第28話 操り糸
あたしは、あたしが殺されるところを見ていた。
7年前。
それは突然だった。
真夜中にドアを破り侵入する十字傷の大男。
お母さんを殺し、お父さんを殺し、お兄ちゃんを殺した。
あたしはそれを声を押し殺して見ていた。
大好きだったお兄ちゃん。だけど、あたしは助けに行かなかった。
そしてその殺戮者、黒鉄イクサはあたしに近づき首を絞めた。
あたしは、あたしが殺されるところを見ていた。
イクサがこちらを見た。あたしに気づいたんだ。
そしてあたしを放し、あたしのほうへ近づいてくる。
あたしにぬっと顔を近づけ笑う。
「そうか。お前、残妖か。そりゃあいい」
何がいいのかあたしには分からなかった。
「だったらお前を生かしてやる。生きて、俺に復讐に来い」
イクサは笑って出ていった。
あとに残ったのは殺された家族と気を失ったあたし、そしてただ立ち尽くすあたし。
あたしはこの日、残妖として目覚めた。
☆☆☆
目覚まし時計が鳴る。
「いつまで寝てるんスか」
あたしは乱暴に起こされた。
あたしを起こしたのはあたし。
「もっとあたしを大事にしろよー」
「自分に遠慮してどうすんスか」
「そもそもちゃんと起きないあたしが悪い」
「あーもーうるさいっス」
自分の周りで騒ぐ自分たちを追い払う。
石塚クシーニが布団から身を起こすと、狭い部屋に自分が4人いた。
これがクシーニの卑妖術、分身だ。
「ゆっくりしてる場合じゃないっスよ」
「なんかあったんスか?」
「これっスよこれ」
クシーニのひとりが携帯を見せる。
『式』長官秘書の國生ハニからメッセージがある。
新しい任務だ。
「ドーシャ先輩と一緒の仕事っスか」
クシーニとドーシャは割と仲がいいが『式』は単独行動が基本なので一緒の任務というのはほぼ無い。
「ドーシャ先輩とならきっと上手くいくっス」
3人のクシーニは確かめるように1人のクシーニを見つめ頷きあった。
☆☆
クシーニとドーシャは2人で新宿サクヤの護衛についていた。
護衛といってもサクヤのいるオフィスから少し離れた建物内で携帯いじりながら待機しているだけだ。
「あの新宿サクヤの護衛なんて、この世で一番バカバカしい任務っスね」
新宿サクヤは七凶天のひとりだ。
「クシーニ。そういうこと言わない。今は手が出せなくてもいつまでも野放しにはしとかないから」
「そうっスね。ある意味ラッキーっス。新宿サクヤの生活パターンのデータが入ってきたから次あいつを殺すときに役立つっス」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないけど」
ドーシャはクシーニの発言がどこまで本気か分からない。
と、そこで携帯に連絡が入る。
新宿サクヤが帰宅するのでドーシャたちも移動だ。
もう日が暮れていた。
「もうひとつバカバカしいのが、この護衛任務自体が時間の無駄でしかないってことっス」
2人は路上駐車された自動車の後部座席にいた。治安維持局の車だ。
さすがに深夜に高校生くらいの2人組が外にいたら目立つためこうしている。
運転手に聞こえるのを気にしないのだろうかと思いつつドーシャは訊く。
「どういうこと?」
「犯人がここに現れることは無いってことっス。一度仕留め損なった以上警戒されるのにのこのこ出てくるわけないっス」
「うーん、獲物に執着するタイプかもしれないし」
そう言いつつ、新宿サクヤのあとにリンネのところに黒鉄イクサが現れたのをドーシャは知っていた。
「少なくとも、黒鉄イクサは同じ獲物は狙わないっス」
ドーシャはびっくりする。
昨日の黒鉄イクサの襲撃は『式』には伝わっていない。だからクシーニは知らないはずだ。
だが、クシーニは家族を黒鉄イクサに殺されている。イクサを基準に考えるのは不思議ではない。
「黒鉄イクサはここに現れない……」
クシーニの言葉が正しいとするとここにいるのは完全に無駄だ。
「あー、別に真剣に悩むほどじゃないっスよ。あたしの分身2人が怪しいところは見張ってるんで」
