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第10話 妙なる椿

「なんじゃなんじゃ。埃を舞い上げおってからに。汚れるではないか」


 地の底から響く美しい声。

 粉塵で見えないが誰かいる。


「呪い殺しのツバキか?」


「その名で呼ばれるのも久しぶりじゃのう。わらわはツバキ。妙なる椿。この世で最も強く美しい化け狸の姫」


 粉塵が晴れていく。

 長い茶髪に眠たげな眼。馬鹿でかいリボンを頭につけて、山茶花(サザンカ)の柄の服を着ている。

 卒業アルバムの八重垣ツバキそのままだった。


「八重垣ツバキ……。おっさんの同級生なら30歳でしょ?」


 目の前の少女はドーシャと大差ない見た目だ。


「わらわはとうに年齢など超越しておる。お前らのような下等な生物と一緒にするでないわ」


「12年も逃げ隠れするのが上等な生物のすることか? いい加減年貢の納め時だ。おとなしくお縄につけ」


「わらわに捕まるような罪は無いのじゃがのう」


「とぼけるな。12年前、大規模テロを起こした『逢魔』に参加してただろう。闇サイトで相談者が死ぬように仕向けたのもお前だ」


「わらわは世の乱れを正しておるのじゃ。失われた秩序の回復。いうなれば世のためじゃ」


「わけわかんねーこと言ってんじゃない」


「この世界の唯一の理、それは弱肉強食じゃ。力ある者には幸福になる権利があり、力無き者には無い。弱き者が幸福になるのは世の摂理に反しておる。ゆえにわらわは弱き者を踏みにじるのじゃ。それが強者たるわらわの責務。下賤の者に理解できるとは思っておらぬ。体に教えてやるからかかってくるがよいぞ」


 ツバキはただ無防備に両手を広げた。


 緊張の汗がつたう。


 呪い殺しのツバキは元『逢魔』の最高幹部。凶天の仇名で恐れられた。ドーシャよりはるかに強いと推測できる。

 それでも倒さなければならない相手だ。


 ドーシャは両の手のひらを組んでツバキに向ける。


「鮫々山の……」


 水しぶきを放つ前にドーシャは顔に殴られるような衝撃を感じた。

 びっくりして可能な限りツバキから離れる。


(なんだ。なにをした……?)


