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第22話 解き放たれた化け物

 雨漏レインは生まれついての残妖だ。

 小さなころから生き物を殺すのが大好きで、虫を踏み、トカゲをちぎり、猫を潰し、犬を引き裂いたあたりで両親から外出を禁じられた。

 レインは素直に従った。

 生き物を殺すのは楽しいけれど我慢できないようなものでもない。

 ただ、なぜ殺してはいけないのかいつまで経っても理解できなかった。

 それでもずっと両親に従順であった。

 レインは自分の生き方を自分で考えることができなかった。


 今日、影代リョウヤがやってきて両親を殺した。

 リョウヤは死んだ両親より自分の言うことを聞けと言う。


 レインにとってリョウヤは新しい飼い主になった。

 リョウヤは人間を殺す。久しぶりの血と屍だ。胸が高鳴る。

 そしてリョウヤは最期にレインを自由にした。

 これからは好きに殺して良いらしい。

 レインを縛るルールは取り払われた。


 目の前には大勢の残妖。

 殺すのは好きだが殺されるのは好きでない。

 レインは逃げた。


 そして少し離れた市街へと紛れる。

 もう日が暮れた。

 帰宅途中の会社員や遊ぶ学生でごった返す。

 獲物が豊富だ。

 ビニール傘を振って人間をバラバラにする。

 最初はみんな何が起こったか分からない。夜の暗さも味方する。

 それでも何人か殺せば人が逃げ出す。

 死体で遊んだり生きてる人間を追いかけるレインは目立つ。ようやくレインが殺していると人々は理解した。


 逃げる人間も逃げるアリも変わらない。

 残妖であるレインからすれば自動車でも容易く追いつける。

 追いかけては殺し、追いかけては殺す。

 殺す生き物は大きければ大きいほど面白い。けれど自分より小さな子どもが目に入った。たまには小さいのも面白いかもしれない。

 蛙が跳ねるみたいに一気に距離を詰め、ビニール傘を振りかぶる。


「ぷぎゅ!」


 レインは横っ面に強い衝撃を受けて道路を転がった。

 ビニール傘を地面に突き刺して止まろうとするが一切の抵抗なく地面を破壊してしまうため何の支えにもならない。

 道路に大きな裂け目を作ってレインは大の字に倒れた。


 ぴょこりと体を起こす。

 自分を蹴り飛ばした者が目に入った。


 殺し損ねた子どもを抱える残妖。

 その白い髪と夜空のような黒い瞳には見覚えがあった。

 まさか追ってきたのか。


 もう一匹が不意討ちをかけようとしているのにレインは気づいた。

 看護師姿の残妖が巨大なハサミを振り下ろす。

 今度は喰らわない。レインはビニール傘でハサミを払う。ハサミは粉々に破壊された。


「うわ」


 看護師は慌てて下がる。レインは追いかけビニール傘を振るう。それはよけられたがさらに追って距離を詰める。もう少しで殺せる。


 しかしそこでレイン目がけて鋭利な氷の塊が飛んできた。いわば氷の槍。レインはビニール傘をそっちに向けて開いて防ぐ。その間に看護師は遠くへ逃げてしまった。


 透明なビニール傘の向こうに水色のポニーテールの長身の女性。

 おそらくこいつが一番強いだろう。


 全部で3人か。

 こいつらはレインを狩りに来てる。理由は分からないがそれだけは理解した。敵だ。


「あー、ハサミ無いと私戦えませんけどー」


「しょうがないですね。サーヤも市民の救助に回ってください」


 隊長に言われて看護師はこの場を離れる。

 助けた子どもを離れた場所に逃がしてドーシャは戻ってきた。


「影代リョウヤが連れてた子だ。なんでこんなことを」


 フユヒ隊長が答える。

「生まれつきの性質でしょう。ここまで幼く強い力を持つのは12年前の狂少女以来ですが」


 狂少女は七凶天のひとり。当時6、7歳ほどでありながら推定1万人以上を殺害した。


「あのビニール傘には触れないほうがいいでしょう。サーヤと同じタイプの卑妖術だと思いますが完全にサーヤの妖力を上回っています」


 サーヤはハサミで物体を切断し、なおかつ傷つけずに元に戻すことができる。相手を殺さずに無力化するのに便利な卑妖術だ。レインはそのサーヤのハサミをビニール傘で粉砕した。


