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第13話 凍てつく炎

「お、おはよう。あはは」


 ドーシャは(ライジュ)のふりをすることにした。


 とにかく油断させて不意討ちしよう。

 姉のライバルだった残妖だ。不意討ちしなければ勝てない。


「奇遇だね。どこ行くの?」

 タイガが聞いてくる。


「えっと……」


 戦闘になるなら人目の無い場所がいい。


「採石場とか?」


「え?」

 あんまりな答えにタイガは驚いている。


(いかん。自分の都合を優先しすぎた。ここからどうする?)


 ドーシャが迷っていると気まずい空気に耐えかねたのかタイガから会話をつなげた。


「あー、いいよね。採石場。行ったことはないけど……」


 タイガの笑顔が少し引きつっている気がする。


「そうそう。こう……考え事するときなんかよく行くの! せっかくだからタイガも一緒に行かない?」


 姉を採石場で物思いにふけるキャラにしてしまった。


「ええ? 遠くない?」


 嫌がっている。採石場なんてなんにもないし当然である。


「いいから!」


 タイガの腕をつかんで引っ張っていく。

 意外にもタイガは大した抵抗をせず採石場についてきた。

 石ばっかりで何にもない場所。


「ライジュって結構強引だよね」

 タイガはのんきにその辺の石に座った。


 さてさっそく不意討ちを決めたいところだが、何にもない場所でふたりきりだとずっとタイガはこっちを見ているということに気づいた。


(なんとか自然な会話で警戒心を緩めないと……)


 だがドーシャはタイガのことを何も知らない。こんなとき出せる話題はひとつだけだ。


「あー、きょ、今日はいい天気だね!」


「あ、うん。いい天気。僕は太陽が好きだ。残妖は妖怪の血を引いてるから闇のほうが好きって子が多いけど。たぶんゼドが闇を嫌いだからだろうね。ずっと狭い闇の中にいたらしいから」


(ゼド?)


 聞き慣れない単語だ。だが「それって何?」と聞くと怪しまれるかもしれない。


「へえ~」


「今日もゼドが外に出たいってうるさくて。ここは悪くないね」


(『白締』の構成員リストに無い名前。『式』の把握してないメンバーか? だとしたらゼドはタイガを探してるんじゃ……)


 もし仲間が現れたら窮地に陥る。もう少し情報が欲しい。


「ゼドを置いてきてよかったの?」


 するとタイガは真顔でドーシャを見つめた。


「ど、どうしたの?」

 焦るドーシャ。


 タイガはすぐに得心がいった顔をする。


「そうか。ライジュは妹がいるんだった。確か……ドーシャ」


(マズイ。バレた)