 目を丸くするドーシャにツバキは笑いをこらえている。


「ほれほれどうした。わらわを捕まえるのではなかったか?」


「バカにして。野分山の……」


 暴風を放とうとして今度も押されるような感覚にドーシャはよろめいた。

 ダメージはほぼ無いがここは慎重に守りの姿勢を取る。


 ツバキは笑っている。


「かかってこぬのか? ならばわらわは行かせてもらおうかのう。ジュズとは長いつき合いじゃったが……『式』に見つかるような愚か者とはもう終わりじゃ」


 このままでは埒が明かない。

 ドーシャは深く息を吸い、一気に走った。

 ツバキの攻撃は見えないが、大した威力は無い。攻めるのみだ。


 ドーシャはツバキに蹴りを放とうとして腹部に強い衝撃を受ける。今までより強い。

 怯んだドーシャの顔面をツバキが蹴り飛ばす。

 倒れないよう踏ん張って、殴ろうとすればそれより先に自分が殴られたような衝撃を受ける。

 まるで見えないもう1人のツバキが攻撃しているかのようだ。


 それでもドーシャは諦めない。

 延々格闘を続けボコボコにされていた。


 ツバキには傷一つ無い。


「わらわも今までいろんな残妖を殺してきたが、みなここまでくるとわらわの妖術の秘密に気づいたものなのじゃがのう。ここまで頭の悪い残妖は初めて見たわ」


「うるさい」


「さすがにこのまま死なれてもあまりにつまらぬ。わらわは弱き者があがき、もがき、苦しみながら絶望して死ぬのを見るのが好きなのじゃ。わらわの卑妖術を教えてやろう」


 ドーシャは物凄く不快だったがツバキの卑妖術が分からないまま戦っても勝機は無い。黙って聞くことにした。


「わらわの卑妖術は絶対反撃。わらわに攻撃するならば時間を遡り攻撃前に反撃する。わらわを殺そうとする者はみなその前に死に絶える」


「なるほど。つまり直接お前を攻撃しなければいいってことだ!」


 ドーシャは地下室に下りるときに破壊した床の破片を拾い、ツバキに向かって投げつけようとし……反撃を喰らって倒れた。


 ツバキは苦笑している。


「100人中99人が同じことを言うたわ。あいにくじゃがわらわへの攻撃は直接じゃろうと間接じゃろうと等しく攻撃者に跳ね返る。というか、今のそれは直接攻撃じゃろう。小学校からやり直したらどうじゃ」


「こっちは小学校中退だ。やり直すような勉強はしてないんだよ!」


「そ、そうか。難しいことを言って悪かったのう。ともかくこれがわらわの能力じゃ。わらわを斬ろうとすればその前に斬られ、ミサイルのボタンを押そうとすればその前に爆死する。いかなる呪いもわらわに届くことなく術者が息絶える。ゆえにわらわは呪い殺しのツバキじゃ」


 ドーシャはふと気づいた。


「人間を残妖に変える能力は?」


 残妖は基本的に1つしか能力を持たない。


 ツバキは目を細めた。


「それはお前が知る必要は無い。お前はただわらわの卑妖術の攻略法を探し、どうやっても破れぬと知って絶望して死ぬとよい」


「そっちはもう見つけた」


「はん。よい虚勢じゃ。そうでなくては。弱みを見せまいと威嚇する小動物が最後にはそれすらできなくなって命乞いしかなくなる。わらわはその瞬間が狂おしいほど楽しみ……」


 ツバキは最後まで言えなかった。

 ドーシャがツバキを殴り飛ばしていた。


「ぐっ……」


 よろめきたたらを踏むツバキ。

 ドーシャは拳を固める。


「こんなもん反撃を気にせず攻めればいいんだ。山そのものの体を持つ山姥と、どっちが先にくたばるか勝負だ」


 ツバキは視線で射殺すように睨んだ。


「図に乗るな下等な山姥風情が。そんなことで破れたら凶天などと呼ばれておらぬわ。狐七化け狸の八化け。この世で最も恐ろしい妖怪、化け狸の力を見るがいい」


 今まで見ているだけだったツバキが猛攻撃を始めた。両手の鋭い爪で襲いかかってくる。

 皮一枚でかわし致命傷はさける。


 ツバキの格闘能力はドーシャと互角だ。だが絶対反撃能力によりドーシャは自分の攻撃の分もダメージを受ける。さらにダメージを受けるときにはどうしても隙ができるためツバキの攻撃ももらってしまう。


 ドーシャはツバキの3倍のダメージを受けていた。

 それでも根性でツバキにダメージを与えていた。

 ドーシャにダメージの計算などできない。

 ただ、自分が倒れるより先に相手を倒す。それができれば勝てる。


 ツバキがドーシャから距離を取り始めた。

 弱っている。


「おのれ。まさか『式』の下っ端ごときにこれを使うことになろうとは」


 ツバキは地下室の奥の布で覆われた場所に逃げた。

 布を取り払う。

 そこにあったのは巨大な骨。人間ほどの大きさの頭骨。

 それはまるで。


「恐竜の化石?」


「ふん。分からんじゃろう。これは八俣遠呂知(ヤマタノヲロチ)の頭骨じゃ」


 八俣遠呂知とは、8つの頭を持つ伝説の大蛇。


「ヲロチは素戔嗚尊(スサノヲノミコト)に首を斬られ退治された。じゃがヲロチの怨念は滅びなかったため8つの首は日本各地にバラバラに封印されたのじゃ。我が八重垣家はその1つを代々受け継いできた。これを使えば無敵の妖力を得、人間を残妖にすることさえ可能となる」