「ドーシャは援護をお願いします」


 フユヒ隊長は氷の槍を作り出しレインに挑む。


 氷の槍の打ち込みをレインが傘で防げば、バチッと音を立て、槍の穂先は一瞬で塵と変わる。

 氷はフユヒの妖力で成長しすぐに元の大きさに戻るがレインは突き進む。武器の能力差にものを言わせて押し切るつもりだ。

 傘の届く間合いに入りレインが浅く傘を振りかぶった瞬間フユヒは槍を持つ手を持ち替え自由にした右手を素早く振った。

 レインの目にはキラリとした光の反射しか見えなかったそれはレインの胸に浅く突き立った。

 非常に薄く小さな氷のナイフだった。


 通常これほど薄い氷では残妖どころか普通の人間にすら刺さらないがフユヒの氷は違う。

 フユヒの卑妖術は絶対零度を作り出せる。熱とは分子の振動であり、絶対零度では物質は完全に停止する。完全なる停止とは形が変わらないということであり、つまりあらゆる物質より硬いということだ。


 フユヒはレインの攻撃する隙を狙って瞬時に作り出し手裏剣のように投げた。

 レインは驚いたが追撃する氷の槍を傘で破壊して逃げる。

 距離を取って胸に刺さった氷の刃を抜く。氷を濡らす自分の血をレインは眺める。レインは自分の血を見るのは初めてだった。

 氷についた血を舐め味を確かめ、氷を捨てる。冷たさに舌が麻痺した。


「カチカチ山の山火事!」


 レインに休む暇を与えないようドーシャは火炎を浴びせる。

 レインは傘を広げ火炎を防ぐ。

 無防備になった反対側からフユヒが氷の槍を投げる。レインは勘づいてギリギリでかわす。かすって肌が裂けた。


 2対1では分が悪い。挟み撃ちに1本の傘で対抗できない。

 レインはコンビニへと飛び跳ねる。

 傘置き場の放置された傘を鷲づかみにしてすぐさま火炎と氷から逃げる。3本は手に入れた。

 傘を開いて投げる。

 傘は風に浮かび不規則な軌道でドーシャとフユヒを狙う。


「ちょっとちょっと!」


 ドーシャは焦った声を出す。


 傘を迎撃しようとしてもいかなる攻撃も傘は受け付けない。逃げてもあらゆる障壁を破壊しながら追尾する。

 フユヒも巨大な氷の壁を作り出すが傘は全てを破壊して進む。レインの卑妖術はあらゆるものより硬い氷すら破壊する。『式』の隊長ですら逃げることしかできない。


 しかしある程度追うと傘は自然と地に落ちた。


 風を読み長く滞空するよう投げることはできたが永久に飛ばすことはできない。


 レインはドーシャとフユヒが逃げ回っている間に新たな傘を手に入れる。

 襲い来る火炎と氷をもともと持っていたビニール傘で防ぐとまた傘を投げる。

 あとはこうやって傘を投げ続けるだけでレインの勝ちだ。


「超ヤバいですね」


「隊長。考えがあるんだけど」


 ドーシャはビニール傘の破れ目の向こうのレインの銀杏色の瞳を見ていた。


 ドーシャは一度フユヒ隊長のそばに行き相談すると再び分かれた。

 相変わらず飛んでくる傘にドーシャは手のひらを向ける。


「野分山の暴風!」


 ドーシャの放つ突風に煽られ傘は変な方向へ飛んでいく。


 フユヒは手に持っていた氷の槍を捨てた。


「萌える霜柱は餓虎の牙。五里氷中の闘技場。 ココバの裁き」


 フユヒが力強く言葉を放つとフユヒの周囲に巨大な霜柱が生える。霜柱の周囲にまた霜柱が生え、霜柱は1秒に満たずレインに届く。


 レインは自らの目の前に生えた霜柱をビニール傘で破壊するが、直後に自分の真下から生えてきた霜柱にはじき飛ばされる。レインが地面に落ちた時には既に周囲を氷に囲まれている。レインは氷を破壊して脱出した。

