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第19話 乱戦

 影代リョウヤは雨漏レインを連れてC市からの脱出を図っていた。


 市の境界は近い。

 封鎖されたC市を脱出すれば『式』は目立つ活動ができなくなるし『逢魔』の残妖を隠蔽するほうに力を注ぐ必要が出てくる。そうなれば『逢魔』も活動しにくくなるため逃げ切れる公算が大きい。


 リョウヤは逃げ切ったあとのことを思う。


(『式』と『逢魔』が持つ例のアレの残りでも探そうか。わしが一番多く持てば覆せる。自分の居場所は自分で作るしかない)


 ふとレインと目が合った。


(レインの居場所もわしにしか作れないはずだ。わしらのような残妖の居場所は)


 太陽を影が遮った。


 降ってきた少年の鉈をリョウヤは赤い刀で受け、跳ね返す。

 少年は跳んで離れた場所に着地する。


 蓑をまとった少年。左腕に大きな傷痕があり右手で鉈を持っている。


「シシュンか」


 リョウヤは気安く呼んだ。


「『式』にやられたか? その腕でわしと戦う気じゃないだろうな」


 シシュンが答える。

「左腕はしばらく動かせそうにないけど、当然ひとりで戦うつもりはない」


 リョウヤも気づいていた。

 シシュンを正面に見てリョウヤの左側の路上に立っている。

 シシュンと同じくらいの年齢のそばかすの少女。手に持った携帯の画面をじっと見てリョウヤを見もしない。

 また右側の路上には背が低く口ひげを伸ばした男性。リュックサックを背負っている。


 リョウヤは馬鹿にしたように笑った。

「間抜けのショクと携帯依存のナズナと片腕のシシュンでわしを殺せるって?」


「殺す必要は無い。ヌルが来るまでお前を逃がさなければ」


「はは。それまでお前ら生きてられるか?」


「悪いけど影代リョウヤは私がもらう」

 よく通る声とともに新たな人物が現れた。


 白い髪に夜空のような黒い瞳の少女。


「ドーシャ?」

 シシュンが真っ先に反応した。


 少女は心底いやそうに言う。


「あのバカと一緒にしないでよ」


「……深山ライジュか」


 深山ライジュ。ドーシャの姉だった。


「心配しないで殺さないから。ヌルをおびき寄せる餌にするだけだし」


 ライジュの提案にリョウヤは呆れる。


「どいつもこいつも同じことを言う。命が惜しくて叛乱なんか起こすわけなかろう!」


 リョウヤは赤い刀でライジュに斬りかかった。

 ライジュは余裕の態度だったが寸前で顔色を変えとっさに山姥の包丁を取り出して受ける。

 リョウヤの怪力にライジュは吹き飛び駐車場に突っ込み自動車をへこます。


 ライジュはすぐに立ち上がり問う。


「なに今の?」


「教えると思うか?」


 ライジュはぎりぎりで避けるつもりだった。が、急にバランスを崩し動けなくなった。間違いなく影代リョウヤの卑妖術だろう。


「どうせ感覚に働きかける卑妖術でしょ」


 リョウヤは答えない。


 シシュンが笑い出した。

「はは、もうバレてんの」


「勝手に答え合わせするな」

 リョウヤがシシュンを睨む。


 ライジュは左の手のひらを向けた。


「天空山の暴風」


 ライジュの体内に溜め込まれていた暴風が解き放たれリョウヤを襲う。

 リョウヤの動きが止まったところをライジュは包丁で斬りかかる。

 リョウヤが睨んだ。

 その赤銅色の瞳を見たライジュは平衡感覚を失う。


 しかし。


「山姥をナメるな!」


 ライジュは空中で全身を高速スピンさせて斬りつけた。リョウヤが刀で受けると着地し、一拍間を置いて再び跳んでスピンし斬りつける。リョウヤはそれも受けたが押される。


 回転する物体は安定する。平衡感覚を失ったライジュは自ら回転することで自分を安定させた。リョウヤは残妖とも多く戦ってきたがこのような方法で卑妖術を破られたことは今まで無かった。尋常ならざる戦闘センス。


「若い頃のヌルに近い実力……! これほどの残妖はそうはいない」


 リョウヤは脅威と感心を同時に覚える。


 ライジュは高速スピンから包丁をリョウヤの右腕に突き立てた。すかさず電撃を流し込む。


「天誅山の雷」


「ぐう!」

 リョウヤが苦悶の声を上げる。


「もらった!」

 そこでそれまで静観していた『逢魔』が動いた。


 平衡感覚を取り戻してきたライジュはリョウヤの腕をつかんで横にどけ、シシュンの鉈を受ける。

「影代リョウヤを殺させるわけにはいかない」


「当の影代リョウヤと戦いながら守れるか?」


「邪魔するやつは全員ぶちのめす。その覚悟はとっくにした」


 ライジュはシシュンの首をつかむ。左腕が使えないシシュンは抵抗できない。シシュンを口ひげのショクに投げつける。ショクは受け止めた。

 携帯を片手に持ったまま近づいてきていたナズナにライジュは包丁で斬りつける。が、斬れずに包丁がすべった。ナズナが脇腹を狙った蹴りを繰り出すのを左腕で受ける。ぬめっとした感触。


