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第25話 ファイア倶楽部

「今日の読んだ? 葉山かっこいいよね」


「読んだっス。最後の不敵な笑みがよかったっスね」


 県立銀雪高校。

 M県で最も人気の高い高校。


 校門付近で友人と漫画の話をしているメガネっ子は石塚クシーニ。

 M県周辺担当の『式』の隊員。普段はこうして学校に通っている。


「どけどけー!」


 大声を上げながらTシャツのマッチョが走ってくる。その右手は郵便ポストをつかんで振り回している。

 明らかに人間の腕力ではない。残妖だ。


 クシーニは目を細めた。

 戦うにはここは人目が多い。友人の手を握ってこの場を離れようとした。


 マッチョは学校の校門近くで立ち止まる。ぜいぜいと息を切らしている。


「まてー!」

 今度は女子の声。クシーニはその声に聞き覚えがあった。


 白い髪に夜空のごとく黒い瞳。

 深山ドーシャ。

 クシーニにとって『式』の先輩にあたる。


「おらあっ!」


 ドーシャはマッチョに跳び蹴りを喰らわせた。

 マッチョは学校の周囲の壁にぶつかって倒れる。壁の表面がパラパラとはがれた。


 ドーシャはマッチョを踏んづけて立ち、携帯で自撮りする。

 それから管理局に通報してるとクシーニと目が合った。


「あれ? クシーニなんでいるの?」


「それはこっちのセリフっスよ。ていうかここで話しかけないでほしいっス」


 クシーニはドーシャの腕をつかんで倒れたマッチョが見えないくらいに移動する。


「ドーシャ先輩、ここで何してるんスか? ドーシャ先輩の担当地域って結構離れてたと思うんスけど」


「いや、あいつ逃げ足速くて。丸一日くらい追いかけてた」


「それでここまで来たんスか?」


「山姥から逃げきれると思ったら甘いっての」


「さすがっスね」


「まあね~」


 学校のチャイムが鳴る。


「あ、授業が始まるっス。遅刻しちゃう」


「学校なんてやめればいいのに。『式』の仕事の邪魔でしょ」


「あたしは普通の生活を送りたいんス。復讐は明るく楽しく。これがあたしのポリシーなんで」


「まあ、好きにすればいいけど」


「ドーシャ先輩はどうするんスか。まさか歩いて帰るんスか?」


「帰りは公共交通機関に頼ろうかな……。でもさすがに走り疲れたからちょっと休んでからね」


「だったらうちに来るといいっス」


 クシーニはポケットからビー玉を取り出し地面に転がした。

 ポンッと軽い音を立てて煙を発しビー玉はもうひとりのクシーニに変わった。


「クシーニ2号」

 もうひとりのクシーニが自己紹介した。


 これがクシーニの卑妖術、分身である。


 クシーニはドーシャに家の鍵を渡す。


「じゃああたしは学校行くんで。くつろいでていいっスよ」


 クシーニは走り去る。


 ドーシャは2号に連れられてクシーニの家に行く。

 古いアパートの一室。

 ドーシャからすれば小さく狭い。


 比較的物が多い。が、散らかってると言うほどでもない。

 壁にアイドルのポスター。

 テレビの横にゲーム機。

 本棚には少年漫画が多い。


「読んでもいいっスよ」


「いや、今は寝たい」


「そうっスか。じゃあこっち」


 クシーニ2号が奥の部屋の戸を開ける。


 中にはクシーニがいた。

 ドーシャを見ても特に反応は無くただ黙って部屋の真ん中で座っている。


「ああ、この子は留守番だから気にしなくていいっス」


 2号がそう説明し、留守番のクシーニの手を取って部屋から連れ出す。

 留守番クシーニはドーシャとすれ違う一瞬だけこちらを見た。


 ドーシャは遠慮なくクシーニの布団で寝た。


 目が覚めると午前6時。

 完全に朝だった。


「あ、起きたっスか」

 クシーニが声をかける。


