第27話 殺戮者
夜。
ドーシャは警護対象を密かに追う。
異常は無い。
ただ、ちょっと困ったことはあった。
「シシュンのやつ、頻繁にメッセージ送り過ぎだろ」
10分おきに何か無かったか聞いてくる。
「初めて携帯持ったから加減が分かんないんだよあいつ」
あまりにもうっとうしいので「何も無いならメッセージ送ってくるな」と返信しておく。
10分後。
またシシュンからメッセージ。
「シシュンに携帯渡したのは失敗だったか……?」
うんざりしつつ一応メッセージを見る。
簡潔な短文。
『リンネがやられた』
☆☆
少し前。
シシュンはメッセージのやりとりが面白くて特に用も無いのに何度もドーシャにメッセージを送っていた。
「何かあったか?」というだけの内容を少しだけ文章を変えて何度も何度も。
そして当然のごとく怒られた。
ショックを受けるシシュン。
「まずかったのか……? 謝ったほうがいいんだろうか? しかし用も無いのに話しかけるなと言われてしまったし……」
少し考え、リンネに聞いてみることにした。
相談できる相手が他にいないし。
リンネ宛てにメッセージを送る。
しかし返事がすぐに来ない。
「まさか何かあったのか?」
30秒も経ってないのにシシュンはそう決めつけた。
ドーシャにも知らせようとしてさっき怒られたことを思い出しシシュンは連絡を入れずリンネのところへ走り出す。
返信が無いくらい普通のことなのだが、今回に限っては正しかった。
☆☆
スラム街。
リンネが遠巻きに見張っているのは金髪に染めた若い男性。
その若い男性がゴミを路上にポイ捨てするのを見てリンネは苛立つ。
「非常に腹が立ちますが……気づかれるわけにはいかないので我慢です」
金髪の男性は狭い道を行き、ハゲた大柄な男性と肩をぶつける。
大柄な男性は腹を立てて胸ぐらにつかみかかるが金髪は細腕で大柄な男性を投げ飛ばす。
残妖の力に自信を持ち利己的に振る舞っている。
さらに道を進むと今度はボサボサ髪の大男が道をふさいでいるのに金髪は気づいた。
金髪はニヤニヤしながらそのまま進む。
が、数歩進んで何かに気づいて止まる。
「お、お前は……」
(知り合い?)
リンネは不審に思った。
「ちゃんと覚えてたようだな。俺の顔を」
ボサボサ髪の男性はニヤリと笑う。その顔には大きな十字傷。
闇の中キラリと光が反射する。
十字傷の男性が刀を抜いたのだ。
「まずい!」
リンネは2人の間に割り込むように飛び込み、十字傷の剣士の刀を布袋に入ったままの妖刀サンサーラで受ける。
金髪は慌てて逃げ出した。
十字傷の剣士は軽くリンネを押して距離を取り、言う。
「さっきからチラチラ見てたのは気づいてた。だから出てきやすいようゆっくり刀を抜いてやった」
「あなたは何者ですか? いったい何が目的でしょう?」
リンネは布袋から刀を取り出す。
「俺は孤高の強さを求める者。わざわざ俺が現れるのを待ってたんだろう? だったら少しは楽しませてくれるんだろうな」
十字傷の剣士が動いた。
一撃一撃が速く、重い。
リンネはかろうじてすべて受けきったが反撃する余裕が無い。
十字傷の剣士は攻撃をやめた。
「若い割に熟達した剣術だな。それにその刀もいい」
リンネは心臓をくれた夜叉の記憶と能力のすべてを受け継いでいる。剣術もそのひとつだ。
「妖刀サンサーラは地獄の鬼の金棒を鋳溶かして打った刀です。人界の武器に負けることはありません」
「いいねえ。俺の刀、阿修羅姫が喜んでる。こいつはそういう神魔の武器を破るために作られたんだ」
リンネは十字傷の剣士の刀の不規則な刃文を見る。いやな妖気の漂う刀だ。
今度はリンネから打ち込むが、十字傷の剣士は余裕で受け止める。
何度も刀を交えるほど十字傷の剣士は動きが速く、重くなっていく。
リンネは理解した。こいつは本気を出していない。遊んでいる。
このままではまずい。
