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第32話 七凶天からの招待状

「では、こちらに譲る気は無いと」


「最初からそう言ってるでしょう。お引き取りください」


 話しているのはスーツを着た男女が4人。

 40前後の男性と20に満たない女性の2人と、50代の男女2人が争っている。


 40前後の男性、『式』の長官にしてドーシャの父、九条アキラが言った。


「今日のところはこれで終わりにしましょう。ですがもし気が変わったらいつでもお声をおかけください。ヤマタノヲロチの頭骨を『逢魔』から守れるのは我々だけなのですから」


「政府は12年前にも『逢魔』を撃退している。その残党ごときに遅れをとることはない」


 交渉していた相手は防衛省。

 『式』と日本政府は協力関係にあるが別個の組織である。

 『式』は国際組織『世界人間連盟』の下部組織である。

 日本政府は『世界人間連盟』に加盟しているがときおり非協力的な態度を取る。


 アキラと秘書の國生ハニは『式』の自動車に乗って帰る。


 ハニが言った。

「政府が『逢魔』を撃退した? 彼らは何を言っているんでしょう」


 アキラが答える。

「12年前の『逢魔』との戦いは数週間に及んだがその終盤において当時の防衛大臣の眞利アリスは市街に炭酸ガスを撒いて多くの残妖を殺した。その直後に戦いが終わったのを自分たちの手柄だと思っているんだろう。実際には『逢魔』の多くはそれ以前に霜月フユヒらに討ち取られていたし、むしろ余計なことをしたせいで肝心の七凶天が逃げてしまったのだが」


「ああ、そんなこともありましたね。毒ガスが漏れて味方にも被害が出たとかいう。本当は呪い殺しのツバキの自動反撃が発動したんです。その騒ぎで計画を勘づかれて七凶天は無事逃げおおせました。それにもしツバキがいなかったとしても毒ガス程度で殺せたでしょうか」


「あいつらはまだ残妖を侮っている。このままでは日本政府の所有するヲロチの頭骨は『逢魔』に奪われてしまうかもしれんな」


「どうするんです?」


「彼らに渡す気が無いならできることは無い。残りの頭骨を集めるしか無いだろう。ちょうど5つ目の在り処が分かったところなのだから」


☆☆


 先日『式』に送られてきた手紙。

 それは七凶天のひとり、鈴木エーイチからの招待状だった。


「拝啓 『式』の諸君。


 海坊主がよく顔を見せる季節だろうか。世界中を飛び回っていると季節を感じるのが難しいもの。

 月日が経つのは早いもので諸君らと戯れたあの逢魔の乱からもう12年。2度と会うこともあるまいと思っておったが、このたび諸君らの求めるヤマタノヲロチの頭骨を手に入れたことを報告いたしたく筆をとった次第。


 I国の闇市にて売られていた恐竜の化石。しかしそれがそんなものではないことは私にはひと目で分かった。なぜなら私はそれを見たことがある。呪い殺しのツバキの持っていたヤマタノヲロチの頭骨、それと同じものに相違ない。

 どうやら明治維新のどさくさにまぎれて国外に流出したものと思われる。

 I国では災いを呼ぶ化石などと呼ばれていたがその正体を知り適切に扱えばなんということはない。


 さて、ヲロチの頭骨にはいろいろ使い道があるが私はこれをどうこうするつもりは無い。

 そこでこれを求める諸君らにお譲りしたいと考える。

 可能な限りの資金を持ってエレシュキガル島に来られたし。

 『式』、『逢魔』、C国、A国、その他もろもろの犯罪組織。最も高額を提示した者にお譲りしよう。


 諸君らの健闘を祈っている。 敬具』


 鈴木エーイチ。58歳。

 「闇の中の影」の異名を持つ。

 推定殺害人数3000人。

 ありふれた名前とどこにでもいそうな風貌により顔と名前が判明しているにもかかわらず特定されなかった残妖。

 今回の手紙により初めて国外にいることが判明した。


☆☆


 『式』の本部に戻る。


 ハニがアキラに訊く。

「鈴木エーイチの言うとおりに買い取るのですか? 奪い取れとおっしゃるならそのようにしますが」


「いや。穏便に済ませたいという上の意向だ。まずは購入を目指す。だがもしチャンスがあるなら……。そのためのメンバーも選出してある」


 アキラは選ばれた隊員のリストをハニに見せる。


「お父さん」

 いつの間に部屋に入ったのか、白い髪に夜空のような黒い瞳の少女。


「私も行く」


「ドーシャの能力は今回の任務には向いていない」


「七凶天を捕まえるのは私の仕事だ」


「鈴木エーイチの逮捕よりヲロチの頭骨の確保が優先される」


「お父さん、本気で言ってるの? お母さんが死んだのはあいつらがテロを起こしたせいなのに、見逃すの?」


 アキラはため息をついた。


「ハニ、メンバー変更だ」


「いいんですか?」


 驚くハニには目線もくれず続ける。


「だがエレシュキガル島には世界中から危険な残妖が集まることになる。足手まといにはなるな」


「分かってる。ありがとうお父さん」


☆☆


 エレシュキガル島。

 太平洋に浮かぶ人工島。ひとつの島であり、ひとつの国家である。

 人口2500人。王政。主要産業は観光、ということになっている。


 この国の歴史は浅い。


 20年前、裕福な犯罪者たちによって合法的に犯罪を行うために作り出された。

 この島では殺人、器物損壊などの過度な暴力を除くありとあらゆる犯罪が法律で認められている。その過度な暴力すら金銭で解決することが可能だ。

 このため違法な取り引き、薬物パーティー、絶滅危惧種の個人飼育などが日常的に行われている。


 ドーシャはエレシュキガル島王国へ向かう船の上で……船酔いしていた。


「大丈夫?」

 気遣う言葉が合成音声でかけられる。


 声をかけたのは少女のドール……を持った20代の男性。

 海神(わだつみ)キジャチ。『式』の隊員のひとり。直接会話せず携帯に打った文字をドールにしゃべらせて話す。


「いちおう、大丈夫……。けど海は苦手だ。それにエンジンの振動が気持ち悪い」


「今どきの船はほとんど揺れないはずだけど」


「普通の人間には分からなくても残妖には感じちゃうんだよ。キジャチだって感じてるはずでしょ?」

「キジャチはタテオベスの残妖だから海には強いの」


「私は山姥だし」


 ドーシャが手すりにつかまって耐えていると船内から甲板に水色のポニーテールの女性が出てきた。

 『式』の隊長、霜月フユヒだ。


「ま、まだエレシュキガル島につかないのですか?」


 息も絶え絶えなその姿に普段の強さは感じられない。


「隊長まで船酔いしてる……」

 キジャチのドールが淡々と言う。


 ドーシャはフユヒを見ながらキジャチに答える。

「雪女も山の生き物だから」


「はやくも不安になってきちゃった」


 感情の無いドールの合成音声が波の音に混じって消えていく。

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