第23話 呪われた海
ゴミの浮かぶ汚い海。
まだ海水浴には早い季節なのだが、蓑をまとい民芸品のような仮面をかぶった少年が海辺でじっと座っている。
違法残妖組織『逢魔』の残妖、高山シシュンだ。
シシュンの視線の先には3人の子ども。男子2人に女子1人。全員小学生くらいの年齢。
3人は砂浜で砂をかけあったり追いかけっこをして遊んでいる。
「ったく、遠足に来たんじゃないっての」
シシュンは不平を洩らす。
『逢魔』首領の六文ヌルが突然シシュンに世話を押しつけてきたのがこの子どもたち。
ヤマタノヲロチの頭骨の魔力で作り出した人工残妖の試作品らしい。
「なんでガキなんだよ」
ちゃんとした大人を残妖に変えたほうがしっかりした戦力になるだろうに。
朝日が昇り明るくなった頃、海中よりひとりの男性が姿を現した。
長身長髪に青い唇。六文ヌル。水着姿だ。
ヌルが手を振ると体の表面の水分が全て分離し宙に浮いた。水は海へと捨てられる。
シシュンが訊いた。
「ボス、どうでした?」
「どれだけ探しても見つからん。なにか仕掛けがあるのかもしれん」
「ヤマタノヲロチの首はスサノヲの神が封印したって話ですからねー」
「神などいないし、無敵の封印も無い。現にヲロチの頭骨の1つは我々の、もう1つは人間の手に落ちた。この封印も破れるはずだ」
「そうですか」
シシュンはやる気の無い返事を返す。
シシュンは山爺の血を引く残妖なので海は苦手だ。絶対潜るつもりはない。
頭骨を手に入れる手段が見つからず手をこまねいているとぺと、ぺと、と足音が聞こえた。
シシュンは鉈を持って立ちあがる。
人?のようなものが十数人。シシュンたちを囲んでいる。
「なんだこいつら」
謎の集団はどこを見ているのか分からない虚ろな目と緩慢な動きでじわじわ近づいてくる。
ヌルが命令した。
「始末しろ」
その言葉を聞くやいなや3人の子どもが飛び出して謎の集団に襲いかかる。
謎の集団はあっけなく血祭りにあげられた。
シシュンの目から見て3人の人工残妖は強くない。こうもあっけなく倒される謎の集団はほとんど普通の人間と変わらないだろう。
逃げ始めた謎の集団に追い打ちをかけ殺しまわる。
「俺が一番多く殺した!」
「僕のほうが多い!」
「うちだっていっぱい殺した!」
3人は楽しそうに競っている。
「遊び感覚かよ」
シシュンは人間を憎んでいるがこんな戦い方はしない。この子どもたちはただ強い力を振るいたいだけだ。
「こんな子ども本当に役に立つんですか?」
しかしヌルは薄く笑っていた。
☆☆☆
ドーシャとフユヒ隊長はさびれた駅で電車を降りる。
鱗海町。S内海沿岸の小さな町だ。
ドーシャはフユヒの手を引いて改札を通る。こうやっていつも誰かにやってもらうのでフユヒは電車の乗り方を覚えない。
一度「いいかげん覚えてください」と言ったら「覚えなくてもどうにかなることは覚える必要が無いんです」と言い切られてしまった。
電車が去る。
ドーシャはとりあえず写真を撮る。
風景写真を撮って、それから自分とフユヒのツーショット。フユヒ隊長はアイスクリームを食べている。まだ涼しい季節だがフユヒは雪女の血を引く残妖なので冷たいものを好む。
ただアイスクリームを食べ続けるフユヒを横にドーシャは地図を調べる。フユヒは戦闘以外では全く役に立たない。
ぺと、ぺと。奇妙な足音が聞こえた。
ドーシャはそちらを見てぎょっとする。
足音の主はスーツに裸足の男性だった。それだけでもだいぶ奇妙だがハゲかかった頭に視線の合わない虚ろな目、両手を前に伸ばしてまるでゾンビだ。
ドーシャが怯えているとゾンビが緩慢な動きから突然全力ダッシュしてきた。
ドーシャは焦った。
(反撃しなきゃ。でも普通の人だったら? いや、こんな人は絶対普通じゃない。普通じゃないけど、残妖じゃなかったら問題だ。とりあえず逃げる? でも残妖だったら反撃したほうが……)
迷うドーシャの横を氷の槍が通過した。
氷の槍がゾンビの肩を貫通して松の木にゾンビを縫い留めた。
フユヒがためらいなく槍をぶん投げたのだ。
「た、隊長……。一般人だったらどうすんですか」
「ドーシャ。優しさは捨てなきゃマジ長生きできないですよ」
フユヒはまだアイスを舐めている。
肩が凍って動けないゾンビに近づきドーシャは尋問する。
「お前何者? なぜ私たちを襲った?」
「あ……あ……」
ゾンビは呻き、そして……肩が外れた。
「うわ」
ドーシャは慌てて距離を取る。
