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第2話 鬼ごっこ

 ドーシャがいつものように昼に目を覚ますと携帯にメッセージが来ていた。

 送り主はお父さん。つまり、『式』の任務だ。


 今回も野良の残妖の逮捕命令だ。

 ターゲットはヤクシニーと呼ばれる少女。

 勿論本名ではない。名前が分からないから『式』で勝手にそう呼んでいる。

 身長165センチ程度。15歳前後。オレンジ色の髪に黒い瞳。常に日本刀を持ち歩いている。


 つい2週間ほど前、ある民家で父親と母親、そして身元不明の男性の3人の遺体が見つかった。夫婦には娘が1人いたが事件の後から行方不明。

 事件直前にヤクシニーが民家に入るのが目撃されており、犯人と考えられている。

 ヤクシニーは今回の事件よりずっと前から知られていた残妖だった。

 最初に現れたのは3年前とされる。以来ときどき現れては破壊や暴行を繰り返した。

 しかし殺人はしたことが無かったため『式』は危険度を低く見積もっていた。失態と言える。


 今回はヤクシニーが最後に目撃されたK県での任務となる。

 基本的には警察が見つけるまでひたすら待つだけだが、自宅からだと間に合わないのでK県で待つ。

 『式』には戦闘員が20人しかいないので都道府県を全部カバーできないのだ。


 電車がK県に着いた。

 駅に降り地図を見る。


「深山ドーシャ」


 はきはきした明るい声で呼びかけられた。

 視線を向けると少女がいる。つば広の白い帽子。片手にキャリーバッグ。そして、長い綺麗な墨色の髪。


「風御門ナセ!」


 ドーシャはこの少女をよく知っている。

 名門退魔師一族、風御門家の最後の末裔。二口女の血を引く残妖。そしてドーシャにとっては、母を殺した人間の娘だった。


「久しぶりだね。2年ぶりくらい?」


 言いながらドーシャは自分とナセをカメラのフレームに収める。ナセは微笑んでピースする。


「そんなに会うてなかった?」


「ちょくちょくやりとりしてるからあんまり実感ないね。でも実際に会うのはナセが風御門に帰って以来だよ。大きくなったね。今14? もう立派な退魔師って感じの風格あるよ」


