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第20話 果たせぬ願い

「ヌルは私が倒します。みなは影代リョウヤを守ってください。リョウヤが生きている限りヌルは逃げないでしょう」

 霜月フユヒ隊長が言った。


「私もヌルと戦う」


「邪魔だと言っているんです」


 ドーシャの意見は即却下された。

 ドーシャもそれ以上は言わない。説得できる相手ではないと分かっている。


 ヌルのそばにいたシシュンたちが離れる。ヌルが部下をかばう戦い方はしないと知っているからだ。


 ヌルが水を放つ。リョウヤを狙ってだ。

 割り込んできたドーシャが自分の体で受け、水を飲み干す。

 フユヒ隊長が氷剣を握って駆けた。ヌルはそちらへ水を流すがフユヒに近づけば凍りつく。氷を砕いて進むフユヒに今度は小さな水の塊を撃つ。フユヒは凍らせてから氷剣で砕く。


 一方ドーシャはかばったリョウヤに赤い刀で斬りかかられていた。


「助けてやったのに!」


 ドーシャは前転してかわす。


「助けなどいらん」


 リョウヤが大上段から振り下ろす刀をドーシャは包丁で受ける。


「みんな敵に回して何がしたいんだ!」


「もともと残妖に味方などいない。人間にもなれず、妖怪にもなれず、残妖同士でも殺し合う。そういう生き物だ」


「そんなことない!」


 押し合いの中でドーシャは異変を感じた。リョウヤの赤銅色の目を見ていると、だんだん自分が地面に立っている感覚が無くなっていく。どこが真下か分からない。立つのが困難だ。バランスを崩し後ろに倒れそうになったところをリョウヤの刀が振り下ろされる。

 右肩から腹までばっさり斬られ血が噴き出す。深手だ。真っ二つにならなかったのは山姥の肉体強度のおかげといっていい。

 しかしリョウヤはトドメを刺さずその場を素早く移動した。ほぼ同時に白い髪を振り乱してライジュが包丁を持って飛び込んでくる。


「ライジュ!」

 驚くドーシャ。


 ライジュはドーシャを見下ろす。


「目ざわり」

 怒気を滲ませてライジュは言った。


「私はヌルを倒しに来たんだ。ドーシャにかまってる暇は無いの」


 横でシシュンが巨大なハサミを持った看護師と斬りあいながら叫んだ。


「ドーシャ、リョウヤの目を見るな! 平衡感覚を失わせる!」


 ライジュは一瞬シシュンを呆れたような目で見て、それからヌルのほうへ向かっていった。


「勝手にわしの卑妖術を教えるなよ」


 リョウヤが赤い刀をかまえ直す。


 ドーシャも立ち上がる。ライジュの背中を睨むがこちらもライジュにかまってはいられない。リョウヤに向き直る。


「目を見るなとか言われても」


 そんな器用な戦い方はドーシャにはできない。


 ドーシャが動けずにいると、とことこと子どもがリョウヤの前に出た。

 ビニール傘を持ったその子は銀杏色の瞳で昂奮したようにドーシャを見ている。


「子ども?」


 ドーシャは雨漏レインの存在を知らなかった。


「いっぱい血が出てる」


 レインはとても嬉しそう。


「ねえ、レインもやっていい?」


 ドーシャに近づいてくる。


 ドーシャは理性ではこの子を保護すべきだと思ったが、何かおかしいと感じていた。

 それ以上に、恐怖を感じる。


(この子どもは、何だ?)


 疑問に答えの出ぬうちに、リョウヤがレインの首根っこをつかんだ。


「おとなしくしてろ」


「うん」


 リョウヤはレインを後ろに置いた。

 レインは言われたとおりにじっとしている。


「その子は何? 孫?」


「まさか。拾ってきたのさ」


「なぜそんなことを?」


「さあ? 当ててみるか?」


「影代リョウヤ、味方なんかいないって言ったけど、その子はあなたにとって大切な仲間なんじゃないの?」


「ははは。凡庸な発想だ」


「じゃあなんなんだよ!」


「レインは血と屍肉を好む化け物だ。それでいて自らを従える飼い主を求めている。戦わせないのは(しつけ)だ。こういうのはいつも望み通りにさせてやるとだんだん従わなくなる」


「まさか、そんな小さな子が……?」


 しかしドーシャもレインが普通の人間となにか違うのは感じていた。


 リョウヤは笑う。

「レインは必ず成長する。世界に破壊と恐怖をもたらす真の残妖に。さて、レインに殺しの手本を見せてやらんとな」


 リョウヤは刀を向けた。


「何の意味があってそんなことを……」


 ドーシャも包丁をかまえる。斬られた傷が痛む。


 リョウヤが踏み込んだ。右上段に振り上げての攻撃。ドーシャが胸から下しか見ていないのでよくは見えないが、おそらくは肩のあたりへ振り下ろされる。そこより下を狙うなら直前に腕が視界に入ってくるだろう。それから守る場所を変えても間に合う。


 肩のあたりを包丁で守ると読み通り刀が振り下ろされた。

 しかしそれでリョウヤがとまることは無く次々に斬りかかってくる。ドーシャもひたすら受け続ける。

 ドーシャはどう反撃するか考えていた。リョウヤの目を視界に入れずに接近するのは危険を伴う。


「カチカチ山の山火事!」


 ドーシャが右手から炎を放つとリョウヤは刀で火炎を払う。

 次の攻撃をまた包丁で受け、リョウヤが刀を引いたところで右手から今度は水を放つ。


「鮫々山の水流!」


 リョウヤは刀で受けた。

 そしてまた刀を振り下ろす。

 ドーシャは両手で握った包丁で受ける。

 その瞬間、バキッと大きな音を立ててリョウヤの赤い刀にヒビが入った。


「おらあ!」


 驚き刀を引こうとしたリョウヤにドーシャは包丁で思いっきり刀身を叩く。刀が折れた。

 すかさずドーシャはリョウヤの懐へ飛び込む。

 ある程度近づくとどうしても避けられない。リョウヤの赤銅色の瞳。

 半分こけながらリョウヤに飛びつく。リョウヤは左腕でドーシャの胸ぐらをつかむと地面に叩きつけた。

 ドーシャもリョウヤの左腕をつかむ。


「逆鱗山の雷!」


 しがみついて雷撃を喰らわせる。ライジュのように器用でないドーシャにはこの戦い方しかない

 逃げようとするリョウヤに食い下がり、ドーシャはもう一度叫ぶ。


「逆鱗山の雷!」


 リョウヤが刀を落とし倒れる。


 ドーシャは立つ。


「その剣、妖刀にしては弱いのが斬られたときに分かった。山姥の包丁に比べたらはるかに弱い。だから私は刀の破壊を狙ってたんだ」


「おのれ……」


 リョウヤは痺れた体を無様に道路に転がしていた。


 ドーシャの言うとおり、妖刀一欠(イチカケ)は未完成の魔剣だ。

 戦国時代、ある侍が千人斬りの目標を立て999人までは上手くいったが念願の1000人目に返り討ちにされ、自らの血と怨念を吸わせて魔剣とした。


「わしも願いを果たせず道半ばで倒れるのか。ろくでもない魔剣だ」

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