「2人? クシーニって分身3人出せるんじゃなかったっけ」
「1人は家に残してるんで……。学校通わなきゃいけないし」
「やけに学校にこだわるな。任務の邪魔だしやめればいいのに」
「サボれじゃなくてやめろってのが小学校中退の先輩らしいっスね……。学校に行くのはそれが普通の生活だからっスよ。あたしは復讐のために自分を犠牲にはしない。だって、悪いのは仇のほうなんだから。これ以上あたしから何も奪わせない。復讐は明るく楽しく」
別にドーシャは復讐のために学校をやめたわけではなく単に集団生活に馴染めなかっただけなのだが、反論しないことにした。
単なるスタンスの違いだ。
そこはお互い気にしてない。
「まあ分身2人でもいいけど。フルに使ったほうが早く敵が見つかると思うけど」
「分身3人全員使ってもちょっと足りないっスけどね」
「ちょっとどころじゃないけどね。管理局の保護する残妖は何十人もいるし」
「え?」
「ん?」
「あ! 今まで殺された残妖って管理局の保護下の残妖だったんスね」
「クシーニ、まさか気づいてなかったの? 私はすぐ気づいたんだけど?」
ドーシャはにやにや笑う。
「先輩、そのくらいのことで自慢げにしないでくださいっス」
クシーニは若干呆れている。
そこでドーシャの携帯に着信があった。
シシュンからだ。
「来た!」
ドーシャは車を飛び出す。
「先輩! どこ行くんスか!」
☆☆
夜の住宅街。
ゆっくり走る自動車をシシュンはだらだら追いかける。
「飽きてきた……。そもそもなんで俺こんなことやってるんだ?」
退屈なので携帯で2人に状況を聞こうとしたとき、自動車が急に止まった。
シシュンも止まって様子を見る。
夜間ではあるが残妖は夜目が利く。しかし特に異常は見当たらない。
しかし自動車は急に歪みひしゃげる。
「! どこから攻撃した?」
シシュンはドーシャとリンネに連絡だけ入れ、近づかず様子をうかがう。どうせ襲われたのも残妖だ。ほっといても死にはしない。
すぐに何者かが現れ破壊された自動車に近づく。
その何者かはゴスロリ衣装。髪飾りから垂れる黒い布で顔を隠している。
「誰だ? もうイクサが出たって言っちまったんだが」
シシュンは訂正の文章を打つか迷ったが、ゴスロリが日本刀を振り上げたのを見て携帯はしまった。
かばんに隠した鉈を取り出し全身に力を込める。
「臥薪山の狼」
加速して飛び出し、背後から一撃でゴスロリの頭をかち割る。
ゴスロリはふらふらとよろめき、しかし倒れず踏みとどまった。頭からパラパラと破片がこぼれる。
シシュンは納得した。
「なるほど」
人間じゃない。
人形だ。誰かがどこかから操っている。
人形が日本刀で斬りかかってきたので鉈で打ち返す。日本刀はパキンと折れた。シシュンはそのまま人形の四肢に鉈を叩き込む。一瞬で両手両足を失った人形は地面に転がった。
「他愛無い」
シシュンが壊れた人形に顔を近づけて調べているとどこかから新たにゴスロリ人形が複数やってきた。
新たなゴスロリ人形たちも刀を持っている。
シシュンが3体の人形を倒すがまだ1体残っている。
そこへ少女が飛び込んできて人形を蹴り飛ばした。
白い髪。ドーシャだ。
「イクサは?」
ドーシャが訊く。
「待て、人形だ!」
シシュンが警告すると同時にドーシャは振り返って立ち上がった人形に攻撃しようとし、踏みとどまった。
それより早く人形が縦に真っ二つになった。
人形の後ろに妖刀サンサーラを握ったリンネがいた。
安全を確認するとドーシャはもう一度訊いた。
「で、イクサは?」
シシュンはちょっと困りつつ言う。
「あー、どうやらイクサじゃなかったみたいだ」
「もう、情報は正確に伝えないとダメじゃん」
「だってイクサだと思うだろ。このタイミングでたまたま別の襲撃が起きるとか思わないだろ」
ドーシャがシシュンに文句を言っているとリンネが言った。
「本当に無関係でしょうか?」
「え?」