 ドーシャの目に映るクシーニは4人。別に寝ぼけているわけではなくこれが分身によるクシーニの最大人数。


「ごめん爆睡してた」


「別にいいっスよ。先輩の寝顔は見てて飽きないっス」


「なにそれ」


「無警戒で、油断しきった、そんな顔。昔はあたしもそんなふうに……いや、やっぱいいっス」

 クシーニはやめた。


 ドーシャはクシーニの過去を知っている。だから追及はしない。


 ドーシャとクシーニはトーストと目玉焼きの朝食を食べる。

 その間、一方的にクシーニは分身を使って話しかける。


「ドーシャ先輩、せっかくだからあたしのお仕事手伝ってくれませんか?」


「ん、むむ?」


「あたしの学校、残妖がいるっぽいんスよね」


 ドーシャは口の中のものを飲み込む。


「そう言われても。ひとりで戦うのが『式』の基本だし。無理そうなら上に頼んでよ」


「確定情報が無いんで上に言っても却下されるっス。調査して増員呼んで……って面倒踏むよりドーシャ先輩が今手伝ってくれたらすぐ終わるっス」


「うーん」

 家に泊めてもらって朝ごはんまでご馳走になっているので断りにくい。


 クシーニはいけると思ったのか説明を始めた。


「うちの学校の女子が何人か集まって魔術ごっこをやってたらしいんスけど、最初はコックリさんとかそんな程度だったのがあるときから炎の魔法が使えるようになったとか」


「魔法使いじゃなくて残妖だろうね」


「はい。まあそれだけなら大したことないんスけど噂によるとメンバー全員が炎の魔女らしいんス。確率的に複数残妖が集まることはほぼ無いはずなんスけど」


 ドーシャは考える。

 似たようなことは前にもあった。

 百鬼夜行の七神、呪い殺しのツバキがヤマタノヲロチの頭骨を使い残妖を増やしていた。

 これもそうかもしれない。


「しゃあないなあ」


「やった」


☆☆


 放課後。

 打ち合わせどおりドーシャは銀雪高校に忍び込む。

 高さ2メートルの壁も残妖なら簡単に跳び越えられる。


 教室でクシーニと合流。


「ドーシャ先輩、うちの制服似合ってるっスよ」


「なんか恥づかしいなあ。みんなジロジロ見てくるし」


 ドーシャはクシーニの制服の予備を借りていた。


「それは見慣れない生徒がいるからっスよ。けど堂々としてればバレないっス」


「そうかなあ」


 クシーニと一緒にいると多少は怪しむ視線も減ったが、やはり気になる。


「本題っスけど、捕まえてほしいのは『ファイア倶楽部』」


「『ファイア倶楽部』?」


「オカルト同好会の4人のことをそう呼んでるっス。

 ホムラ、ヒヅミ、モエ、カホ。

 生き物のように動く炎で気に入らない相手を脅してるらしいっス。あっ」


 クシーニはドーシャを引っぱって廊下側を向かせる。


「『ファイア倶楽部』っス。先頭を歩いてるのがホムラ。『ファイア倶楽部』のリーダーっス」


 女子生徒の群れが廊下を歩いている。

 ホムラは背が高くシルバーのアクセサリーをいくつかつけている。不機嫌な表情で周囲を威圧している。


「うーん、もっと悪役令嬢っぽい見た目かと思ったのに」


「ドーシャ先輩、その感想は意味分かんないっス」


 ドーシャは気づいた。

「あれ、5人いるけど?」


 『ファイア倶楽部』は4人。だがどう見ても5人いる。


「真ん中はC組のシオリっスね」


「『ファイア倶楽部』の新メンバーだったり?」


「いや……おそらく今日の生け贄かと」


 シオリは『ファイア倶楽部』に囲まれて怯えている。


 ドーシャは席を立った。

 クシーニが腕をつかむ。


「待ってください先輩。4人全員を相手にするのは危険っス。それにここじゃ人目につき過ぎるっス」


「見捨てるの?」


「『ファイア倶楽部』も学校で大きな事件を起こすつもりは無いっス。脅された生徒はいても実際に火傷を負わされた生徒はいないんス。だからここは落ち着いて……」