 追って成長する霜柱から逃れるためレインは雑居ビルの壁面を駆け上る。


「ココバの裁きを破ったのは七凶天をのぞけば初めてです。ですが……」


 雑居ビルの屋上からドーシャが顔をのぞかせた。

 レインはびっくりする。先回りされていたのか。


 実は最初からここに誘導する手はずだった。レインは誘われるままビルの上へと逃げたのだ。


 ドーシャが両の手を組んでレインに向ける。

 今からよけようとすれば氷の中に落ちる。レインは傘を開いて盾とした。

 ビニール傘の破れ目を通してドーシャとレインの目が合う。


「鮫々山の水流!」


 いつものような大量の水の放出ではなく、細く鋭い水の噴射。

 水はビニール傘の破れ目を通ってレインに命中した。


 レインは氷の大地に落ちる。レインの濡れた体はたちまち凍りついた。


 ビルの屋上から写真撮影のフラッシュが光る。

 直後にドーシャが飛び降りてきた。


 雨漏レインは半身が凍りついて地面に縫い留められている。

 ドーシャはもう一度近くからレインと自分を撮る。


「レインもバラバラのお肉になるんだ」


「殺しに来たわけじゃないよ」

 ドーシャは呆れた。


「人を殺したら捕まるって小学生でも知ってるでしょ?」


「小学校中退のドーシャが言うと説得力ありますね」


「隊長……」


「ママとパパがそんなこと言ってた。でもママもパパももういない。レインは自由だ」


「誰が言ってたとかじゃなくて、ダメなもんはダメ」


「意味分かんないよ。レインに言うこと聞かせたいなら、お姉ちゃんがレインのご主人様になって」


「は?」


「そうしたら言うこと聞く」


「やだよ気持ち悪い。人間同士に上下関係なんか無いんだ」


「じゃあ、レインを縛るものは何もない。レインは自由だ」


「ドーシャ、この子の主人になりなさい」

 フユヒが命令した。


「ええ~?」

 ドーシャは心底いやそうな声を出した。


「分かったよ……。私は深山ドーシャ。今日からあなたのご主人様。返事は?」


「うん!」


 レインは笑顔だった。


☆☆


 事態終息によりやってきた管理局の人間がレインを連れて行った。

 これだけ殺したら二度と娑婆(シャバ)には出てこれないだろう。


 事件の規模ゆえ情報局もフル活動している。

 フードをかぶった残妖とドーシャは一瞬目が合った。隈のできた目は強い苛立ちをぶつけてきた。ドーシャはすぐ目を逸らす。


 ネムは情報局所属の(バク)の残妖。非常に希少な記憶を操る卑妖術を持ち、年中無休で日本中の記憶を消して回っている。なので仕事を増やすと本気の殺意をぶつけてくるので気をつけたい。


 ドーシャはしばらく通常任務を休むこととなった。


 今回受けたダメージが大きかったのもあるが、雨漏レインの尋問を担当することになったからだ。

 訊けば素直に答えるので難しいことは無かった。

 レインが影代リョウヤから聞いたヲロチの頭骨の場所を聞き出す。

 そしてすぐに新しい任務が決まった。


 六文ヌルより先にヲロチの頭骨を確保すること。



*************************************


 名前:雨漏(あまもり) 零無(レイン)

 所属:なし

 種族:唐傘お化けの残妖

 年齢:8

 性別:♀

 卑妖術:傘の表面に空間の境界を作り出す。空間の境界に触れた物質は破壊される。

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