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第17話 刎頸の交わり

 『逢魔』首領、六文ヌルは迷いなくドーシャたちの隠れているほうへ歩いていた。


 ヌルが店内の商品棚をいくつか通り過ぎもうひとつ越えれば眠るドーシャの顔が見えるところまで来たとき、背後から伸びる髪の毛が襲ってきた。

 ヌルは振り向き左手で髪の毛をつかむがそれだけでは防げない。たちまちヌルの両手両足を髪の毛が絡めとった。

 ナセの髪の毛だ。


 全力でナセは髪の毛を引くがヌルはびくともしない。


 ナセとヌルの目が合った。


「ひとり移動しているのは気づいていた。てっきり逃げるのかと思ったが」

 ヌルは冷え冷えとした声で言う。


「うちがドーシャを置いて逃げるわけないやろ」


「俺が誰か知らんのか」


「知らんわけない。六文ヌル。大規模テロを起こした『逢魔』の中核メンバー、逢魔の七凶天のひとり。壊滅後の『逢魔』を再建しテロを続けてる。推定殺害人数5000人。その卑妖術は水を操る」


「だいたい合ってるな。殺した数だけはよく覚えていないが。なにせ人間を殺すのは簡単過ぎる」


 そう言ってヌルは視線に力を込めた。

 途端に髪の毛は力を失くしヌルの拘束が解かれる。

 ナセは両手を床につき、吐いた。


 六文ヌルは水を操る。それは生物の体内の水分すら例外ではない。血流を操作するだけで人間は簡単に死に至る。ヌルはこの能力で触れることなく人間を大量に殺傷した。

 残妖ならば水分操作にある程度耐えられるが、それすら数秒から数十秒直接触れて操作できれば殺すことができた。


 体内の水分をいじくられたナセは重度の眩暈、吐き気に襲われたが、口を拭いて立ち上がる。


「『逢魔』の首領がなんでこんなとこおるん? 12年、直接戦うのを避けて隠れとったやろ」


「さあ、なんでだろうな?」


「影代リョウヤがよっぽど重要なんやな」


「ああ、そうだ。リョウヤは俺の腹心だ。12年間上手くやってきたと思っていた。何が気に食わなかったんだろうなあ」


 ヌルはそう言いながら無造作に左腕を持ち上げた。

 店内の飲料水のペットボトルが全て破裂し、店内の蛇口からは水がひとりでに流れ出す。

 巻き起こる水流が店内の商品ごとナセを押し流す。

 ナセは商品を押しのけ水から脱出しようとするが水がヌルの意思で不自然に動きナセを絡めとる。

 このままでは溺れるので髪の毛をあちこちに伸ばして固定し全力で自分を引き上げて脱出する。

 すぐに水が追いかけてくるのでナセはヌルのほうへと走りながら髪で机などを拾ってそれで殴りつける。

 ヌルはいくつかの攻撃は両手で防ぎ、ナセのほうへ走ってきた。ふたりはぶつかり格闘となる。

 髪の毛を操るナセは無数の手があるようなものだ。しかしヌルはそれらをさばきナセへ掌底を入れた。ナセは吹っ飛んで背後の水の塊に沈む。


「河童に格闘(すもう)で勝とうなど100年早い」


 溺れるナセをヌルは冷酷に眺めている。


 そこへ冷蔵庫が飛んできた。ヌルは片手で受け止める。

 冷蔵庫を投げたのはドーシャだった。騒音で目を覚ました。


「ナセに何してくれてんの?」


「白い髪。『式』の長官の娘か」


「ナセを解放しろ!」


「文句があるなら助けてみろよ」


「言われなくても!」


 ドーシャはナセの包む水に飛び込んでいった。

 必死にナセの手を取る。


 ヌルは感心した。

「自分から水の中に入っていくとは。ここまで愚かな残妖は初めて見た」


 ドーシャはナセを連れて水から出ようとするが水がまとわりついて脱出できない。

 ドーシャは口をぱくぱくし始めた。


「これでふたり。といってもいまや『式』の雑兵を殺すことにそれほど意味は無いのだがな」


 ゆっくり溺死を待っていたヌルはふと異変に気づいた。

 水の塊が小さくなっている。

 どんどんどんどん小さくなって最後には水たまりに変わった。

 ナセがげほげほ息を吸う。

 ドーシャがちょっとふらつきながら吠える。


「ナメんなよ。山姥は川を飲み干せるんだ」


「なるほど」


 ドーシャはナセを抱えて奥に寝かせる。


「ナセ、ごめんね」


「ドーシャ、謝らんで。うちは……」


「分かってるよ。刎頸の交わり、でしょ。命を懸けるのは当たり前だもんね。だったら私も命を懸ける」


 ドーシャはヌルを睨みつけた。


「刎頸の交わり? くだらない昔話だ。他人のために命を捨てる者などいない。そこの残妖もただ彼我の力量差を計り違えただけだ」


 ヌルは呆れたような顔をする。

 ドーシャもヌルを憐れんだ。


「友情が分からないなんて、お前友達いないだろ」


「俺と対等の能力を持ち思想を同じくする残妖はいなかったからな。逢魔の七凶天も俺の目的を理解しない下等な獣ばかりだった。あいつらが俺の言うとおりに動いていればとっくに『式』を倒していた」