 ドーシャはクシーニの手をそっと振りほどいた。

「じゃあクシーニはここで見てていいよ。私ひとりでやる」


 ドーシャは廊下に出た。


「やい、『ファイア倶楽部』!」


 5人が振り返った。


「……誰?」


 『ファイア倶楽部』は見覚えの無い相手に困惑している。

 そこへクシーニがドーシャを追って廊下に出る。


「もう、どうなっても知らないスよ先輩」


 『ファイア倶楽部』の視線は知っているクシーニに向く。


「石塚ァ、何のつもり?」

 『ファイア倶楽部』のヒヅミが吠える。


 クシーニではなくドーシャが答えた。

「その子いやがってるじゃん。放してやりなよ」


「はあ?」


 ヒヅミはバカにしたように笑う。


「いつシオリが嫌だって言ったの? ねえシオリ?」


 ヒヅミはシオリに問いかけるがシオリはうつむいたままだ。

 ヒヅミは勝ち誇ったように笑う。


「ほら」


 ドーシャは答えずヒヅミに歩み寄る。


「なによ」


 無言のままドーシャはヒヅミの手首をつかんだ。そのまま強く握る。


「ぎゃああああああああ!」


 学校中に響くような悲鳴を上げてヒヅミはうずくまる。握られた手首は折れている。

 『ファイア倶楽部』の3人に戦慄が走る。

 一方ドーシャも予想外のことに驚いていた。


「残妖じゃないな……」


 残妖の強さには大きなバラつきがあるがここまで脆いと普通の人間としか思えない。


「クシーニ、残妖だって言ったよね?」


「噂を聞く限り間違いないと思ったんスけど……」


「まあいっか。間違えて普通の人間をやっちゃうことはよくあることだし」


「いやそんなには無いっスよ!」


 悲鳴を聞いて人が集まり始めた。


「ドーシャ先輩ヤバイっスよ。あ、何勝手に撮ってるんスか! 撮影禁止!」


 生徒の何人かが携帯で撮影を始めたのでクシーニが妨害する。


 ドーシャも早く片づけたほうがいいなと思い始めた。


 軽く掌底をモエの胸に入れる。モエは激痛に胸を押さえて倒れる。


「こいつも残妖じゃない」


 ドーシャから見て一番奥にいたホムラが前に出た。


「あなたもなのね」


 シルバーのアクセサリーをちゃらつかせて意味ありげに右手をかかげる。


「ケチ」


 ホムラがそう唱えると虚空に火の玉が生じ、回転しながらドーシャ目がけて飛んでくる。


 (イタチ)は火災の前兆としてケチと一度だけ鳴くと言われる。


 ドーシャはあえて両腕で受けた。


「あっつ。本物の炎だ」


 どうやら残妖はいたらしい。


 ドーシャが平然としているのを見てホムラも驚く。


「……ケチ」


 炎がホムラの周囲を舞い、集合して巨大な鼬を(かたど)る。強い熱波に火災報知器が鳴り響く。


「おおごとにするのやめてくださいっス!」


 クシーニの悲鳴も火災報知器でよく聞こえない。


 火炎の鼬が走った。


「鮫々山の水流!」


 ドーシャはすかさず手のひらから水流を放った。火炎と水がぶつかり水蒸気が広がる。

 水蒸気の霧の中を火炎の鼬が突き抜けてきた。その姿はかなり小さくなっているがまだ本物の鼬くらいの大きさはある。それはドーシャの体に直撃した。


「ドーシャ先輩!」


「平気!」


 肌は焦げたが大したダメージじゃない。


「鼬の火遊びが山姥に効くか!」


 ドーシャの強気な姿にホムラは狼狽える。

 その隙を逃さずドーシャは接近して蹴りを入れる。ホムラは廊下を転がって、もう立ち上がることは無かった。ぴくりともしない。


「こいつも……残妖じゃない」


 ドーシャもさすがにおかしいと感じた。

 残妖じゃないならさっきの炎はどこから出てきたんだ? 手品か? 残妖の疑いのある人物を調査した結果ただの手品師だったことは珍しくは無い。だが、もうひとつの可能性がある。

