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第24話 遠呂智は目覚めず

 旅館の従業員が髪の毛で縛られ床に転がされている。

 旅館の主人は縛られた上にさらにドーシャが馬乗りになって首元に包丁を押し当てている。


「な、何の真似ですか? こんなことをして」


 フユヒ隊長が部屋の鍵を主人の顔の前に投げ捨てた。

「先に仕かけたのはそちらでしょう? 魚人が部屋の鍵を持ってましたよ」


 主人は青ざめた。

「し、知りません」


「とぼける気ですか? マジ困りますね。情報局と違って手荒い尋問になりますよ?」


「言え! 言え!」

 ドーシャが腕をひねり上げる。


「痛い痛い痛い痛い! 言います!」


「おう早く言え」


 ドーシャは手を離した。主人が喘ぐように言う。


「あ、あの魚人たちは、私どもの先祖です」


「先祖~?」

 ドーシャは全く信じていない。


「魚人はもともとは千年前にこの鱗海町にやってきた漁師です。あるとき船が転覆し、海の底でヲロチの魔力に助けられ魚人となったのです。魚人はヲロチの封印を破壊することを条件に永遠の命を得ました。しかし、ヲロチの魔力を持つ魚人には封印の女神像を破壊できず、今も海をさまよっているのです」


「なんで私たちを襲った?」


「あなたたちが、封印を守ろうとしていたから……。今、町にはヲロチの封印の破壊を目論む邪悪な人間たちがいます。凶暴で近づくことも困難ですが、うまく誘導すれば封印を破壊できるかもしれない。そんなときに邪魔されたくなかったんです」


「『逢魔』か。そいつら今どこにいる?」


「向かいの旅館に……」


「近いな!?」


「カチコミに行きますよドーシャ」


 フユヒが氷の槍を作り出す。

 ドーシャも立ち上がる。


「あ、もうひとつ聞いとくけど、ツカサって子は何?」


「ツカサ? ツカサは私の子ですが……もう何百年も前に死にました。なぜツカサのことを?」


「えっ」


 ドーシャはびくっとした。


「じゃあ、私たちが見たのはお化け?」


「山姥がお化けに驚いてどうするんです?」


「隊長はもっと驚いて! ナセだって怖いでしょ?」


「うちはちゃんと依頼料払ってくれるんならお化けでもかまへんよ」


「ええ~?」


「騒いでないで早く行きますよ」


「ええ~」


 旅館の人間を縛ったまま3人は騒々しく出ていった。



「あ……あ……」


 うめき声を上げて旅館の従業員たちが溶けていく。


「ヲ、ヲロチ様。秘密をしゃべったことをお怒りなのですか? お許しください。我々はあなたの魔力が無ければ生きていけない体……」


 旅館の主人もすぐに泡と溶けて消えた。


☆☆


「おらあカチコミじゃあ!」


 『逢魔』の連中が泊っている部屋のドアを蹴飛ばして上がり込む。


 蓑をまとった残妖、高山シシュンが目を丸くして驚いている。


「ド、ドーシャ? なぜここに?」


 首領のヌルは表情を変えない。


「霜月フユヒ。本当にしつこいなお前は」


 フユヒはまず氷の槍をぶん投げてから答える。

「お前が逃げ回らなければしつこくしないですよ」


 ヌルは槍をかわして立ち上がる。


「アルト、バン、チョコ。曲者どもを始末しろ」


 ヌルは部屋の隅にいた3人の子どもに命令した。


「な……!」


 驚いたのはドーシャたちよりもシシュンだった。

 この子どもたちがフユヒと戦えるレベルに無いのは分かっている。首領のヌルさえフユヒと戦うのをさけるほどだ。

 当のヌルは窓を破ってさっさと逃げている。完全に捨て駒だ。


 シシュンはどうするか一瞬迷ったが、子ども3人が自信満々に突撃していったのを見て諦め逃げることにした。ぐずぐずしていたら自分も捕まってしまう。


 子どものひとりが風船のように体を膨らませ始めた。部屋を埋め尽くし破壊する。

 ナセが髪の毛で縛り上げる。苦しみつつも巨大な体でナセを押し潰そうとするが容易く吊り上げられてしまう。ナセが首を絞めると気を失った。


 子どものひとりが冷気を放った。突然真冬になったのように気温が下がり猛吹雪が襲う。

 が、フユヒが睨むとさらに気温が下がる。子どもは凍えてうずくまる。


「こんなあったかい吹雪で私は倒せないですよ」


 子どものひとりが両手の爪を伸ばしてドーシャに襲いかかる。

 ドーシャが両腕で爪をはじくと爪は全て折れた。


「山姥の体は山そのものだ。犬っころの爪で傷つくほどやわくない」


 子どもはそれでも噛みつこうとしてきたので顔面にカウンターパンチを叩き込んでKOした。


「逃げ足だけはマジ早いですね」


「隊長、あいつらヲロチの頭骨を探しに戻ってくると思います?」


「私と会った以上もう戻ってこないと思います。仮に戻ってきてもヌルは封印を解く方法を知りません。情報局の監視だけで充分でしょう」


「ほなうちもお仕事終了でよさそうやな」


 翌日には鱗海町の住民はみな泡と溶けて消えていた。

 あとからやってきた研究局は海底のヲロチの頭骨を見つけることはできなかった。


☆☆☆


 光差さぬ暗い部屋。しかし残妖にとって闇は闇ではない。

 青い唇の男性が粗末なイスに座って机の上の猫のキャラクターのぬいぐるみを撫でている。


 蓑をまとった残妖、シシュンが部屋に入ってきた。

「ボス、あのガキども全員捕まりましたよ」


「戦うところを見たか?」


「少しだけ。実力差にも気づかずイノシシみたいに突っ込んでいきました」


「そうか」

 ヌルは満足げに笑った。


 シシュンは苛立ちを感じる。


「あいつらが勝てないのは分かってたはず。捨て駒にするために連れて行ったんですか?」


「無論。やつらはヲロチの頭骨の力で無限に生み出される兵隊に過ぎない。俺たち本物の残妖とは違う」


(バカな……)

 シシュンは声には出さなかった。


『あいつは人間じゃない。化け物の子だ』


 シシュンが幼き頃によく言われた言葉だ。


(人間の社会から追い出された俺たちが、今度は別の者を爪弾きにするというのか。それじゃ人間と変わらないじゃないか……)


 シシュンはそっと部屋を出ていった。


 ヌルは暗い部屋でひとり考える。


「S内海の頭骨は手に入れられなかったが研究局も封印を破れていない。ひとつの頭骨にこだわる必要は薄い。重要なのは『式』に勝つこと。つまり、『式』より多く頭骨を手に入れることだ」



*************************************


 名前:灰汁村(あくむら) 或人(アルト)

 所属:違法残妖組織『逢魔』

 種族:人面犬の残妖

 年齢:11

 性別:♂

 卑妖術:爪が伸びる


 名前:坂東(ばんどう) (バン)

 所属:違法残妖組織『逢魔』

 種族:震々(ぶるぶる)の残妖

 年齢:11

 性別:♂

 卑妖術:冷気を操る


 名前:蝶川(ちょうかわ) 千代子(チョコ)

 所属:違法残妖組織『逢魔』

 種族:寝ぶとりの残妖

 年齢:11

 性別:♀

 卑妖術:体が膨らむ

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