「油……?」


 見れば包丁にも油がべっとりついている。ナズナが体にまとう油が包丁をすべらせたようだ。


「刀剣封じの卑妖術ってとこ? でも私には意味無いよ。灼熱山の山火事」


 ライジュが全身に炎を纏う。包丁についた油も焼き尽くされた。ナズナは炎を嫌って下がる。


 シシュンが呟く。

「リョウヤの剣を封じるためのナズナの油だったけど、ライジュには通用しないな……」


「まだ手はありますよ」

 口ひげのショクが言った。


「『式』の残妖、武器を捨てなさい」


「はあ?」

 ライジュがショクのほうを見る。


 ショクはなんと子どもを捕まえて首に短剣を突きつけていた。ビニール傘を持った子ども、雨漏レイン。


 ライジュは冷たく言った。

「私は『式』じゃないし、一般人を助ける義務なんて無い」


「強がっても本当に無視できますか? それにリョウヤ、わざわざ連れていたこの子は相当大切なはずだ。殺されたくなければそこの『式』の残妖を殺しなさい」


 リョウヤは頭をかいて言う。

「馬鹿だな。殺していいぞ」


「なんですと?」

 驚くショク。


 同時にレインが動いた。ショクは短剣を突き刺そうとしたがレインの皮膚には通らない。ショクの腕をたやすく振り切りレインはビニール傘でショクを薙いだ。

 ビニール傘で薙いだ場所がえぐられて鮮血が噴き出す。


「な……」

 信じられないといった顔でショクは倒れた。シシュンも、ナズナも、ライジュも同様だ。

 レインは血を浴びて笑っている。


「呪力を持つ武器? ビニール傘が? そんなわけないか。つまりあの子の卑妖術。ビニール傘なんかでも残妖を殺せる、そんな卑妖術」

 ライジュは冷静に分析する。


 レインはリョウヤに訊いた。

「ねえ、他の3人も殺していい?」


「わしがやる。レインは見ていろ」


「わかった!」

 レインは素直に頷いた。


「なぜその子を戦わせないの? その子、こいつらよりよっぽど強いよ」

 ライジュはシシュンたちを指差しながら訊いた。


「お前は子どもに戦わせるのか?」


「『逢魔』の元幹部がそんなこと気にするとは思えないけど?」


「無論気にしない。そしてお前ら『式』も子どもを戦わせてきた。年端も行かぬ『式』の残妖をわしは何人も殺してきた」


 リョウヤはライジュに刀を向けた。シシュンとナズナは眼中にない。この場でリョウヤをとめられる力があるのはライジュだけだ。


 しかしふたりは同時に別々の建物の屋根へ飛び乗った。遅れてシシュンとナズナもそうする。

 一瞬後、洪水がさっきまでいた場所を押し流す。逃げ遅れたレインが流されていく。


 水は流れて引いていく。


 ライジュとリョウヤは同じ方向を見ていた。

 視線の交わる先にひとりの男性。長身長髪、青い唇。


「六文ヌル……!」


 『逢魔』の首領がそこにいた。


「ようリョウヤ。少しやつれたか?」


「あいにく元気だ。面白い拾い物もあったしな」


 リョウヤはびしょ濡れのレインのそばに降りる。

 シシュンとナズナもヌルのそばに降りた。


「せっかくの再会だが時間をかけている暇がない。今すぐ死んでくれリョウヤ」


 ヌルが手をかかげると膨大な水がうねり大蛇のように天へ伸びる。それは上からリョウヤを狙って突き刺すように降る。しかし落ちることなく氷に変わった。


「しつこいな……」

 ヌルが鬱陶しげに言う。


「追いつきました」

 水色のポニーテールの女性が歩いてくる。『式』の霜月フユヒ隊長だ。傍らに看護師姿の残妖もいる。


「げ、霜月隊長……」

 ライジュもいやそうな顔をする。


「ライジュ!」

「遅くなって申し訳ありません」

 ライジュのそばにも人が来る。『白締』の綾瀬タイガと白銀ミキだ。

「みんなここが分かってる。急がないと『式』も『逢魔』も集まってくるよ」


 ライジュは頷く。

「ヌルさえ倒せれば他のザコは無視して撤収しよう。隊長が私たちを見逃してくれればだけど」


 そう言いつつもライジュは逃げ切れると踏んでいた。霜月フユヒは逢魔の七凶天以外にはそこまで関心が無い。12年前に友人を殺されたと聞いている。


 もうひとりフユヒのそばにやってきた。


 白い髪に夜空のような黒い瞳の少女。

 深山ドーシャ。


「あのバカ……!」


 ライジュは苛立ちを込めて言った。

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