第15話 山爺
ドーシャとナセは『逢魔』の残妖を返り討ちにしていた。
これで4人目。
「思うたよりしかけてくるなあ」
「『式』より『逢魔』のほうが人数多いから。私たちの邪魔をしながら探索もできるんでしょ。みんな大丈夫かなあ」
「まあ4人仕留めたならもうそろそろ終わりや」
「なんで?」
「来とる『式』が10人、『逢魔』が50人やろ? 5倍しかおらん」
「つまり、あいつ倒せばおしまいってこと?」
ドーシャは目の前の残妖を視線で示した。
民芸品のような仮面に蓑をまとった小柄な残妖。右手に鉈を持っている。
「5倍やからって5人倒したら終わりとは限らんよ?」
「なんで?」
「なんでって……50人おるやん?」
「でもナセがもう終わりって言ったんじゃん」
「そりゃ5倍やもん」
「ナセ……私をからかってる?」
「うちは頭痛うなってきたよ」
ナセが頭を抱える。
「その白い髪。知ってるぞ」
不毛な会話にうんざりしたのか仮面の残妖が言った。少年の声。
「『式』の長官……退魔師、九条アキラと山姥の間に生まれた子。『式』のエースとして活躍し多くの残妖を監獄に送った。
……深山ライジュだな?」
「それは姉さんだ」
ドーシャは少しがっくりした。
「私は深山ドーシャだ」
仮面は少し沈黙した。
「そういえば聞いたことがある。ライジュには劣った妹がいると」
「ぶち殺すよ?」
「まあ妹でもいいか」
「よほど死にたいらしいな?」
「まあ聞けよ」
少年は仮面を外した。深緑の髪に栗色の目。
「俺は高山シシュン。お前と同じ、妖怪と人間の子だ。そして同じく、人間によって山爺の父を殺された」
ドーシャの母は風御門の退魔師に殺されている。
「ナンパならお断りやで」
ナセが威嚇する。
「俺が誰を口説こうが勝手だろ。それともお前ドーシャの恋人か?」
「そうやで」
「違う! 何言ってんのナセ」
「ドーシャ、うちのことは遊びやったん?」
ナセが目を潤ませる。
「いや、だから」
うろたえるドーシャを見てナセはにっこり笑った。
「冗談やで」
「話続けていいか?」
「ダメ」
ナセが即答した。シシュンは無視する。
「お前ら姉妹の話を聞いたとき思ったよ。俺と全く同じだって。でも疑問も湧いた。同じ境遇なのに、なぜお前らは『式』なんだ? 人間に親を殺されたなら人間に復讐するのが筋ってもんだろ」
「それでお前は『逢魔』なわけ?」
「憎くないのか、人間が。親の仇を討とうと思わないのか?」
「ライジュは復讐なんてくだらないって言ってた」
「お前は?」
「私は仇を討つよ。そのためなら命を投げうてる」
「だったらなぜ人間と戦わない。お前の母親を殺したのは人間だろう!」
「ドーシャのお母さんを殺したのはうちのおとんよ。羨ましいか?」
ナセがドーシャに腕を絡めた。
「はあ?」
唐突で意味不明なナセの自慢にシシュンは怒っていいのか困惑している。仕方ない。ドーシャだって正直ナセの感情は理解できないときが多い。
「ドーシャはな、人間みんなを憎んどるんやない。風御門を憎んどるんよ」
「だったら、だったらなぜそいつを殺さない?」
ドーシャはため息をついた。
「お前に教えてやる義理がある? たった今会ったばかりのお前に。私の人生を見ず知らずの他人に認めてもらう必要なんか無い」
「残念やったなあ。うちとドーシャの関係は他人に理解できるほど浅くないんよ」
「だいたいそっちこそなんで六文ヌルに従ってんの? 『逢魔』は普通の人間と残妖の対立を生み妖怪狩りの原因となった。あいつこそ親の仇だ」
「ヌルは人間を滅ぼし残妖の国を作る。ヌルが俺たちを救う」
「私たち残妖は人間だ」
「敵になるってことか」
シシュンは右足を広げ重心を落とす。戦闘体勢だ。
「最初からずっと敵でしょ?」
ドーシャもナセを押しのけて山姥の包丁を取り出した。
ナセも少し間合いを取って帽子を脱ぐ。
シシュンがドーシャに駆け寄り鉈を振るう。ドーシャは山姥の包丁で山爺の鉈と互角に打ち合う。
ナセが髪の毛を操りシシュンを捕まえようとするので2、3回打ち合うとすぐにシシュンは逃げる。
