第3話 鬼ヶ島
ナセは名門退魔師の一族、風御門家に生まれた。
両親に愛され何不自由ない生活を送り、自分は世界で一番幸せなのだと思っていた。5歳で妖怪の力に目覚め残妖となるまでは。
風御門は退魔の名門だ。妖怪の血が流れているなどあってはならない。
ナセは屋敷に幽閉された。誰にも見られたくない風御門の汚点となった。
父親は母親のせいにした。お前に妖怪の血が流れていたのだと。
そんなことは誰にも証明しようがない。
両親は不仲となり家庭は崩壊した。母親はナセを連れ出そうとして阻止され1人で出ていった。5歳のナセには何がどうしてこうなったのか分からなかったが、自分のせいなのだけは分かった。
ナセが10歳になったとき、父親が仕事の話をしているのを聞いた。
ライバル退魔師である九条家の娘が13歳にしてすでに活躍しているらしい。それも残妖だと。
ずっと心が死んでいたナセが興味を持った。自分によく似た境遇の者がいる。会ってみたい。
父親の目を盗んで情報を集め、ナセは屋敷を抜け出した。
もともと大した牢ではないのだ。その気になった残妖をとめることはできない。
ナセは何度も道を間違えながら九条の家に辿りついた。
呼び鈴を鳴らし待つ。
ドアが開いた。
開けたのはナセより少し年上の真っ白な髪の少女だった。
少女は問う。
「誰?」
「う、うちは風御門ナセって言います」
ナセは恥じらいながら名乗った。自分とそっくりの境遇の少女はどんな子なのだろう。仲良くなれるだろうか。
「風御門……だと?」
少女の顔色が変わった。
同時にナセはよろめき倒れた。殴られたのに気づいたのは目の前の少女に胸ぐらをつかまれてからだった。
「お母さんは、私のお母さんは、風御門に殺されたんだ……!」
嫌悪と軽蔑にまみれた家から出たナセが、外の世界で見たのは憎悪と殺意だった。
これがナセとドーシャの最初の出会いだった。
☆☆☆
K県中部、古代遺跡周辺。
特に見どころはなく観光客も少ない場所。
ナセは携帯を見ながらうろうろしている。
「本当にここ?」
ドーシャが訊く。
「GPSはここや言うてんやけどなあ」
「ここに携帯捨てただけかもよ」
「わざわざこんなとこに?」
「だってこんなとこ隠れる場所も何もないじゃん。まさか遺跡の中で生活してるわけじゃあるまいし」
「…………」
「なに?」
「見てみる? 遺跡の中」
「怒られるよ?」
「『式』が一緒におってくれて助かるわ。どんな犯罪もチャラやもん」
「誤解してるみたいだけどそんな権力ないからね?」
「ほな行こうか」
「もー。しょうがないなあ」
遺跡はもともと城塞のようなものだったらしいが上半分は無くなっていて土台の部分だけが残っている。地下にも部屋があるらしく、調査のために開けられた穴から中に入れる。
「狭いし、湿ってるし、汚いし、虫がいるし、やだなあ」
「ドーシャ文句多いで」
ちなみに明かりは無く真っ暗だが残妖は夜目が利くので問題ない。妖怪は夜に活動するものだからだ。
一番奥の部屋に着いた。
何もない。目ぼしい物は既に持ち去られている。ただ空間が広がるだけの四角い部屋。
「結局誰もいないね」
「おっかしいな~。絶対ここやと思ったのに」
「こんな生活しにくい場所にいるわけないじゃん。人が全く来ない場所でもないし」
「もうちょっとだけ調べさせて」
ナセは諦めきれない様子。
床に這いつくばって何か調べるナセ、暇なのでそれを携帯で撮影するドーシャ。
ナセの白い服が泥だらけだ。
「もっと汚れが目立たない服にすればいいのに。どうせ汚れるんだし」
「だって白が好きなんやもん」
そのときカメラの顔認識機能がナセの背後を捉えた。
驚くドーシャが肉眼で見ると、やはりいる。小学生くらいの子ども。右腕が巨大なハンマーになっている。残妖だ。
「ナセ後ろ!」
ナセが振り返るより速くハンマーがナセの頭を殴り飛ばした。
ドーシャはすぐに子どもへ近づき殴り返そうとしたが子どもは地面に沈み込んで消えた。
簡単に説明する。
「敵がいる。小学生くらいの男の子。腕がハンマーで地面に沈む」
ナセは立ち上がった。
「躾のなってないクソガキにはきついお仕置きが必要やなあ」
「同感」
ドーシャとナセは2メートルほど離れて向かい合って立つ。こういうのは普通背中を守り合うものだがナセが髪を武器にする都合上そのポジションは力を発揮できない。
緊張の中しばらく待つ。
地面から生えてきた手がナセの左足をつかんだ。
手は後ろに移動しナセを引き倒すとクソガキが上半身を現す。
ドーシャが駆けだすとクソガキはナセへ追撃せず地面に隠れようと沈み始める。
が、動きが止まった。
ナセの髪がクソガキの体を絡めとったのだ。
ナセは立ち上がり髪の毛で引っ張る。
「ぐ、引っ張っても出てきいひんなあ」
「やめろ、ちぎれる……」
クソガキが苦痛に顔を歪める。
右手のハンマーが一瞬普通の手に変わり、そして刃物に変わった。必死に髪を切ろうとする。
「無駄やで。その体勢じゃ、妖刀ならともかくただの刃物では切れん」
クソガキが悲鳴を上げる。地面からすっぽ抜けた。
釣り上げたクソガキを髪で縛り上げる。
「バカヤロー! 潜ってるんじゃなくて融合してるんだ。無理に引っ張ったらちぎれるだろーが! 融合解除しなかったら死んでるぞ!」
クソガキは元気に文句をつけてくる。
ナセは心底どうでもよさげに返した。
「おーそうか。そんなことより君どこの誰なん? なんでうちらを襲った?」
「お前ら昨日リンネにやられた残妖だろ! だから俺がやっつけてやろうと思ったんだ」
「やられてない! 勝負はまだついてないっての!」
「ドーシャ。小学生と同じレベルで張り合わんといて」
ナセはドーシャを黙らせる。
「リンネっちゅうんはポン刀持った迷彩服の子? 会わせてもらえんかな」
「いやだ!」
即答である。
「埒が明かんなあ」
お互い困っていると突然声が響いた。
「その子を離してくれませんか? そうしたら会いましょう」
聞き覚えのある声。ヤクシニーだ。いったいどこにいるのだろう。
クソガキを縛り上げている髪の毛がぷつぷつ切れてクソガキとナセが切り離される。切り離された髪はクソガキを縛り続けている。
また声が聞こえた。
「まっすぐこちらへいらしてください。こっちですこっち。部屋の奥の壁へ。壁をそのまま突き抜けてください」
ナセが動かないのでドーシャは言われるとおりに進み、恐る恐る壁に手を突っ込んでみた。手は突き抜け、壁の感触は無い。
ドーシャは壁の中へ飛び込んだ。
急な明るさに目が眩む。
広い草原と青空。桃の木がいくつもある。
そして、オレンジ色の髪の少女が日本刀を持って1人で立っている。
「なにここ? どうやって地上につなげてるの?」
ヤクシニーは答えた。
「ここは空間の狭間に浮かぶ島。かつて鬼たちが暮らしていた。鬼の楽園。そしてこれからは残妖たちの理想郷となるべき場所。鬼ヶ島です」
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名前:佐倉 神
所属:鬼ヶ島
種族:餓鬼の残妖
年齢:10
性別:♂
卑妖術:自分と無機物を融合する