「お前が友達いないのはよく分かった。ナセの分と、お母さんの分、今ここで借りを返す」


 ドーシャは走る。

 ヌルが右手を動かすとドーシャの足元の床が割れて噴水がドーシャを跳ね飛ばした。


「現代社会はどこにでも水が流れている。河童にはいい時代になった」


 ドーシャは宙で身をひるがえし手から水を放出する。


「鮫々山……と、さっき飲んだ水の水流!」


 水流がヌルの顔面を直撃する。


「蛙の面に水だ」


 ヌルに命中した水が動きをとめて飴のように粘度を増し逆にドーシャを絡めとった。


「私だって水が効くとは思ってないよ。逆鱗山の雷!」


 ドーシャが体から発する電気が水をつたってヌルを撃った。


 逆鱗山の雷は威力が高いが接触していなければ電気を流せない。その射程を補うためにヌル自身に水を固定させて電気の通り道を作ったのだ。


 ヌルが怯み、水が重力に従いぱしゃりと落ちる。


 着地したドーシャは痺れて動きの鈍いヌルを殴る。

 抵抗できずに殴られ続けるヌルは何度目かにようやくドーシャの拳を受け止めた。

 ヌルがドーシャを睨み突然ドーシャの視界が真っ白になって失われる。

 ヌルが掌底をドーシャの胸に入れドーシャを商品棚へと突き飛ばす。

 ドーシャはすぐ立ち上がる。目はもう見える。あの一瞬、目に痛みを感じた。ヌルが眼球の水分に圧をかけたんだろう。


「俺を怒らせたぞ。お前」

 ヌルが冷ややかに言う。


「だからなに? こっちはとっくに怒ってんだけど」

 ドーシャは怯まない。


「俺とお前では怒りの重みが違う」


 ヌルの周囲の水が分裂しサッカーボールほどの大きさの水の球をいくつも作る。

 宙に浮かぶ水球が高速で飛び回りドーシャを打つ。水は重い。残妖を殺すには足りないが、それなりの威力がある。

 ぶつかり砕けた水球は再び集まり球となって何度もドーシャを襲う。

 これでは飲み干すことも電気で反撃することもできない。ドーシャは一方的に攻撃されていた。


 そのとき、入店音が鳴った。

 ヌルはすかさずドーシャを流水で牽制し、背後を水の壁で守った。ヌルの背後に火炎が炸裂する。


「さすが逢魔の七凶天。いい反射神経」


 赤い髪の残妖。


「『白締』のリーダー、綾瀬タイガか」


「知ってるんだ。僕たちも知名度上がってきたかな?」


「社会のゴミの底辺動画配信者が何の用だ」


「テロリストには言われたくねー。僕たち『白締』は残妖が受け入れられる社会を目指してるんだ。だからお前みたいなのは迷惑なの。ほんとは影代リョウヤを捕まえに来たんだけど首領が来てるならもう必要ない。今ここでお前を倒せば終わりだ」


 タイガはかまえる。


「いくぞゼド!」


 タイガの目が猛獣のそれに変わった。

 タイガは火炎弾を乱射する。ヌルは水の壁で受ける。


 本来タイガの炎は凍りつく能力があるが水にぶつかったときその能力は失われる。理由はドーシャには分からない。


 タイガは接近し格闘戦を挑む。驚くべきことにあのヌルよりも速く強い。ヌルは周囲の水を操ることでかろうじて有利を維持していた。


「強い……」


 ドーシャと戦ったときとは別人だ。手加減していたのだろうか。


 タイガの放つ火炎弾が建物を破壊していく。このままでは崩れるかもしれない。とはいえ瓦礫に埋もれたくらいで死ぬやつはここにいない。

 圧倒的強さでヌルを追い詰めるタイガ。

 だがヌルは周囲に水をまきタイガは濡れた床で足を滑らせた。


「終わりだ」


 ヌルの操る大量の水にあっという間にタイガは飲み込まれる。タイガは火炎を放とうとしたのか両手から煙が漏れる。

 タイガは両手の指を床に突き刺し浮きそうになる体を固定する。まだ戦意は失せていない。


 助けるべきだとドーシャは思った。

 しかしドーシャが動くより先にヌルが身をよじって逃げる。ほぼ同時に飛んできた氷の槍がヌルをかすめて床に突き刺さる。

 氷の槍の周囲が凍りつき少し離れたタイガを包む水さえ凍らせた。


 タイガは氷を砕いて脱出する。

「助けてもらう必要は無かったけど」


 遅れて入店音が鳴る。


 水色の髪をポニーテールにした長身の女性。看護師姿の女性を引き連れている。


「霜月隊長!」


 ポニーテールの女性は『式』の隊長、霜月フユヒだ。


「『白締』も『式』の敵じゃなかったか?」


 ヌルはフユヒに話しかける。フユヒは冷淡に突っぱねた。


「今優先されるのは『逢魔』首領六文ヌルの撃滅です。そのためなら『白締』と共闘してもかまいません」


「嫌われたもんだな。お前ほど力のある残妖と対等に会話ができるのも俺くらいしかいないというのに」


「あいにく私はあなたと違って友達はいましたが……。ですが、そう思ってくれているなら会いにきてくれてよかったのですよ? まさか『逢魔』壊滅からマジで12年も私から逃げ続けるとは思っていませんでした」


「12年前の失敗はお前を倒すことにこだわり過ぎたことだ。もう俺はお前とは戦わん。この国が滅ぶのを指をくわえて見てるといい」


 ヌルが手を振ると床が割れて水が噴き出す。それは洪水となってフユヒたちを襲うが、フユヒに触れるとたちまちのうちに全て氷に変わった。

 ヌルは壁を破って逃げていく。



*************************************


 名前:六文(ろくもん) (ヌル)

 所属:『逢魔』首領/七凶天

 種族:河童の残妖

 年齢:42

 性別:♂

 卑妖術:水を操る。


 名前:霜月(しもつき) 冬陽(フユヒ)

 所属:『式』隊長

 種族:雪女の残妖

 年齢:28

 性別:♀

 卑妖術:冷気を操る。

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