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第26話 敵か味方か

 深山ドーシャは喫茶店でオレンジジュースを飲んでいた。

 今日は一富士二鷹三ナスビの柄の服を着ている。

 夜空のような黒い瞳は窓の外を見ていた。


 鈴が鳴って新しい客が入る。

 すると、店内がざわめく。

 なんだろうとドーシャも失礼にならない程度にちらっと見て、オレンジジュースがむせた。


「ぶふ、げほ、げほ」


 店内に入ってきたのは(みの)をまとった少年。ドーシャも以前会ったことがある。違法残妖組織『逢魔』の残妖だ。


(いくらなんでもその恰好で喫茶店入るかフツー?)


 ドーシャは目を合わせないようにする。

 だが少年は近づいてきた。


「ドーシャ」


 ドーシャは聞こえないふりをした。


「おい、ドーシャ」


 諦めて返事をする。

「なんで話しかけてくんだよ」


「なんで無視するんだよ」


「無視するだろフツーお前自分の恰好おかしいと思わないの?」


「俺はこの恰好に誇りを持ってる。他人にどう思われるかなんて気にしない」


 少年はドーシャの向かいに座った。


「ったく。で、何の用? ええと、なんて名前だっけ」


 少年は露骨に落胆した。


「高山シシュンだ。そんな印象薄いのか俺?」


「ああ、シシュンね。覚えとくよ。で、いったいなに?」


「別に用は無いんだがたまたま見かけたから。何してるんだ?」


「あのなあ、敵に教えるわけないだろ。ここが喫茶店じゃなきゃぶっ飛ばしてるよ?」


「……悪かった。帰るよ」


 シシュンは申し訳なさそうな顔をして席を立った。


「待てよ。帰れとは言ってないだろ」


 ドーシャは引き留める。我ながらなんで引き留めてんだと思う。


「せっかくだしなんか飲み物くらい飲んでけば?」


「こういう店は来たことが無いからよく分からん」


「お前なあ……」


 シシュンと一緒に飲み物を買って教えてやる。


「てかシシュンお金持ってる?」


「当たり前だろ。馬鹿にするな」


 シシュンの懐から汚い小銭がいっぱい出てきた。


(絶対店員に顔覚えられただろうなシシュンのせいで。あーあ)


 シシュンはドーシャと同じものでいいと言うのでオレンジジュースを買う。

 ドーシャはついでに小さなケーキをいくつか買い、半分シシュンにやる。


「別にいらない」


「いいから食え」


「美味いの?」


「知らん。私も初めて買った」


「なんで知らんもの食わせるんだよ」


「ひとりで新しいもの食べても感想を言う相手がいないだろ」


「別にひとりで食って感想言えばいいだろ」


「食ってない相手に感想言っても伝わらないだろ」


 そう言ってドーシャはケーキを撮影。ついでに困惑するシシュンの顔も撮影。

 それから食べ始める。

 シシュンも同じものを食べる。


「めちゃくちゃ甘いな」


 シシュンがひとくち食べてそう言った。


「そう?」


「いつもこんな甘いもの食べてんの?」


「いつも、じゃないな。たまに、くらい」


「ふーん」


「脳の栄養は糖分だけなんだって。シシュンももっと甘いもの食えば私みたいに賢くなれるよ」


「私みたいに?」


「なに? 文句ある? そりゃ小学校中退してるけど」


 シシュンは笑った。

「俺もだ」


「シシュンも? 何年生まで通った? 私2年の途中でやめたんだけど」


「1年の夏でやめた。ああいう場所は性に合わない」


「ふ。じゃあ私のほうが上だ」


 ドーシャは生まれて初めて自分より学歴が下の人間に出会った。


 その後も世間話をして過ごしていたが携帯の時計を見てドーシャが喫茶店を出る準備をする。


「どこへいくんだ?」


「だから敵に教えるわけないって」


 しかしドーシャは店を出る前に考え直した。


「いや、せっかくだし手伝ってもらうか。シシュン、どうせ暇だろ? 一緒にこいよ」


☆☆


 ドーシャは植え込みの陰から下校する学生を見ていた。

 髪をピンクに染めた男子中学生。


「残妖か? いつ捕まえる?」

 シシュンが問う。


「残妖なのは合ってるけど、あの子を逮捕するわけじゃない」


 ドーシャは説明した。


「私たち『式』の仕事は残妖の犯罪者の逮捕だけど、犯罪者でない残妖も管理局は保護している。あの子はそういった残妖のひとり」


「ものはいいようだな。保護という名の監視だろうに」


「それについていちいち議論する気は無いけど。ともかく。管理局の把握してる残妖が最近殺されてる。残妖を殺せるのは残妖しかいない。けど管理局は事件を調査してない」


「残妖が殺されても何とも思っていないということだろう」


「そんなことは……ないとは言えないけど。管理局が放置するなら私が自分でやるしかない。だから個人的に警備してんの。けど通常の任務もあるし1人じゃとても無理。だからシシュンも見回りよろしく」