監視対象を助けるためとはいえひとりで飛び出したのは浅はかだった。
距離を取ろうと下がるもそのたびに十字傷は距離を詰める。逃がさないつもりだ。
ついに背が建物の壁にぶつかる。これ以上下がろうとするなら壁を破壊する必要があるがそんなことをしている余裕は無い。
十字傷の剣士の一振りをリンネは受けきれず妖刀サンサーラを落とした。
「まあまあ楽しめた」
十字傷の剣士は笑い、ばっさりとリンネを袈裟斬りにした。
リンネは血を噴水のようにふきだして倒れる。
返り血に濡れる剣士は……さっきまでの笑みが消え悶えていた。
「ぐ、なんだこりゃ」
全身の返り血を服でぬぐい、血を浴びた右目を何度も手でこする。
夜叉の心臓を持つリンネの血液は強酸のごとく物質を破壊する。
威力は低いが目に入れば残妖といえど短時間は失明するだろう。
十字傷の剣士は怒りのままリンネの頭をつかんで持ち上げる。
だがリンネを投げ捨て刀を真横へ振った。
高速で飛び込んできた少年をはじき返す。
少年はよろけながら姿勢を低く鉈をかまえる。高山シシュンだ。
「反応はえーな。リンネの血をたっぷり浴びたくせに。……ん、その傷、まさか」
シシュンは剣士の顔の十字傷を見て気づいた。
「お前は……」
「あーあー面白くねえ。しらけたからもう帰るぜ」
十字傷の剣士は右目をこすりながら堂々と背を向け逃げ去っていく。
シシュンは追うか少しだけ迷った。敵はリンネの血を浴びている。倒すなら絶好の機会ではないか?
すぐにその考えを否定する。その程度で倒せる相手じゃない。
「おい、大丈夫か?」
シシュンはリンネに声をかける。携帯を操作してドーシャにも状況を伝える。
「動けるか? 『逢魔』に治癒能力者がいる」
「平気です」
リンネはゆっくりと上半身を起こした。
「無限の造血能力を持つ私が出血で死ぬことはありません。致命傷となる内臓への傷は避けましたから心配はいりません」
「平気っていうなら別にいいけど」
「ところでシシュン、あの剣士を知っているのですか?」
「知ってるっていうか、有名人だよ。黒鉄イクサ。七凶天だ」
☆☆
「よりによって黒鉄イクサか……」
起きたことを聞かされたドーシャは次の日、改めてシシュン、リンネと喫茶店で集まる。ドーシャとリンネが隣に、シシュンは向かいに座っている。
黒鉄イクサは七凶天のひとり。
中でも特に殺人を好む危険な残妖。
卑妖術不明。剣術のみで圧倒的な強さを誇り、1対1の状況に限定するなら狂少女の次に強いと考えられている。
自らが最強であることを証明すると言ってはばからず、相手が強ければ強いほど喜んだ。
逃亡後は暴力団の用心棒などをしながら各地で殺人を繰り返している。
イクサの愛刀阿修羅姫は戦国時代の狂気の刀鍛冶の作った刀。
刀鍛冶は多くの名刀を生み出したがそれに満足できず、神魔の武器を超えるために自らの家族を生け贄として打った最後の一刀。
「でも敵の正体は分かったわけだし次はなんとかなるって」
ドーシャは前向きに捉えてみたがシシュンの反応は芳しくなかった。
「次って……七凶天狩りを手伝わせる気か? 俺は降ろさせてもらう」
「な、なんで?」
「なんでじゃねーよ。俺が引き受けたのは正体不明の殺人者を狩ること。それは最初からリスクが伴ってた。だけど敵の正体が七凶天と判明した以上リスクの大きさは桁違いになった。危険過ぎる、これ以上はつき合えない。そもそも俺には何の関係も無いことだ」
「……分かった。もともと私の戦いだ。つき合わせてごめんね」
「まさかひとりで戦う気か?」
シシュンは意外そうにドーシャを見る。
「私も手伝います」
リンネが言った。
「力に屈するなら正義の意味がありません」
「ありがとう。でも傷大丈夫? 戦える? 確か心臓以外は普通の人間じゃなかったっけ?」
「心臓が夜叉のものなだけで他が普通と言った覚えはありませんが。全身を流れる夜叉の血はとっくに私の体を別ものに変えています」