「シシュンの言うとおりたまたま別の事件が起きるのはおかしいと思いませんか? 黒鉄イクサは卑妖術を見せたことが無いのでしょう? この人形を操っているのがイクサでないと決まったわけではありません」
「けどイクサの戦い方と違い過ぎる。刀を使ってるくらいしか共通点が無い」
ドーシャはリンネの言葉を即否定した。
だが自分で言った言葉が引っかかった。なぜこの人形たちは刀を使っていたのだろう。呪力が無いなら残妖に対して有効ではない。鉄パイプでも持たせたほうがマシだろう。
ドーシャの考えている間にシシュンが言う。
「人形のご主人様に会いに行けば分かることだ」
シシュンは人形についた細い糸をつまむ。
☆☆
高級住宅街。路上。
薄暗い街灯の下、メガネをかけた若い男性は悲嘆に暮れる。油っぽい黒髪に黒い外套、赤い刺繍が入っている。
「僕の人形たちがぁ……。かわいそうなマーガレット、ジョゼ、エリザベス、エイミーぃぃぃ」
ドーシャ、シシュン、リンネが正面に現れる。
メガネの男性はドーシャを睨む。
「こんなひどいことをしてどういうつもりだぁ野蛮人ども」
「うるさい変態。そっちこそなんで人を襲った? 黒鉄イクサとどういう関係?」
「質問には答えないぞぉ。け、警察呼ぶからな」
「警察呼んだら捕まるのそっちでしょ」
ドーシャは呆れるほかない。
と、そこへもうひとりやってきた。
「ドーシャ先輩!」
クシーニだ。
「クシーニ? ついてきたの?」
「置いてくなんてひどいっスよ。あたしだって……」
言いかけてクシーニは変態メガネに気づいた。
「黒鉄イクサじゃない……」
ショックを受けたようにクシーニの口から言葉が漏れる。
ドーシャは変に思った。
黒鉄イクサの出現は『式』に伝えていない。だからクシーニは知らないはずだ。なぜイクサだと思ったのだろう。
「お前は誰だ?」
クシーニが問う。
変態メガネは薄く笑う。
「人に名前を尋ねるときはまず自分から名乗るものでしょぉ? でもいいです。僕はあなたの名前を知っていますから。石塚クシーニさん」
クシーニは全身の毛が逆立つ恐怖を感じる。
「なぜあたしの名前を?」
「次に殺そうと思ってたからですよ。黒鉄イクサに殺される前に」
ドーシャにはさっぱり意味が分からない。
しかしクシーニは納得した。
「そういうことっスか」
「どういうこと?」
ドーシャの質問にクシーニは答えない。
クシーニはかばんから取り出したハンマーを組み立てる。先端に魔石のかけらを取りつけたクシーニの武器、硫槌潰魔。
それからビー玉を3つ転がす。煙を発しクシーニの分身が現れる。
「クシーニ2号!」
「クシーニ3号……」
「…………」
快活な分身と気だるげな分身、そして無口な分身。
クシーニの内の3人が突っ込む。無口な分身だけを残して。
「あ! ちょっとクシーニ!」
ドーシャは慌てる。
「ハイデンレースライン」
変態メガネが素早く左手から白い糸を発射する。それは四方八方に飛び、クシーニよりも遠くの壁や屋根、街灯などにくっつくと変態メガネの左手から切り離された。
糸は収縮する勢いでクシーニを巻き込み空中に磔にした。
「本体から突っ込んでいくのどうかと思うよ? 分身をひとり残しとく意味も分かんないし」
クシーニの戦い方はドーシャからすれば稚拙だ。
リンネがクシーニを縛る糸を切っている間にドーシャとシシュンは変態メガネへと向かう。
変態メガネは両手から糸を連射する。ドーシャは避け、シシュンは鉈で斬り払うがあまりの早撃ちに近づけない。
「任せろ!」
ドーシャが叫んで突っ込んだ。
変態メガネはたちまちドーシャの両手両足を絡めとり宙吊りにする。
「バカみたいな力押しで僕の糸は切れないですよぉ。ふふん」
「誰がバカだ。わざと糸にかかったんだっての。 逆鱗山の雷!」
ドーシャは体から電気を発する。
「ぐわわわわわ」
変態メガネは糸づたいに感電した。顔面から道路に倒れ込む。
*************************************
名前:村雲 八雲
所属:なし
種族:夜蜘蛛の残妖
年齢:20
性別:♂
卑妖術:糸を操る