「そう? あんまりそんな気しいひんわ。強い残妖はおらんし。ドーシャはどうなん? はかどっとるん?」


「進展してたら言わなくても伝わるでしょ」


「そうなん?」


「興味無いでしょ」


「あはは、バレた?」


 しばらく2人は駅前で何度もお互いの携帯でお互いの写真を撮った。

 日が暮れてきて、ナセのほうから切り出した。


「うち、そろそろお仕事行かな」


 ナセの、風御門の家はM県にあるので仕事で来ているのは分かっていた。


「なあドーシャ。暇やったら手伝ってくれん?」


「標的が見つかるまでずっと待機だから暇といえば暇だけど……。ナセが手伝いを頼むってヤバイ仕事?」


 ナセが携帯で画像を見せてくる。10歳くらいの少女。


「人探しや。モモちゃんっていう家出した残妖をふん縛って連れ帰ったらお仕舞い」


「居場所は分かってるの?」


「携帯持ったままやからGPSで丸分かりらしくて、親御さんから位置情報教えてもらえるんよ」


「すっごい簡単そうだけど……。実はその子がめちゃくちゃ強いとか?」


「大人しい子やったらしいから強さは分からへん。けど家出する前に不審な連中と一緒にいたらしゅうてな」


「あー。なるほど」


 世間的に残妖は存在しないことになっているが裏社会ではそうではない。ヤクザやテロ組織は常に戦力として残妖を求めていて、勧誘、場合によっては誘拐も行う。


「ただ、ヤクザなら携帯は捨てるかな」


「まーなー。だから杞憂やと思うけど。せっかくこんなとこで会うたんやし、一緒に行こうや。うちら刎頸の交わりやろ?」


 刎頸の交わりとは、その人のためなら頸を刎ねられても惜しくないという強い友情を表す言葉である。


「なんでナセのために死ななきゃいけないんだ……」


「うちは死ねるよ」

 ナセは笑う。

 迷いの無い、強く明るい笑顔。殺しても死にそうにない。


「友達だって言うなら死なないでほしいな」

 ドーシャはため息をつく。



 夜の公園。


 10歳くらいの少女が1人でベンチに座って携帯をいじっている。写真の少女だ。

 ドーシャたちは公園の外側で木の陰に隠れながら様子を窺う。


「あれが例の、えっと……」


「上川モモ」


「どうするの?」


「まあ、まずは説得やな。でもその前に……」


 ナセが帽子をキャリーバッグの上に置いた。

 長い黒髪がわさわさと生き物のように動き出す。

 髪は伸びて地を這うように公園内に侵入し、街灯や壁をつたって監視カメラへと到達。一瞬で全てのカメラを握りつぶした。

 ナセは二口女の残妖。その卑妖術は髪を自在に操る。


「ナセ、公共の備品を壊さないでよ」


「映ったら隠蔽にお金かかるんやから大差ないやろ。行くで」


「待って」

 ナセが木の陰から出ようとするのをドーシャが引き戻した。


「どしたん?」


「人がいる」


 ドーシャの視線の先には、新たに公園にやってきた人間がいた。


 少女。ドーシャやナセとそう変わらぬ年齢。10代半ば。肩のあたりで切り揃えたオレンジ色の髪。灰色の迷彩服を着て軍人のような恰好。しかしそれにしては左手の日本刀が異彩を放っている。