片手と肩を失ったゾンビは地を這い……溶けていった。あとには服と泡しか残らない。
「なんだこれ。気持ち悪い」
「魚人だよ」
新たな声。ドーシャたちは振り返る。
海岸に少年が立っている。10歳にも満たないであろう。
「魚人? このゾンビが?」
「ふふ、ゾンビ? 近いかも」
「君は誰?」
「僕はツカサ。お姉ちゃんたち、ヲロチの首を取りに来たんだろ?」
ドーシャは少年を警戒する。フユヒにいたっては片手に氷の槍を握っている。
「おとなしく帰ったほうがいい。魚人の仲間になりたくないなら」
「そういうわけにはいかない。ヲロチが『逢魔』に渡ればまた大きな犠牲が出る。ツカサ君、知ってることがあるなら教えて」
「ヲロチの封印は解いちゃダメだ。ヲロチはまだ死んでない。たとえ骨だけになっても……」
ツカサは岩陰に消えた。
ドーシャが探すがもういない。隠れる場所は無いはず。まさか海に飛び込んだのだろうか。
☆☆
ドーシャたちは町の旅館に行き荷物を置くと、ちゃぶ台を囲んだ。
「ヲロチの頭骨は海の底に沈んでいるという話ですが、私たちは潜ったりしません。海中で河童野郎と出くわすとマジ勝ち目が無いからです」
「だったらキジャチ(タテオベスの残妖)連れてくればよかったのに。人選ミスじゃない?」
「キジャチがいたところでヌルには勝てません。なのでヲロチの頭骨を取りに来たヌルを地上で倒します。まあそれもヌルがまだヲロチの頭骨を手に入れてないこと前提ですが」
「何日か出遅れてるからなー。無駄足かも」
「まだだいじょぶやよ」
部屋のドアが開いて長い黒髪に浴衣の少女が入ってきた。
ドーシャはその少女を知っている。
「風御門ナセ! なんでここに?」
ちなみに古い旅館なのでオートロックなど無い。あってもナセなら髪の毛を使って開けられるが。
「声が聞こえたから」
「いや、だから、なんでここに?」
「うちもここに泊まっとんよ。お仕事で」
ずかずか部屋に上がり込んで一緒にちゃぶ台を囲む。
「仕事?」
「小っちゃい坊やが『ヲロチの封印を守ってくれ』ってな。最初は相手にせんかったんやけど、両手にいっぱいの真珠を出されて、依頼料払えるんやったら受けんわけにもいかんから」
「それってツカサって名前の子?」
「あー……確かそんな名前やったな。契約書はここに無いから確認できんけど」
「やっぱりあの子は何か知ってるようですね」
フユヒはドーシャに言った。
ナセが携帯を出す。
「で、これがその子の言うヲロチの封印」
携帯には石像が映っている。40~50代のふくよかな女性の像。
「実はうちもさっき来たとこでちょっと前に確認したばっかなんやけど。坊やの言葉を信じるならこれが無事なうちはだいじょぶよ」
「つまりこれを破壊すればヲロチの頭骨を手に入れられるということですか」
フユヒ隊長がそう言った。
「うちのお仕事の邪魔せんといてよ」
「そのつもりは無いから大丈夫です。重要なのはヌルを捕まえること。最悪でも『逢魔』に渡さなければいい。研究局が頭骨を欲しがってるのは私たちにはどうでもいいことです」
(いや、任務はヲロチの頭骨の確保だ。ヌルの捕縛こそ優先順位が低い。けど、隊長に言うことを聞かせられるものなど『式』にはいない……。そして、命令に従わないからこそ隊長のことは信頼できる)
ドーシャは心の中で隊長に同意した。
3人で話し合っていると日が暮れてきた。
ぺと……ぺと……。
「この足音……」
3人は半立ちになって警戒する。
ドアノブががちゃがちゃ音を立てる。ナセが入ってきたときに鍵をかけていた。しばらく音がやみ、今度はカチャリと音がして鍵が開いた。ドアノブが回る。
フユヒが氷の槍を投げた。ドアを貫通し、ドアの向こうの何者かも貫き、衝撃にドアごと吹き飛ばし倒す。
外れたドアの向こうにまだ数人ゾンビ……、いや、魚人だったか、がいる。
ナセが髪の毛で縛り、引っ張り、床に投げつける。
窓のほうからもぺとぺとと魚人が入ってこようとしている。
「鮫々山の水流!」
ドーシャが手から水しぶきを放ち魚人どもを吹き飛ばす。
瞬く間に魚人は全滅した。
ドーシャは魚人たちを尋問しようと思ったが、また魚人たちは溶けてしまう。
ナセがうんざりしたように言う。
「うわきったな。髪が汚れてもうた。もっぺんお風呂行かな。ドーシャも行く?」
ドーシャではなくフユヒ隊長が答えた。
「お風呂はあとにしてください。もうひと働きする必要がありそうです」
フユヒは魚人が溶けたあとから部屋の鍵を拾った。




