第31話 面会
都会から遠く離れた高原に立つ大きな建物。
周囲を高い塀で覆われ外から中の様子を見ることはできない。
国際総合治療研究所。通称『治療所』。
実際は病院などではなく残妖のための監獄だ。
ドーシャが『式』のIDカードをかざすとその門が開いた。
受付の職員にIDカードを渡しそこでも本人確認、終わると面会手続きに入る。
ドーシャはだいたい1ヶ月に1度くらいの頻度で不定期に自分がぶち込んだ囚人の面会に来ていた。
☆☆
最初に会うのは枯山ツクヨ。
ドーシャと同じ山姥の残妖。白い髪の女子高生。中年男性を狙って殺していた連続強盗殺人犯。
素行が悪いため手錠をかけられたまま生活している。
格子の向こうのツクヨは少しやつれたようだ。
「何の用?」
「見に来ただけだよ」
「見世物じゃないんだけど?」
まあ歓迎はされない。自分が牢にぶち込んでるから当然と言えば当然。
「少しは落ち着いた?」
ドーシャが聞くとツクヨは格子を握って睨む。
「寝れないんだよ。殺さなきゃぐっすり寝れないんだ」
「あー、そのうち普通に寝れるようになるよ、きっと」
ドーシャとしては気休めくらいしか言えなかったが、それが癇に障ったらしい。
がくんと引っぱられる。とっさに両手で格子をつかんで押し留まる。
「そういや触れずに引っぱる卑妖術だっけ?」
「これでちょっとおどかしてやるとみんな腰を抜かしてあたふたするんだ。面白いよ?」
「そんなことばっかしてると一生ここから出れないよ」
「出す気も無いくせに」
ツクヨの言うとおり、連続殺人犯が出られるわけない。だからドーシャはそれには答えない。
「とにかく、もうちょっと反省してるふうな態度とったほうがいいよ」
「私は山姥だ。人間を取って食う。人間に生き方を合わせたりしない。ドーシャも山姥じゃないの?」
「残妖は人間だ」
次に行く。ひとりひとりに時間をかけられないので仕方ない。
☆☆
艮ウララ。
鮮血のごとき赤き髪と瞳。顔の左半分が青痣になっている。
両親の雇った殺し屋を返り討ちにし、鬼城リンネに保護されたが精神不安定で他の子どもを殺戮した。
ツクヨと同じく手錠をかけられているうえ、さらに足も鎖でつながれている。
今はおとなしそうに見えるがときどき暴れ出すらしい。
「誰?」
「深山ドーシャ。あなたを捕まえたのが私」
「そうなの?」
ウララは興味無さげだ。
かなり派手に戦ったのだが記憶に無いらしい。
「元気?」
ドーシャは訊く。
「そんなこと訊いてどうするの?」
ウララは不機嫌そうに言う。
両親に殺されそうになったウララは誰も信用していない。
「ウララが元気なほうが私は嬉しいから」
「あなたには関係ない」
ウララは心を閉ざしている。
「私のことは信じなくてもいいよ」
ナセはかつて言った。
ウララの傷は癒えることが無い。生きていても希望など無いと。
「でも、きっと信じられる人に会える。私はそう信じてる」
あのとき死んでいたほうが良かったなんて思わせたくない。
「また来るね」
☆☆
雨漏レイン。
8歳の子ども。いつもケタケタ笑っている。
生き物を殺すことを好み大量殺戮を行った危険な残妖。
その一方で他者に非常に従順な性質も持ち拘束具はつけていない。
「ドーシャ!」
「元気?」
「うん!」
「ちゃんと職員さんの言うこと聞いてる?」
「もちろん!」
「そーかそーか。ちゃんと言うこと守れたらまた会いに来るからね」
囚人の中では楽しい気分で会えるからドーシャにとっても癒やし。
☆☆
灰汁村アルト。
『逢魔』が人為的に妖怪の血を目覚めさせ残妖とした子ども。
「ヌルが助けに来る」
「捨て駒にされたんだよ」
この期に及んでまだ六文ヌルを信じている。愚かと言う他ない。
「そんなこと言ってられるのも今のうちだ。お前ら全員ヌルに殺される。そうしたら俺たちの時代が来るんだ」
「度し難い」
おそらく考えを変えることはできないだろう。ドーシャは諦める。
☆☆
変態メガネ。
油っぽい黒髪のメガネ。
黒鉄イクサより先にターゲットを殺そうとしていた変態。
イクサに斬られて死んだと思っていたが……。
「ああ麗しき僕の女神。会いに来てくれたのですねぇ」
「……やばい来たばっかだけど帰りたくなってきた」
「あなたに初めて会ったときは美を解さぬ山猿かと思っていましたぁ」
「うわ殴りて」
「しかしあなたの電撃に撃たれたときに気づいたのですぅ。あなたこそ僕を救いにきた女神!」
「気のせいだよそれ」
「いいえ気のせいではありません。その証拠にイクサは死に、僕は生きていますぅ。あなたが僕を死の運命から救い出してくれたのですぅ」
「それは……(変態の名前が思い出せない)、お前がゴキブリみたいにしぶといから助かっただけだし」
「僕は蜘蛛です。益虫です。ゴキブリみたいな害虫と一緒にしないでください。それと僕のことは照れずに名前で呼んでいいんですよぉ? 僕もあなたのことドーシャって呼びますからぁ」
「呼ぶな気色悪い」
☆☆
石塚クシーニ。
『式』の後輩。
家族の仇の黒鉄イクサを討ったが、残妖全体への憎しみを抑えられずドーシャを殺そうとした。
「やっほ」
声をかけてもしばらくクシーニは無言でこっちを見るだけだったが、待っていると口を開いた。
「……なんで来たんスか?」
「ま、先輩だからね」
「もう『式』じゃないから先輩でも後輩でもないっスよ」
「じゃあただのドーシャでいいよ。ついでに漫画借りっぱなしだったから返しに来た」
「だったら職員さんに渡してくれれば別に会わなくてもいいっス」
「ついでだって言ってるでしょ。クシーニに会いに来たんだってば。ほらお土産」
ドーシャは漫画をごっそり出して内容を簡単に紹介する。
ある程度説明を聞いたクシーニが言う。
「……先輩こういうの読むんスね。あたしは恋愛漫画読むくらいならフツーに彼氏作ればいいんじゃないかって思うんスけど。先輩彼氏作らないんスか?」
ドーシャは冷静さを保つように努力して答える。
「いろいろ言いたいことあるけど、とりあえずひとつ。あのね、恋愛漫画読んでるからって恋愛がしたいわけじゃないから。殺し屋の漫画読んでる人が人殺したいわけじゃないのと同じ」
「そういうもんっスか」
「そういうもんなの。次来るときまでに全部読んどけ」
「ええ~」
ドーシャは少し安心した。
今目の前にいるクシーニは過去にドーシャが接していたクシーニとは違う。ドーシャが知っているクシーニは分身のひとりクシーニ4号。
だけどクシーニ4号もまたクシーニの心の一部。
目の前のクシーニはドーシャの知るクシーニとやっぱり同じだ。
☆☆
ドーシャは帰る準備をする。
今回の面会はこれで終わりだ。
ほとんどは変化なし。救えないやつもいた。救えないのは救わない。そこまでの責任は無い。
けど、ただやっつけて終わりにはしたくなかった。
もし1人でも救えるならそれはきっと……。