 ツバキはヲロチの頭骨に触れた。

 巨大な骨が血のように真っ赤なオーラに変わりツバキと一体化する。


 ツバキが動いた。

 そう思ったと同時にドーシャは吹き飛ばされ壁にめり込んだ。

 目で追えない。

 強い衝撃は大地を揺らした。おそらくご近所さんは地震と思っただろう。


「どうじゃ? ふふふ。少しでもわらわに勝てると思うたなら愚かじゃのう。わざと希望を見せたのじゃ。絶望とは希望を摘み取ることじゃからな。弱者は強者には決して勝てぬ。骨の髄まで刻んでおけ!」


 ツバキの姿が霞んで消えた。

 ドーシャは両腕で急所を守る。

 速度についていけない以上こうして耐えるしかない。

 ツバキの爪が肉を抉った。

 一瞬でドーシャは血まみれになる。


 何分耐えただろうか。

 とっくに死んでてもおかしくない出血。

 ツバキはイライラと頭を押さえた。


「ここまでしぶとい残妖も初めてじゃ。わらわはもうお前には飽きた。はよう死ね」


 弱々しい声でドーシャは言う。


「ヤマタノヲロチは山をも崩す……が、8分の1ヲロチじゃ難しいらしい」


「腹が立つのう。弱者のくせになぜ強者に媚びぬ。強者を恐れぬ」


「そんな生き方は死んでもしない」


「ああ、おのれ。頭が痛い……」


 ツバキがふらふらと離れた。

 何か異常が起こっている。

 赤いオーラが体から離れ遠呂智の頭骨がツバキと分離した。


「ヲロチの邪念は強すぎるのじゃ。長く使えば身を滅ぼす。じゃがお前にトドメを刺すだけならもう必要は無い」


「ヲロチを使ったのですねツバキ」


 別の声が割って入った。

 真珠のネックレスの女性。


「犬神ジュズ……。帰って来たのか」


 ジュズが近づいてくる。


「ジュズか。家を壊してすまぬが、わらわはもうここを出ていくことにしたぞ。うるさい『式』も嗅ぎつけてきたようじゃしのう。そこな小娘にトドメを刺したらお別れじゃ」


 ジュズはドーシャを一瞥した。


「あなたがツバキを相手にここまで頑張るとは意外でした。今日この日を逃せばツバキは闇に姿を消してしまう。私は誰もツバキに届かないのかと半分諦めていました。ですがあなたはツバキにヲロチを使わせた」


「何の話じゃジュズ」


 ツバキは不快げに眉をひそめた。今のジュズの話はまるでツバキが倒されてほしいみたいだ。

 ジュズはにっこりとしている。


「叶わないと思った念願がついに叶うのですよ」


 ジュズはヲロチの頭骨に触れた。頭骨が赤いオーラに変わりジュズに吸い込まれていく。

「ヲロチとの融合には限界がある。その限界まで使った今ツバキはヲロチとは融合できない」


「何勝手をしておる! わらわのヲロチに触れるな!」


 完全に融合した。

 ジュズはツバキへと近づいていく。


「な、何をする気じゃ……。わらわの卑妖術を忘れたのか」


「覚えてますよ。絶対反撃能力に耐えるためにヲロチの妖力が必要だった」


 突然ジュズの胸が深々と裂け血を噴き出した。


 ツバキは悟った。


「やめよ……」


 今のジュズの姿こそ未来の自分の姿なのだと。


「やめ……」


 ジュズが手を振り上げ、その爪でツバキの胸を深々と裂いた。



*************************************


 名前:八重垣(やえがき) 椿(ツバキ)

 所属:逢魔の凶天

 種族:狸の残妖

 年齢:30

 性別:♀

 卑妖術:《悪果悪因》

     絶対反撃能力。ツバキへの攻撃に対し時間を遡って攻撃前に自動で反撃する。

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