「そうなの? じゃあ今後についてだけどまずその前に……」
「待てよおい」
シシュンが呼ぶ。
「あれ? まだなにか?」
きょとんと見るドーシャ。
「……俺も手伝う」
「なんで? さっきやめるって言ったじゃん」
「それはドーシャもやめると思ったから……」
「私はやめないよ? もとから七凶天は全員倒すつもりなんだ。やめるなんてことはしない」
「だったら俺もやる」
「いいの? さっき危険過ぎるとか言ってなかった?」
「俺だけやめたらカッコ悪いだろ」
「それが理由ならやめたほうがいいよ。続かないから」
「ああもう! なんでやめさせるほうに話もってくんだよ。ドーシャが心配だから一緒に行く。それじゃ悪いか?」
シシュンはなぜか横を向いて言う。
ドーシャは不思議そうに3秒くらい考え、
「いいよ。だったら一緒にやろう」
そして微笑んだ。
「それじゃあ話を戻すけど、その前にこっちからも言うことがあって……。今までこれは『式』の任務外の独自活動だって言ってたけど、実は今日から正式な任務になっちゃって」
「急ですね。なぜ?」
「昨日リンネがイクサと戦うよりちょっと前、ある残妖が襲われた。管理局の監視下の残妖のひとり、新宿サクヤ。大企業の社長の息子。怪我ひとつ無かったけどそいつが大騒ぎしたから『式』が動くことになった」
「新宿サクヤ? 確かそいつも七凶天だな」
シシュンが確かめるように訊いた。
ドーシャは頷く。
シシュンの言うとおり、新宿サクヤは七凶天のひとりだ。
振動を操る卑妖術を持ち、12年前多くの建物を破壊した。
顔も名前も判明しているが父親が大企業の社長ゆえに手を出すことができない。
「まあ今は新宿サクヤのことはどうでもいいよ。問題はこいつが『式』に護衛を要求したせいでもうひとり『式』の隊員がこっちに来ることになったこと。さすがにシシュンとリンネを他の『式』に会わせるわけにいかないからさ。とりあえずイクサと戦う時だけ呼ぶからそのつもりで。素性は適当に誤魔化しておく……」
「せんぱーい!」
聞き覚えのある声に呼ばれてドーシャは目を丸くした。
喫茶店の入り口でメガネに学生服の少女が手を振っている。
石塚クシーニ。『式』の後輩。
クシーニはドーシャたちのテーブルにやってきた。シシュンの隣に座ってメニュー表を手に取る。
ドーシャは驚きながら訊く。
「クシーニ、なんでいるの……? まだ学校の時間じゃ?」
「学校は2号に行ってもらってるっス。あ、その話ここでして大丈夫だったっスか?」
クシーニはシシュンとリンネを見ながら言う。2号とは分身のこと。クシーニの卑妖術は分身。
「ああ……うん……まあ……。このふたりも残妖だから」
クシーニは少し目を細めた。
「退魔師っスか? あんまりそういう連中とつるまないほうがいいと思うっスけど。『式』の手が足りてないから見逃されてるだけの犯罪者っスよ。特に風御門ナセなんか誰の依頼でもお金次第で受けるまさに悪党って感じっス」
「俺は別に退魔師じゃ……」
シシュンが口を挟もうとしたのでドーシャはすぐに足を蹴って黙らせる。
「余計なこと言うな」
「蹴ることないだろ」
ドーシャはシシュンを無視してクシーニに話しかける。
「まあまあ、そんな毛嫌いしなくても悪いやつらじゃないからさ。いや、悪いやつらか……?」
「ドーシャ、最後まで自信を持って言ってください」
リンネが少し呆れている。
「あー、とにかく協力くらいはできるでしょ? 仲良くしてよ」
「ドーシャ先輩がそう言うなら……」
クシーニはしぶしぶ頷いた。
予定外のクシーニの来訪だったが、ドーシャは必死に2人の素性を隠してその場をやり過ごす。
理由をつけて一旦2人を帰す。ずっと一緒にいたらいつバレるか分からない。
去るシシュンとリンネ。
しかしドーシャは、クシーニのメガネの奥の瞳が2人を冷たく睨んでいたことには気づかなかった。




