第16話 危険な敵
空間上に塗られた黒い絵の具のような闇の向こうから矢が飛んでくる。
それをライジュは体をほんの少し反らしてよけてみせた。
「相変わらず昼間っからこそこそ隠れるのが好きだね」
「妖怪は闇に隠れるもんだぜ」
再び矢が飛んでくる。ライジュは左手でつかみとったが、間髪入れずに二の矢が飛んできて左腕に刺さる。
百々マナの矢は聖なる力を持つので山姥の膚を貫通する。
いかにライジュといえどマナの位置も動きも見えないのによけ続けるのは難しい。
ライジュは矢を引っこ抜いた。
何度も放たれる矢にライジュは手のひらから放つ水しぶきで反撃する。
「白長須山の水流」
幾度かは矢を押し返し、幾度かは外し、幾度かは命中したのかマナの攻撃の手が緩んだ。
そんな戦いを数分続けたところでマナは気づいた。
「なんだこの臭い」
ライジュは笑った。
「今私は風上にいる。その意味をマナに教えてあげるよ。死神山の可燃ガスだ」
マナは顔色を変えその場から逃げ出そうとする。
「灼熱山の山火事」
火炎がマナの隠れる闇を襲い、大爆発が起きた。
高速道路が跡形もなく消し飛び周囲の黒い闇が消えていく。マナの妖術が力を失ったからだ。
「しまった。瓦礫に埋めたらトドメを刺せない」
ライジュはマナを放置して去っていった。
☆☆
ひとけのない公園。
『式』の隊員、佐佐ジンバは妹といた。
「この辺でいいか」
妹の目隠しを外す。
ジンバは鎌鼬の残妖だが妹はさとりの残妖、千里眼の卑妖術を持つ。見え過ぎるため普段は目隠しをしていた。
家族で残妖の種類が違うのはおかしなことではない。妖怪と人間の混血は何百年も前から始まっていて複数の妖怪の血が流れているのも珍しくない。ただ、一人に目覚める妖怪の血は1種類に限られていた。
「いるか? 影代リョウヤ」
「うーん、この辺りにはいない」
「ハズレか。移動するよ」
「待って。なんかいる」
妹ははるか遠くを凝視した。目を見開き、緊張する。
「アレは……。お兄ちゃん、影代リョウヤよりヤバいのがいるよ」
☆☆
高山シシュンはドーシャにつかまれた右腕をナセのいる方へ大きく振る。
ドーシャは振り回され手を離す。ナセが髪の毛で受け止めた。
シシュンは鉈をドーシャに向けた。
「この鉈は父の、山爺の鉈だ。俺ならこの鉈を他人に預けたりしない」
「私はナセを信頼してる。だから母の山姥の包丁を預けた。だから私が勝ってお前は負ける」
シシュンは鉈を下ろした。
「分かってるよ。この傷でこれ以上続ける気は無い」
「シシュン。確かに私のお母さんは人間に殺された。でもお母さんは人間を愛していた。シシュンのお父さんも同じでしょ?」
「そんなこと分からないよ。もう死んだんだから」
シシュンは去ろうとする。
「待って!」
「射幸山の花粉」
シシュンは花粉をばら撒いた。
「うえっくしゅん」
ドーシャとナセが目と鼻を押さえている間にシシュンは逃げた。
ナセが鼻を押さえながら言う。
「あー逃げてもうた。おしゃべりせんとトドメさせば良かったのに。身の上話なんか同情引くための罠よ」
「私がしゃべってるから待ってくれたんだよね。ありがと」
「ええよ」
「ちょっと休もう。ナセ、私重傷だから運んで」
「ドーシャ、ちょっと甘えすぎよ」
そう言いつつナセは髪の毛でドーシャを引っ張っていく。
適当に近くのお店に隠れる。
ドーシャは店の奥の方で適当にイスを並べてその上に寝た。
「血が止まるまで寝る。影代を追うのは起きてから」
「起きる頃には終わっとるよ」
「かもしれないけど。ナセも休んだほうがいいよ」
ナセは近くに座ってドーシャの寝顔を眺める。
☆☆
駅周辺。
『白締』の綾瀬タイガと白銀ミキがいた。
「静かですね」
「うん。ここはハズレかな」
『白締』の二人は直接影代リョウヤを探してはいなかった。
探知能力を持たないので『式』か『逢魔』の残妖を探して尾行し獲物を横取りする。そういう作戦だ。
「仮に見つけたとしても『式』と『逢魔』と我々の三つ巴になります。ライジュ抜きではとても戦えません」
「すぐ来るから心配ないって。それまでに見つけとかないと」
タイガは少しミキから離れて歩き、ふとカーブミラーを見て気づいた。
「アレはまさか……」
タイガは音を立てないように静かに移動する。
ミキはタイガがいなくなったことに気づかなかった。
「ライジュは無茶をし過ぎなんですよ。『式』で何があったのか知りませんが……。タイガもそう思いませんか? タイガ?」
返事が無くてようやく気づく。
「あ、あなたもですか。タイガ……」
ミキは怒りに拳を震わせる。
☆☆
30分。
ナセは結局寝ずに番をしていた。
ドーシャの携帯でドーシャの寝顔を撮ったりして時間を過ごす。
静かな店内に入店音が響いた。
ナセは携帯をドーシャの胸に置き静かに様子を見る。
入ってきたのは長身長髪に青い唇の男性。
「な、なんでアイツがここに……」
ナセはその顔を知っていた。いや、この業界で知らぬ者はいないだろう。
その者こそ七凶天のひとりにして現『逢魔』首領、六文ヌルだった。
ヌルは広い店内を迷わず真っ直ぐドーシャとナセのいる方へ向かう。
(まさか見えとるんか?)
ナセは髪の毛を1本だけ伸ばし離れた場所で商品を落とし音を立てる。
ヌルは1度そちらを見る。が、進む方向を変えることはなかった。
(やっぱ見えとる。どないしよう。ひとりで戦って勝てる相手ちゃうよ。見つかってるとしてもギリギリまで隠れとるしかない)
ナセは眠るドーシャの顔を見る。
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名前:百々 眼
所属:『式』
種族:百々目鬼の残妖
年齢:17
性別:♀
卑妖術:光を消す。