「臥薪山の狼」
シシュンが全身を震わせ遠吠えを上げる。
左手を地面につき、低い姿勢で走る。
それがさっきの倍の速さだったためにドーシャは受けられず鉈でざっくり腹を裂かれた。
「ドーシャ!」
ナセが悲鳴を上げる。
「かすり傷!」
ドーシャはナセに答える。しかし決して軽い傷ではない。
「底なし山の泥濘!」
左手で腹を押さえながらドーシャは右足で地面を踏みつける。たちまち溢れる泥が周囲を埋め尽くす。シシュンの足が止まった。
「ナセ!」
「おう!」
ナセが髪の毛でシシュンを捕まえ、ぐるぐる巻きにして締め上げる。
「貪婪山の羆」
シシュンはまた体を震わせた。
ギチギチと音を立ててナセの締め上げに逆らい髪の隙間から腕を出し、髪をつかむと引っ張ってナセを投げ飛ばした。
ナセが怯んだ隙に鉈で髪の毛を切っていく。
それを黙って見ていては勝てない。
ドーシャは斬りかかった。
シシュンは手早く髪を切ってドーシャの攻撃を鉈で受ける。
「つらそうだな!」
シシュンが煽る。
ドーシャは斬られた腹を押さえたまま戦っていた。
シシュンが強化された腕力で鉈を振るいドーシャの包丁を跳ね飛ばした。
包丁が宙をくるくる舞いシシュンの背後に落ちる。
無防備になったドーシャの頭めがけて鉈が振り下ろされる。
ドーシャはとっさに首を傾けてかわした。鉈が肩に食い込む。ドーシャは片膝をつく。シシュンの腕をつかんで深く斬り込まれるのを防ぐ。
「山姥が包丁を手放した時点でお前の負けだ」
ドーシャの傷は深い。
それでもドーシャは、勝ちを確信したシシュンについ笑ってしまった。
シシュンもそれでドーシャが負けたと思ってないことに気づいた。
シシュンはその場から逃げようとするが右腕をつかまれて動きが遅れた。
左腕で背後をかばう。
鮮血が散る。
シシュンの左腕に山姥の包丁が刺さっていた。柄には髪の毛。離れた場所からナセが拾って突き刺したのだ。
ナセが髪の毛に力を込めガリガリと腕をえぐり斬った。大量の流血、シシュンの左腕は力無くだらりと垂れさがった。
「このためにわざと包丁を手放したのか」
「ナセは呪力のある武器は持ってない。私が傷を負った時点でナセに包丁持たせるほうが合理的だから」
☆☆
高速道路上。
白髪、赤髪、銀髪の3人組が車より速く走っていた。
「つけられてます」
銀髪が言った。
3人とも止まる。
追跡者が追いついてきた。
巫女服の少女。『式』の百々マナ。
「久しぶりじゃねえかライジュ。裏切り者がこんなとこで何してる?」
「…………」
白髪の少女ライジュは死ぬほど考えたあと答えをひねりだした。
「ええー? 何の話? あたしドーシャって言うんだけどお」
「嘘つけ! 隣に『白締』の綾瀬タイガと白銀ミキがいるだろうが! てかドーシャそんなキャラか?」
即バレした。
ライジュはドーシャの姉でよく似ているがさすがに無理があった。
仕方ないのでライジュは本性を晒す。
「あんたにかまってる暇は無いんだけど?」
「時間はかけねえすぐ片づけてやる」
「へええ? 雑魚が調子に乗っちゃって。しばらく会わないうちに身の程を忘れちゃった?」
「ライジュ。相手してる暇は無いよ」
タイガが制止する。
が、ライジュは振り切った。
「二人は先に行って。私はマナを畳んどくから」
「はあ。ライジュって変なとこで頑固なんだから」
「売られた喧嘩は全部買う。ナメられたら終わりだ」
高速道路上で睨み合うライジュとマナ。
先に仕かけたのはライジュ。
「灼熱山の山火事」
ライジュの右手から火炎が噴き出る。
マナはよけ、同時にマナがいた空間が黒い絵の具で塗り潰したように真っ黒で何も見えなくなる。
マナが移動を繰り返すほど周囲は黒く塗り潰されていく……。
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名前:高山 始峻
所属:違法残妖組織『逢魔』戦闘員
種族:山爺の残妖
年齢:16
性別:♂
卑妖術:《大山鳴動》
山の生き物の力を得る。




