隊長はほっといても大丈夫だと思うけど國生さんのほうが心配だよね。もし隊長がどっか行ったら私がちゃんと守ってあげるから安心して」


「…………。ドーシャちゃんの気持ちは嬉しいけどフユヒと一緒じゃないと」


「もしかして信頼されてない?」


「ドーシャちゃんの力を信じてないわけじゃないです。ただ、世界は広いんですよ」


 それは信じてないって言ってるのと同じだろうと思ったがこれ以上は言わないことにした。


 ハニはフユヒの手を引いて立たせる。

「それじゃあ今度こそ出発しましょう。はぐれないでくださいね」


☆☆


 入国審査は問題なく通過。キジャチの密入国にも気づかれることはない。

 特に事件も無く都市部の門をくぐる。


「ここまでくればかなり治安がいいです。都市部は資産家か招待を受けた人物しか入れませんからね」

 ハニが説明する。


 するとフユヒ隊長がハニに向かって一歩進み左手を振るう。同時に左手の中に氷剣が形成されていく。


 突然のことにハニが慌てる。

 氷剣がハニの頬をかすめる。


 キンと高い音を立てて短剣が地に落ちた。

 フユヒが飛んできた短剣を打ち落としたのだ。


「え、なに?」

 何が起きたか分からず困惑するドーシャ。


 すると上のほうからかすれた笑い声が聞こえた。


「アハハハ。やるじゃん。今日来た残妖で一番動きが速かったヨ」


 土産物屋の屋根に座る女性。右手に短剣を持って手を振るかわりにひらひらさせている。

 藍色の服に帽子。そして最も特徴的なのは額に貼られたお札。つまりキョンシーの恰好である。

 おそらくキョンシーの残妖だろうがかなり自己主張の強いファッションだ。それだけでも異様だが、露出の多い肌には多くの生傷がある。まるでさっきまで戦ってましたといわんばかりだ。


「いきなりなんのマネ? ケンカなら買うよ」

 ドーシャはキョンシーに食ってかかる。


「やめときなヨ。こいつらみたいになりたくなかったら」


 キョンシーが短剣を投げた。

 短剣が突き刺さったのは路地に積まれた死体。


「こいつらはZ国の残妖。名前は忘れたけど世界で5本の指に入る巨大マフィアらしいヨ。その割に大したことなかったけど」


 この国では殺人は禁止されている。だが実際に殺しても金銭で解決可能。殺されるほうが悪い場所だ。


「なるほど。その傷はそいつらとやりあってついたわけ」


 ドーシャはキョンシーの全身の傷に納得する。しかしキョンシーは不快感を露わにした。


「私がこんな雑魚どもに傷をつけられるわけないヨ。侮辱しないでほしいヨ」


 フユヒ隊長が氷剣をキョンシーに向けた。

「そうですか。でしたら私がつけてあげましょう。ただし傷では済まないかもしれませんが」


 フユヒとキョンシーはしばらく睨み合っていたが、すぐにキョンシーが両手を上げて降参した。


「やめやめ。オークションが始まる前に無駄な力を使いたくないだろ? お互いに」


「オークション? もしかしてあなたも鈴木エーイチの招待を受けているのですか?」


 ハニは気づいた。

 キョンシーは笑って招待状を見せた。


「そうヨ。私はC国秘密残妖軍団『怪力乱神(ガイリールアンシェン)』の1つ、『(リー)』の将軍、(フー)バイファ。おまえらと一緒で頭骨オークションに招待されたのヨ。ヨロシク」


「そっちも? でもなんで私たちがオークションに出るって分かったの?」


「門を通過するのに招待状のチケットを使う。ここで見てれば分かるヨ」


「それで他の招待客をあらかじめ殺しておこうってことですか。そうすればオークションで競り負ける心配は無くなる」


 ハニの推察にバイファは否定する。


「それができたら良かったんだけどさすがに無理ヨ。招待客はみな自慢の残妖を連れて来てるからね。オークションの前に他の連中の実力を知りたかっただけ。Z国の連中は冗談が通じなかったから仕方なかったヨ」


「短剣を投げるのが冗談ですか」


「冗談ヨ? 本気だったらこんな玩具使わない」

 バイファはへらへらしている。


「行きましょう」

 ハニはバイファを無視することにした。

 歩き始めたハニをフユヒとドーシャも追う。


「待ちなヨ。おまえらはどこの国のなんて組織ヨ?」


 バイファの問いにドーシャは堂々と答える。


「日本から来た。『式』だ」


「答えなくていいんですよドーシャちゃん」

 ハニがドーシャをたしなめる。


「へえ。日本からは3組も来てるのヨ。主催も日本の残妖だから依怙贔屓(えこひいき)してるヨ」


「3組?」


 ハニは不思議に思った。把握しているのは『式』と『逢魔』のみ。しかし他にも招待されているらしい。だがバイファに訊くのは(しゃく)なので疑問は飲み込む。


 その場を去るドーシャたち。

 背後でまた短剣がなにかに突き刺さる音。怒声とかすれた笑い声。

 気になるのでちょっとだけ振り返るとバイファが黒服の集団と揉めている。

 遠くバイファの声が聞こえる。


「おまえらどこの残妖? ずいぶん人数多いけど招待状は3人分のはずヨ? 頭骨を力尽くで奪うつもり?」


 ドーシャはハニに訊く。

「バイファってやつ、本気で全員にケンカ売るつもりなのかな」


「さあ? 相当な自信はあるようですが」


 ハニはうんざりしたように続ける。


「ケンカを買われないという目算はあるでしょうね。敵は多いのだから皆自分たちは戦わずにやり過ごしたいはず。あのレベルの残妖を殺そうと思ったら相当な力がいるでしょうし」


「無関係な残妖のことは気にしなくていいと思いますよ。私たちの任務は鈴木エーイチの逮捕ですから」


「いや、できればヲロチの頭骨も手に入れてほしいかな……」


 フユヒ隊長の無関心な言葉にハニは苦笑いする。

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