 ドーシャは『ファイア倶楽部』の最後のひとりを見た。


 小柄なカホ。

 こちらを睨んでいる。


 ドーシャはカホに向かって走った。同時にカホの周囲に火炎の鼬が3匹生まれドーシャに飛びついてくる。

 火炎の鼬を殴り飛ばして粉砕しカホの胸ぐらをつかむ。途端にカホの体が火に包まれた。


「そんな虚仮脅(こけおど)しが今さら通じるか!」


 ドーシャは気にせずカホを床に叩きつけた。衝撃に床が割れる。カホは胃液を吐いて気を失った。


 水蒸気の霧を抜けてクシーニがドーシャのそばに来る。

 ドーシャはクシーニに説明した。


「残妖はひとりだ。仲間に合わせて炎を操ることで隠れてたんだ」


「ドーシャ先輩、いいから早く逃げてください。あとはなんとかしとくっスから。いやなんとかなる気がしないっスけど」


「分かった。あとはよろしく」


 ドーシャは窓を破って脱出した。


☆☆☆


「ただいまっス~」


「おかえり~」


 ドーシャはクシーニの家で家主を出迎えた。


「どこで待とうか困ったんだけど分身が家に入れてくれて助かったよ」


「あの後大変だったっス。救急車呼ぶフリして管理局に連絡して。情報局に隠蔽工作してもらって。めっちゃ文句言われたし。蒸気のおかげでほとんど撮られてないっスけど。しばらくドーシャ先輩と一緒のお仕事はしたくないっス」


 クシーニの顔には疲労の色が濃い。


「あはは。ごめん」


「まあ飽きなくていいっスけど。カホは『治療所』行きっスけど表向きは転校ってことになるっス。ほかの3人は記憶を消して元通りになるっス」


「元通り? どういうこと?」


「どうもこうも。3人は残妖じゃないんスからあたしらの管轄じゃないっス。火遊びはできなくなるから前よりは大人しくなるんじゃないっスか?」


「4人は全員で同じことやってたんだよ。なのに1人だけ捕まってあとは野放しなの?」


「火を操ってたのは常にカホひとりっス。4人全員が同じことやってるつもりでも罪の重さは同じじゃないっス」


「なんか納得いかない」


「それに……人間と残妖は違うっス」


「残妖は人間だ」


 ドーシャの言葉にクシーニはしばらく無言でドーシャを見た。


「…………。どっちにせよ、あたしらがここで何言っても変わらないっス。『ファイア倶楽部』も、『式』も、この世界も」


 疲れた笑いを浮かべるクシーニにドーシャは何も言えなかった。


「じゃあもう帰るね」


 ドーシャはなぜか両手にいっぱいの袋を持って家を出る。中身は漫画本。クシーニに読めと渡された。


「急いで読む必要は無いっスから。じっくり読んでくれていいっス!」


「ありがと。今度来たら私の持ってるの貸してあげるね」


 クシーニは明るくていい子だ。

 それだけに留守番していた分身がドーシャは気になった。

 本体が帰ってくるまでずっと一緒にいたが最後まで一言もしゃべらなかった。

 分身と本体って性格が違うものなのだろうか? 分身を扱う残妖を他に知らないからよく分からない。


 ドーシャが帰った後の家にはクシーニと留守番クシーニの2人が残る。

 留守番クシーニは相変わらず無言。

 クシーニは留守番クシーニに話しかける。


「ドーシャ先輩は……良い残妖っスよ」



*************************************


 名前:(ホムラ)

 所属:県立銀雪高校『ファイア倶楽部』

 種族:人間

 年齢:18

 性別:♀


 名前:火泉(ヒヅミ)

 所属:県立銀雪高校『ファイア倶楽部』

 種族:人間

 年齢:17

 性別:♀


 名前:(モエ)

 所属:県立銀雪高校『ファイア倶楽部』

 種族:人間

 年齢:16

 性別:♀


 名前:火穂(カホ)

 所属:県立銀雪高校『ファイア倶楽部』

 種族:鼬の残妖

 年齢:16

 性別:♀

 卑妖術:火を操る

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