「なんで俺が」


「だって暇でしょ? アドレス教えるからなんかあったら私の携帯に連絡して。私は別の残妖を見張るから」


「待て。俺は携帯を持っていない」


「はあ? 普段『逢魔』とどうやって通信してんの?」


「通信能力を持つ残妖と超音波を使って会話する」


 随分通信距離が短そうな方法だ。

 ドーシャはため息をついた。


「しょうがないなあ。じゃあ今日は一緒に来い。今度携帯買ってやるから」


 ふたりは男子中学生の監視を続ける。


 シシュンが訊く。

「本当に来るのか?」


「私の管轄地域だけでも30人くらい残妖いるからなあ」


「30分の1か」


「やらなきゃ0%だから」


 2人で男子中学生を尾行していると、どうも周囲の視線を集めている気がする。


「シシュン。やっぱその恰好は目立ちすぎるよ。普通の服着ろ」


「ドーシャだって充分目立つだろその白い髪」


「髪はしょうがないだろ染めろっての?」


「そうは言ってない」


「そこのふたり」

 凛とした声が割って入った。


 ドーシャとシシュンは振り返る。と同時に喉元に細長い布袋を突きつけられる。

 布袋の持ち主はドーシャより少し背の高い少女。オレンジの髪。


「さっきから少年をつけているようですが、何者ですか?」


 淡々と問う。


 この少女、なんか見覚えあるな……とドーシャは思った。

 はっと思い出す。


「鬼城リンネ!」


 ヤクシニーと呼ばれていた野良の残妖。厳密には残妖ではなく夜叉の心臓を移植した人間。

 残妖の子どもを保護していたが保護した中に精神不安定な残妖がいたために子どもたちは死に、守る者を失ったリンネは姿を消した。


「あなたは……『式』の……」


 リンネも思い出したようだ。布袋を引く。おそらく中身は妖刀サンサーラ。


「深山ドーシャ。こっちは高山シシュン」


「俺は『式』じゃないけどな」


「余計なこと言うな」


「『式』も残妖殺しの調査ですか?」

 リンネは訊く。


「リンネも? そんなことしてリンネに何の得が?」


「私が戦う理由は正義です」


「正義って」


「おかしいですか?」


「当たり前だ」

 ドーシャではなくシシュンが答えた。


「正義なんて誰も求めていない。みな求めているのは自分だけ救われることで他人が救われることなど本心では望んでいない」


 リンネは驚いた。

 少し考えて答える。


「求められてなくてもきっと正義は人を救います」


「それよりどうせなら一緒にやらない?」


 ドーシャは提案した。


「犯人を捕まえるにはとにかく人手が足りない」


「私はかまいませんが……たしか『式』は私を指名手配していたはずでは?」


「『式』の隊員には元『逢魔』もいるし犯罪歴はこだわるとこじゃないよ。リンネやシシュンを捕まえるのはあとでもいいわけだし」


「俺のことも捕まえる気なのか」

 シシュンが意外そうな顔をする。


「当たり前でしょ。むしろなんで見逃してもらえると思ったの」


「いや、だって、さっき一緒にお菓子食ったじゃないか」


「それ関係ある??」


「か、関係ないのか……」

 なぜかがっくりするシシュン。


 ドーシャは言った。

「敵か味方かいちいち決めつけないよ私。ほとんどの人間はどっちでもないんだから。今日は一緒に協力できる。でしょ?」


 リンネは力強く、シシュンは呆れつつ頷いた。


☆☆


 服屋。


 まず最初に張り込みをする上で目立ちすぎるシシュンの恰好を何とかしようということになったのだ。


 ドーシャは悩む。


「シシュンだし……竹の柄がいいかなあ」


「その『シシュンだし』とはどういう意味だ?」


「山爺の残妖だし、山っぽいのがいいかなあと思って」


「そういうドーシャも山姥っぽい服着てるわけじゃないだろ」


「こういうのはどうでしょう」


 リンネが熊のキャラクターのプリントされた服を持ってきた。


「いいねそれ!」


「よくねーよ。お前ら俺で遊んでるだろ」

 シシュンは抗議する。


 しかしそもそもシシュンに決定権など無い。わづかばかりの小銭しか持たぬシシュンは服を買うことができず、ドーシャがお金を出すことにしたのだ。ゆえに決定権はドーシャにある。


 ドーシャとリンネはさんざん楽しんだあと、結局緑色に英字がプリントしてある普通の服を買うことにした。


 支払いの直前、シシュンが茶色い帽子を持ってきた。


「これは?」

 唐突なシシュンの行動にドーシャは問うた。


「ドーシャの髪、これで少し目立たなくなるだろう」


 なるほど。きっとシシュンは自分ばかり目立つ扱いをされているのが気に入らないのだろう。


「礼はいらない」


「いや当たり前じゃんお金払うの私なんだから」


☆☆


 いったん2人を連れて自宅に戻りシシュンを着替えさせカバンを渡して鉈をしまわせる。

 ついでに携帯も渡す。リンネにも。

 リンネはもともと普通の人間だったので問題ないが、山育ちのシシュンは携帯の使い方が分からなかった。とりあえずメッセージの送受信だけ覚えさせてあとは触らないように教えておく。


「無駄に疲れた……。けどこれで同時に3人を見張ることができる」


 本来敵の2人を無理矢理巻き込み奇妙なチームがここに誕生した。

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