「いやあ、なんか変だなと思ってたんだよ。よく見たらライジュより優しい顔してる……ぐは」


 ドーシャはタイガを殴った。

 先制攻撃あるのみ。

 さらに追撃しようとするもタイガのまわりに炎が燃え上がる。一瞬の高熱、そして炎が凍りつく。


「な、なんだこの卑妖術」


 ドーシャが怯んだ隙にタイガは距離を取った。


「いったた。乱暴だな。僕は戦うつもりは無いんだけど」


「そっちになくてもこっちにはある!」


「はあー。しょうがないな。少しだけ相手してやるよ」


 タイガは右手をかざした。


「山姥ならこのくらい平気だろ?」


 業火が放たれる。

 ドーシャが体内に溜めている火よりも熱い。ドーシャはかわした。

 業火は採石場の崖に当たって爆発し、爆発が凍りついた。


 不可思議な卑妖術だ。

 『白締』の戦闘記録は抹消されているため情報はほとんど無い。

 記録したのが『白締』に寝返ったライジュだから信用できないというのが理由だ。


 タイガは再び業火を放つ。

 ドーシャも合わせて火炎を放つ。


「カチカチ山の山火事!」


 2人の炎がぶつかるとタイガの炎がドーシャの炎を巻き込んで凍っていく。炎は砕けた。

 タイガはさらに炎を撃つ。まるで爆撃だ。


「ここはまわりを気にせず戦えていいね。ゼドも派手に暴れられて嬉しいってさ!」


 爆撃の跡が巨大な氷塊となって残る。


「くっ。なんなんだよこの卑妖術」


「僕は他の残妖と違って炎と氷、2つの卑妖術を持ってるんだ。なあゼド」


「2つの卑妖術だと……」


 残妖は卑妖術を1つしか持たない。本当に2つの卑妖術を持つなら何か秘密があるはずだ。


 ドーシャはよけ損ない至近距離に炎が着弾した。

 爆風に一瞬吹き飛ばされそうになり、しかし爆風は消え凍りついた。ドーシャの右腕が氷に飲み込まれていく。


「しまった」


 凍傷になるほど山姥の(はだ)はやわくないし、氷は脆い。けれど動きが止まった間にタイガは距離を詰めた。ドーシャの胸を蹴り飛ばす。


 タイガはにこやかに笑う。


「ライジュならかわした」


「うるさい」


「そろそろ帰っていい? 次の動画のネタも考えないといけないし……。あ、今日のこと動画でしゃべっていい?」


「いいわけ無いだろ! 鮫々山の水流!」


 ドーシャは両手を合わせ水しぶきを放った。

 タイガはとっさに火炎を撃つが水流に打ち消され、ずぶ濡れになって転がった。


「あれ、通った?」


 今までのように水流も凍りつくのではないかと思ったのだが……。

 タイガは顔をぬぐって立ち上がる。右腕を少し上げ、そして下ろした。

 ドーシャはもう一度水しぶきを撃つ。

 タイガは自分の周囲に火炎を巡らせ氷の壁に変える。


 ドーシャは確信した。


「なぜか知らないけど炎は凍らせても水は凍らせられないんだ」


 タイガはその青い瞳でドーシャを睨む。今までと違った目つきだ。まるで猛獣のような。

 低い声で呟く。


「抑えろ。ライジュの妹だ」


「なに? 負けたときの言い訳?」


 煽りつつもドーシャはタイガの普通じゃない様子に全身で警戒していた。


「挑発するな。ゼドが本気になっちゃうだろ」


 睨み合い。


 それを携帯が鳴らす電子音が遮った。


 緊急アラート。

 ドーシャが『式』に入ってから一度も鳴ったことは無い。


 ドーシャは目の前のタイガをちらちら見ながら考える。

 『白締』はほぼ無害であり優先順位は極めて低い。姉がいるからこだわっているようなものだ。


「今日はここまでだ。命拾いしたな!」


 ドーシャは走り去る。

 タイガは苦笑する。


「ほんと命拾いだね」


☆☆


 タイガは都会の一等地にある広い邸宅へと帰った。


「どうしたんだその恰好。怪我は無いかい」

 優しい声で年老いた男性が聞いた。


「平気。ライジュの妹とやりあってね」


 すると赤いマフラーの男性が言う。

「だからライジュを仲間に入れるのは反対したんだ」


「妹とライジュは別だよ」


「ふん……」


 赤いマフラーの男性はそれ以上言わなかった。何度も繰り返した議論だからだ。

 濡れたタイガの体を銀髪の女性がタオルで拭いてくれる。


 新たにずかずかと部屋に入ってくる者がいる。


「みんないる?」


 白い髪に夜空のような黒い瞳。ドーシャの姉、深山ライジュ。


「『式』に緊急招集がかかった。20名の戦闘員を全て集める」


「緊急招集? 何が起こったの?」


「『逢魔』で反乱が起きた」


 『逢魔』は国内最大の違法残妖組織。その目的は国家転覆。


「5人の幹部が首領の六文ヌルの暗殺を計画したが実行前に露呈し粛清された。だけど1人だけ逃げ切った。『式』は裏切り者が殺される前に確保するつもり。そのために緊急招集をかけた。幹部を手に入れれば『逢魔』のあらゆる情報が手に入る。当然『逢魔』もそれだけは阻止したい。結果は戦争。すでに街が『式』と『逢魔』の戦場になってる」


「『式』と『逢魔』が潰し合ってくれるなら結構なことじゃないか」

 赤いマフラーの男性は興味なさげに言った。


「なに他人事みたいに言ってるの? 私たち『白締』も参戦するよ」

 ライジュは強く主張した。

「『逢魔』の首領にして七凶天の1人、六文ヌルを倒すチャンスだ。裏切り者は私たちで確保する」


「馬鹿な。何の得がある」


「損得なら『白締』なんかやってない。私は自分がやりたいことをやるためにここにいる。みんなが行かないって言うなら私ひとりで行くよ」


「僕も行く。ヌルは残妖の未来のために倒しておかなければならない」

 タイガが賛同した。


「勝手にしろ。俺は行かん」

 赤いマフラーの男性の意思は変わらない。


 銀髪の女性は仲間たちの顔を見て考える。

「私も行きましょう。2人だけでは心配です」


 出ていく3人に老人は声をかけた。

「無理はするんじゃないよ。みんな無事が一番だから」


 3人は出ていき、2人が残った。


「正義は分かる。だが、全ての悪と戦うことはできないんだぞ……」

 赤いマフラーの男性はそう呟いた。



*************************************


 名前:綾瀬(あやせ) 多依我(タイガ)

 所属:違法残妖集団『白締』リーダー/ゲーム動画担当

 種族:?????

 年齢:17

 性別:♀

 卑妖術:?????

    ???????????????????????????

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