 なんかあまりにも特徴に聞き覚えがある。ドーシャが探しているヤクシニーだ。

 ヤクシニーはモモの前に立ち何かを話している。


 ナセがぼやく。

「あちゃあ、人が来てもうたか。人前だと力を見せられんなあ」


「なにのんきなこと言ってんの? どう見てもカタギじゃないでしょ。殺人の容疑で指名手配中のヤクシニーって残妖だ」

「そっかあ。楽な仕事やと思ったんやけどなあ。ドーシャに来てもらってよかったわ」


「2対1だからって油断しないでよ。モモちゃんがどう動くかも分からないし」


「なんとかなるやろ。気づかれる前にやるで」


 ナセの髪が地を這いヤクシニーに絡みつく。

 同時にドーシャが公園内に飛び込んだ。

 ヤクシニーは冷静に足元の髪を斬った。

 駆けるドーシャにヤクシニーが刀を構える。両手を腰のあたりに、刀身を背後に隠す脇構え。


 山姥の体は山そのものだ。いかな達人でも山を切り崩すことはできないように、山姥の体を斬ることはできない。だがドーシャは肌で受けるべきでないと直感した。


 ドーシャは懐から包丁を取り出した。先祖代々伝わる山姥の包丁。

 間合いに入った瞬間の一撃を包丁で受ける。あまりの衝撃にドーシャの足は止まった。

 人間離れした非常に強い力で刀を押し込んでくる。山姥の包丁と打ち合える刀も普通の刀ではない。


 ヤクシニーは質問した。

「何者ですか?」


「『式』の深山ドーシャ。あなたには殺人の容疑がかかってる。大人しくしたほうがいいよ」


「殺人?」


 ヤクシニーは一瞬考えるそぶりを見せたがナセも公園内に入ってきたので鍔迫り合いをやめ距離を取った。

 少し睨み合う。

 保護対象のモモはびっくりして固まっている。逃げたり暴れたりしないなら安心できる。


「2対1や。降参したほうがええで」


 ナセの脅しにヤクシニーは落ち着いた様子で刀を下段に構え、答える。


「なんのことか分かりません。人違いではないでしょうか? 私には戦う理由がありません」


 認めようとしないヤクシニーにドーシャは少し苛立ちを感じた。


「すっとぼけちゃって。正直に話したくなるようにしてあげよっか」


 ドーシャとナセはヤクシニーを挟むように移動する。

 不利に気づいたヤクシニーが先に動いた。ナセに向かって走る。

 ナセの操る髪を日本刀でバッサバッサと散髪し、ドーシャが助けに入るより速くナセに接近する。


「ああああああ!」


 急にナセが悲鳴を上げた。顔を押さえてうずくまる。


「ナセ!」


 焦るドーシャに少女が立ちはだかる。ヤクシニーは左腕から血を流していた。


 ナセの武器は髪だ。相手を傷つけずに拘束することを得意とする。ヤクシニーの流血に違和感を持ったが考える暇は無い。


 ヤクシニーが斬りつけてくる。慌てて包丁で受けるが反撃しようとすると距離を取られる。包丁と日本刀では長さに差がある。ヤクシニーは反撃されない間合いを丁寧に保っていた。

 ドーシャは刀を持った相手と戦ったことはほとんど無い。通常なら斬りつけようとした刀のほうが折れてしまうからだ。


「剣術と勝負するのは分が悪いな。だったら……カチカチ山の山火事!」


 ドーシャは右手から炎を放った。

 しかしヤクシニーはよけるどころか真っ直ぐに突っ込む。ドーシャが驚くよりも速くその肩に刀が突き刺さった。刺突の勢いで押し倒され地面に刀で縫い付けられる。


「地獄の鬼に炎は通用しません」


 ヤクシニーはぎりぎり刀を捻じ込んでくる。ドーシャは刀身をつかんで抜こうとするが山姥の肌に傷がつき両手に血が滲む。


「鬼の残妖か……しくじった」


 しかしヤクシニーは否定した。

「私は残妖ではありません」


「な……に……? 残妖じゃなかったら何だっていうんだ。純血の妖怪か?」


 ヤクシニーは答えず、逆に質問してきた。


「あなたは純血の妖怪を見たことがありますか?」


 遠い遠い記憶がよぎった。

 もう顔もはっきりとは思い出せない。


 質問の意図が分からないがドーシャは素直に答えてみた。


「あるよ。私のお母さんは純血の山姥だった」


「そうですか。私も純血の妖怪を見たことがあります。私はその妖怪から力をもらいました」


 ドーシャが蹴り飛ばそうとすると刀を引き抜いて距離を取った。とにかく間合いの維持が徹底している。


「妖怪に力をもらった……? そんなことがありうるの?」


 聞いたことが無い話だ。


「信じなくてもいいです。無駄話でした。最初に言った通り、私には戦う理由はありません。勝負も見えたことですし終わりにしましょう」


 ヤクシニーは刀を(さや)に納めた。


「行きましょうモモ」


 ヤクシニーはモモちゃんを連れて歩いて去っていく。

 肩が痛むもののドーシャはまだ戦える。しかし追うことはできなかった。

 ナセがまだうずくまっている。重傷なのかもしれない。


「大丈夫ナセ?」


「目が……。あいつ、自分の血をかけてきた」


 ドーシャは自分の宿泊予定地にナセを連れて戻る。


 水で必死に目を洗うナセを見ながらドーシャは考えていた。


「1度しくじった以上ヤクシニーを見つけるのは非常に難しくなったよね。警戒されただろうし、当分姿見せないかも。あー、完全に失敗した」


 この日はナセと1つの布団で寝たがナセは寝てるときにモゾモゾ髪の毛を動かすのでかなりくすぐったくて寝つけなかった。


「なあドーシャ。ドーシャ。起きてよ」

 ドーシャはナセの髪に布団から引きずり出される。


 朝。


「昨日大変だったんだからもう少し寝かせてよ……」


「ドーシャ。モモちゃんのGPSまだ生きてるで。親御さんから現在位置の情報来とる」


「は? ヤクシニーって携帯のGPS知らないの? 嘘でしょ?」


 この戦いはまだ負けと決まったわけではないようだ。



*************************************


 名前:風御門(かぜみかど) (ナセ)

 所属:一般退魔師

 種族:二口女の残妖

 年齢:14

 性別:♀

 卑妖術:髪の毛を自在に操る

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